■小ネタツイートLog【その1】
現在ツイッター(@yuna_fantasia)にて小ネタツイート垂れ流し中。
新ネタは上記アカウントにてご覧ください。
【#01】
暖かな縁側で針仕事。
いつしか体はふわりと浮いて、ふよふよと漂ったかと思えば、
干し藁の山にとさりと落ちて陽だまりの心地よい温かさに包まれた。
「── ん」
「おっ、お目覚めかい?」
「…秀吉殿?」
いつの間にか膝に乗せられ、背後からしっかりと抱きすくめられている。
「奥方様、針を手にしたまま舟を漕ぐのは危のうございますゆえ、
この秀吉めが保護させていただいちゃいましたー!」
豪快な笑い声が全身に響く。
── なるほど、あれは夢だったのか。
「……ふふっ」
「ん?
何か可笑しかったか?」
「いえ……夢の謎が解けたので」
「夢?
謎?
おいおい、どんな夢見てたんだ?
教えてくれよー」
ぐいぐいと締めつけられる腕の中で強引に身を捩り、逞しい胸元に頬を擦り寄せる。
この安心できる日なたの匂いが、私はとても好きなのだ。
【#02】
本能寺での騒動の数日後、姿の見えなかったくのいちが訪ねてきた。
女房姿で秀吉の邸にいたらしい。
「── で?」
「…『で』、とは…?」
「秀吉のことだから、君の負い目を利用して無理難題を強いていたのでは、と『兄様』は心配しているんだよ」
「い、いえ、そんなことは!
ただ…」
「ただ?」
「傷の手当てをしたり」
「うん」
「お食事を口に運んだり」
「ああ、負傷は利き腕だったね。
もう完治したと聞いたけれど。
それで?」
「っ…お体を拭いて差し上げたり…」
「へえ」
「膝をお貸ししたり…」
「それは膝枕、ということ?」
「…はい」
顎が胸に沈むほど深く俯いていく。
「ですが決して恋仲というわけではありません」
すっと上げた顔のきりりとした表情と澄んだ瞳に偽りはなさそうだ。あくまで彼女としては、の話だが。
「── くっ……あはははっ」
「あ、あの、光秀殿…?」
このどこまでも色恋沙汰に疎い忍びが、色恋で生きてきたようなあの男の手に落ちたのだと思うと
気の毒やら可笑しいやらで、光秀の笑いはいつまでも止まなかった。
【#03】
視線を感じて目をやれば、あでやかな花が一輪、慌てたようにふいと顔を逸らした。
「ぷっ」
思わず吹き出し、ニヤリと笑う。
「どうして気付かないかねえ」
距離を詰めれば警戒するくせに、少し離れればこうして熱い視線を寄越している理由に。
「可愛すぎるっての!」
花に向かって駆け出した。
【#04】
「抱き締めさせてくれ!」
いつものごとく、お姫さ〜ん、と駆け寄ってきた彼が開口一番言ったのがこれだ。
「……何故ですか」
「だからー、オレばっかあんたのことが好きで悔しいからさ。
抱き締められる心地よさを知ったら、あんたも絶対オレのことが好きになる!」
呆れたけれど、不思議と悪い気はしなかった。
【#05】
「申し訳ございません、姫様!」
運んできた茶を零してしまった佐吉は慌てた。
と、ふわりといい香りが近付いて、ひんやりとした手に頬を包まれた。
こつんと触れた額も冷たくて心地良い。
「── 佐吉、熱があるようですね」
指摘されると、途端に身体が重くなった。
「もう休んだほうがよいかと。
……よろしいですか、秀吉殿?」
「おう、構わねえよ。
ゆっくり休んでくれ、佐吉」
「……重ね重ね、申し訳ございません」
よろよろと部屋を辞し、そっと襖を閉めると、
「── どうしてだよ、お姫さん!」
突如始まった口論。
止めに入るべきだろうか?
「それはっ……秀吉殿がよく私になさるから、つい」
「オレがするのと、お姫さんからしてくれるのとじゃ、全っ然違う!
あ〜、オレも熱出た!
おでこおでこ!」
「……何を子どものようなことを」
体調不良とは別の熱が出てきたような気がして、佐吉はそそくさとその場を立ち去った。
【#06】
「── そんなに固くなるなって」
襖越しに聞こえた声に、佐吉はドキリとして思わず息を潜めた。
「この艶やかな石の肌──
って、あのな、ほたる!」
荒げる主の声に、何事かと失礼を承知で襖を開ける。
「秀吉様!
何か……えっ?」
部屋の中央に座る主が抱きかかえているのは、
「……お地蔵様…?」
主はまずいところを見られたとばかりに渋い顔で頭を掻いている。
佐吉は考えた。
もしや主は地蔵を奥方に見立てて話をしていた?
ああ、きっと機嫌を損ねた奥方との仲直りを地蔵相手に模索していたに違いない。
「秀吉様、奥方様と喧嘩なさいましたね?」
「ぎくぅっ!」
「……そういえば、新しい女房が何人か入ったとか」
「美人を目で追っちまうのは男の性なんだって!
佐吉にもいずれ解る日が来る!」
佐吉は深い溜息を吐いた。
「……美人に目が行くなら、ずっと奥方様を見つめていらっしゃればよいではありませんか」
主は、ぽん、と手を打って、
「それだ佐吉!
いいか、邪魔すんなよ!」
よいしょ、と地蔵を抱えて部屋を飛び出した。
「え?
あの、秀吉様!?」
場所を変えて仲直りの練習をするのだろうか?
首を捻りつつ、主夫妻に地蔵の御利益があるようにと心の中で願う佐吉だった。
【#07】
最近、主は信心深くなった、と佐吉は思う。
部屋に持ち込んだ地蔵の頭を熱心に撫でているのをよく見かけるのだ。
そのあまりの熱心さに声をかけあぐねていると、
「── なんで地蔵なんだよ。
せめて瓢箪にしろってんだ」
……?
何の話だろう?
「あのくびれ!
触り心地の滑らかさ!
ああっ、撫で回してえ!」
何のことやら訳がわからないが、主の頭の中が煩悩で満たされていることだけは十分に理解できた
佐吉だった。
【#08】
「秀吉様、懐に収まる大きさの仏像を彫らせてはいかがですか?」
今日も今日とて地蔵を撫でている主に、佐吉は進言してみた。
「んー、それじゃあ意味がないんだなあ、これが」
主の信仰は石の地蔵に限られているのだろうか?
訝る佐吉の目の前で、主は意外な行動に出た。
「秀吉様?」
主はまるで赤子を抱くかのように、傾けた地蔵を腕に収めた。
そしてあろうことか、その穏やかな微笑みを湛える口元にぶちゅっと音を立てて吸いついたのである。
「なっ!?
そんな罰当たりなっ!」
その時突如発した眩い光に佐吉は咄嗟に目を閉じた。
恐る恐る目を開くと──
「お、奥方様!?」
地蔵がいたはずの主の腕の中に、なぜか奥方の姿があったのだ。
「見つめるのも撫で回すのも、その姿が一番だって。
もちろん、口付けるのもな!」
真っ赤な顔の奥方が言葉を発する暇すら与えず、主はその開きかけた口を改めてぶちゅっと塞ぐ。
はたと我に返った佐吉は膝歩きで素早く廊下まで後退り、ぴしゃりと襖を閉めた。
── ああ、あの地蔵は奥方が姿を変えていたものだったのだ!
そして佐吉はそのまま頭を抱えて床に崩れ落ちたのだった。
【#09】
腕を掴む細い指。
さして長くもない爪がギリギリと肌に食い込んで小さな痛みを呼んでいる。
「な……何をなさるのですっ」
食いしばった歯の隙間から絞り出すような、呻きに近い声。
睨みつけてくる眼光は刃のように鋭い。
「だってー、お姫さんがなかなか寝込みを襲いに来てくれないからー、こっちから襲っちまおうと思ってー」
間延びした口調で揶揄しながら、ぐっと距離を詰めた。
必死に押し戻そうと試みているらしいが、忍びとはいえ男の力に敵うはずもなく、彼女の体は徐々に
仰け反っていく。
「そんなに睨んでも、頬を赤く染めてちゃ男はそそられるだけだって」
ニッと笑って、もうひと押し。
堪え切れずにぐらりと倒れた彼女の体を抱え、二人して床に転がった。
石にでもなったかのように身を硬くする彼女がなんとも可愛らしい。
「── なーんてな。
ま、これに懲りたら、無理して男を誘うような真似はやめるこった」
叱られた子どものようにしょんぼりする姿がこれまた可愛らしくて。
── いかん、もうだめだ。このままじゃ本当に襲っちまう!
よからぬ考えを無理矢理振り払い、姫君を解放してやった。
【#10】
「どうした蘭丸? 熱でもあるんじゃねえのか?」
「ひ、秀吉殿!?」
確かに今、顔が熱い気がする。
しかし一番見られたくない相手に捕まってしまったものだ、と蘭丸はこっそり溜息を吐いた。
どうしよう、言ってしまおうか。
己ひとりの胸に収めておくには重すぎて。
「実は……先程、桔梗姫が天主にいらっしゃったのですが」
「お姫さんが?」
「信長様に妙なことを尋ねていたのです」
「妙な…? どんなことだ?」
「それが……『恋について教えてください』とか」
「なんだって!?」
血相を変えたと思ったら、急に黙りこくり腕組みして考え込む。
「……まずい、そりゃあまずいだろ」
唸るような呟きに、蘭丸はほっとした。
常々怪しいと思っている光秀が、妹だといって連れてきた姫。
どんなに美しかろうと、いや美しいからこそ余計怪しく思われて。
不用意に主に近づけたくないと考えていたのだが、まさかこの人が同意するとは──
「なんだよ、水くせえじゃねえかお姫さん! 恋のことならオレがいくらでも教えてやるのに!」
「……は?」
「恋のいろはをそりゃあもう丁寧に手取り足取り腰取り!」
………やはりこの人に打ち明けたのは己の過ちだったか。
蘭丸が自己嫌悪に打ちひしがれていると、
「おっ、噂をすれば! お姫さ〜〜〜ん!」
駆け出した秀吉が、僅かに振り返る。
「── 悪いな、蘭丸」
それはついさっきまで見せていた女好きの顔ではなく、軍議の時に見せる表情に近かったような気がした。
【#01〜03 2013/04/17 up/#04〜10 2013/05/15 up】