■1月31日は……【冥加編】 冥加

【はじめに】
 えー、1月31日は『愛妻の日』だそうです。
 1=I(アルファベットのアイ)、3=さ、1=い、で『あいさい』。
 壮大なこじつけのような気がしないでもありませんが……
 いつも買い物してるスーパー内のお花屋さんでそんなポップを見つけました。
 というわけで、追加カップリングの『愛妻の日』をお楽しみください(笑)

【冥加ご夫妻の場合】

「── ではこれにて終了とする。 解散」
 天音学園の会議室── 一見すると学校とは思えない現代的なビルの一室に、理事長・冥加玲士の声が重々しく響いた。
 緊張感漂う定例理事会がようやく終わり、気の緩んだ理事たちが口々に雑談を始める。
「── それはそうと、今日は何の日かご存知ですかな?」
「今日は1月31日……何かありましたか?」
「なんでも『愛妻の日』らしいですぞ……一体誰が決めたのか知らんが、余計なことを」
「まったくですな。 もっと夫を敬ってくれるような妻なら『愛妻』と呼んでやってもいいですがね」
「おっしゃる通りですよ。 我らにとっては『今日は31日』で『恐妻の日』ですな!」
 がっはっは、と下品な笑い声が沸き起こる。
 冥加は思わず苦々しい溜息を吐いた。
 そんな調子ならば、彼らの妻は夫を敬う気なんて起きるはずもないだろう。 敬ってほしいのならば、敬われるに足る行動で身をもって示すべきだ。
 ふと、冥加は眉間に皺を寄せた。
 ── 果たして自分は妻にとって、敬うべき存在だろうか?
 仕事が忙しく家を空けることが多い上、我ながら無愛想な自分は想っていることの半分、いや十分の一も伝えられていないのではないだろうか。
 妻の笑顔が脳裏に浮かんだ。 そう、笑顔だ。 彼女の印象はいつも、花が咲いたような笑顔である。
 むぅ、と唸った冥加は手早く会議資料をまとめ、依然下世話な話に盛り上がっている理事たちを一瞥して会議室を出た。

*  *  *  *  *

「── あら、今日はお早いお帰りですのね、兄様」
 自宅に戻った冥加を出迎えたのは、妻ではなく妹だった。
「……ここで何をしている、枝織」
「あら、いつも寂しい思いをなさっているお義姉様を慰めに来ているのですわ」
 妹は後ろを振り返り、奥に向かって「ね?」と首を傾ける。 ダイニングの椅子に座る妻が可愛らしい顔に苦笑を浮かべていた。
 数年前に併設された天音学園大学院の学生である妹は、天音の学生寮とでもいうべきマンションに今もそのまま残っている。 関係者特権で卒業後もそこで暮らしていた冥加だったが、結婚を決めた時に半ば妹に追い出される形で外に新居を構えたのだった。
 『同じ建物に理事が住んでいては、学生たちは気が休まりませんわ。 それにわたくし、邪魔者にはなりたくありませんもの』というのがその時の妹の談である。
 他人曰く『清楚なお嬢様』な妹だが、実は芯が強く口も達者なしっかり者なのだ。 結局言い負かされてしまった冥加が辟易としていると、ピンポーン、とドアチャイムが鳴った。
「あ、私出ます」
 するりと横をすり抜けて玄関へ駆けていく妻の後ろ姿に冥加は思わず舌打ちした。
 ── タイミングが悪いというか……まったく、慣れないことをするものではないな。
 そんな心中の苦々しさが眉間の皺となって表情に表れている。
「── あ、あの……これ……」
 しばらくして玄関から戻った妻の手は大きな花籠── 彼女の顔が隠れるほどの豪華なフラワーアレンジメントを抱えていた。
「まあ綺麗!  どなたからの贈り物──── ああ、そういうことですのね」
 ちらりと意味ありげな視線を寄越した妹は、椅子に置いていた荷物とコートを取り上げた。
「ではお義姉様、わたくしはこれで失礼しますわね」
「えっ、せっかくだから一緒にお夕飯食べない?」
「ありがとうございます、お気持ちだけありがたく頂いておきますわ」
 すると枝織はにっこりと笑いながら、
「── 今日は『愛妻の日』ですものね、兄様」
 おほほほほ、と勝ち誇ったような高笑いを上げながら玄関へ。 かたん、と扉が閉まると部屋の中は波が引いたように静かになった。

 はたと我に返った冥加が見たのは、ダイニングテーブルに置かれたアレンジメントを愛おしそうに見つめている妻の横顔だった。
「そ、それはだな……」
 理事たちの話を聞いているうち、何か贈り物のひとつもしてみようか、と思い付いたのは花だった。 自分で持ち帰るのは少し照れ臭いから花屋に届けさせたのだが、まさか妹が来ているとは思わなかった。 時折訪れてくれているのは妻から聞いて知ってはいたが、よりによって今日鉢合わせることもなかろうに。 こんなことなら自分で持って帰ったほうがまだマシだったかもしれない。
「ふふっ、お花、綺麗ですね」
 微笑みながら両腕を差し出してくる妻。
「あ、ああ……」
 慌ててスーツの上着を脱ぐ。 いつもこうして服を片付けてくれる彼女に襟の部分を掴んで差し出した。
 だが彼女の腕は上着の横を擦り抜けた。 続いて、とん、と胸に軽い衝撃。 腰がきゅっと締めつけられた。
「お花、ありがとうございます」
「ああ……」
 自分に抱きつき、猫の子のように額を胸に擦り寄せてくる彼女はとても幸せそうに微笑んでいた。 頬の辺りが薔薇色に染まっている。
「……なんだか高校生の頃を思い出しちゃいました」
「── っ」
 そういえば、差し入れをしてくれた彼女に花を贈ったことが何度かあったような……。
「うふっ、あの頃から愛されてたんですね、私♥」
「うっ…」
 もっと気の利いた返答をしてやれればいいのに── 自分の不甲斐なさに歯噛みする。
 だがせめて── せめて態度で示そう──
「── じゃあ頑張って美味しいお夕飯作りますね♪」
 思い切り抱き締め返してやろう、と冥加が決心したその時、妻はするりと腕から逃れてキッチンへ向かっていったのである。
「………………はぁ」
 楽しそうに鼻歌を歌いながら料理を始めた妻の後ろ姿に溜息を漏らす冥加。
 けれど自分の想いはある程度伝わっているに違いない。 たぶん。 きっと。
 ふっと緩めた口元に笑みを浮かべ、冥加は自分で服の始末をすべくクロゼットのある部屋へと向かうのだった。

〜おしまい〜

【プチあとがき】
 これで最後です、『愛妻の日』ネタ。
 初心に返って花ネタ。冥加さんなら当然花ネタ(笑)
 枝織ちゃん最強伝説(笑)
 一応メニューを独立させてみたものの、今後も書くのか? 書けるのか?

【2011/01/26 up】