■ちまき騒動
伊賀の里に伝わる『ちまき』を作った。
発端は雇い主である明智光秀との雑談で、『忍びの里伝承のちまき』に光秀が興味を持ったためだ。
自ら料理を作る姫君などいないだろうが、そこは『変わり者』の名が功を奏した。
『兄様に故郷の味を召し上がっていただきたくて』と言えば、女房衆は美談でも聞いたかのように目を輝かせて、快く台所を使わせてくれたのである。
故郷、というのが坂本ではないことが、少々胸に痛みを感じたけれど。
そして作ったちまきのすべてが好評のうちに皆の胃袋の中に収まった頃、二の丸邸の廊下に慌ただしい足音が響き渡った。
「── お姫さぁぁぁぁぁん!
ちっまきぃぃぃ!!」
聞こえた声に、思わず深い溜息が漏れる。
闖入者の正体に確信を持ちながら廊下に出れば、まさしくその通りの人物が向こうからやってきた。
「秀吉殿……」
「よう、お姫さん!
ちまき作ったんだって?
佐吉が最高に美味かったってえらく誉めてたから、オレもお相伴にあずかろうと思って馳せ参じたぜ!」
秀吉は顔に満面の笑みを浮かべ、物をねだる子供のように両手を差し出してくる。
「……もう残っていませんが」
「……佐吉には食わせたのに、オレの分はない、と?」
「はい」
「えーーーーっ!
そりゃねえよ!
佐吉ばっかずりぃ!」
「ずるい、って……ひとつ残っていたので、佐吉に食べてもらっただけです。
兄様のところへ佐吉を使いに寄越したのは秀吉殿ではないのですか?」
「そうだけど!
ああっ、お姫さんが手ずから作ったちまきぃぃぃ!」
狂ったように頭を掻き毟った秀吉は、失意の表れか突如だらりと腕を落として項垂れた。
そのままくるりと踵を返し、とぼとぼと廊下を戻っていく。
あっさり引き下がってくれたようだが、少し申し訳ないことをしたかも、と思ったその時、秀吉が駆け出した。
「── 信長様ぁぁぁっ!
お姫さんが作ったちまき、食いたいですよね!
ね!」
この二の丸から天主にまで聞こえるはずもないのに、大きな声で叫びながら走り去っていったのである。
「ひ、秀吉殿…?」
と、背後から聞こえる大きな溜息。
「まるで子供だね」
「に、兄様……」
げんなりとした顔でこめかみを押さえる光秀が、いつの間にか背後に立っていた。
大騒ぎする秀吉の声が聞こえて、様子を見に来たのだろう。
「秀吉のあの調子では、信長様のお耳に届くのも時間の問題……」
「も、申し訳ありません」
とてつもなく大きな失敗をしてしまったような気になって、慌てて頭を下げた。
「まったく……いいよ、もう一度ちまきを作りなさい。
おそらく信長様も所望されるだろうから」
「はあ……では、信長様の分もついでにお作りしますね」
「君ねえ……」
光秀のこれ見よがしな溜息の意味がわからなくて、思わず首を傾げる。
すると彼は『わからないの?』とでも言いたげに苦笑して、
「── 君にとって『ついで』なのは、信長様の方なのかな?」
「…っ!」
指摘されて初めて気がついて、知らず頬が熱くなった。
〜おしまい〜
ツイッターのネタ垢用に書いていたら、少し長くなったのでこちらで。
【2013/06/06 up】