■ムーンライト・セレナーデ 東金

 和の雰囲気漂う広いバルコニーで、月を眺める。
 どこで見上げても同じ月だろうに、神戸でも、無論横浜でもないだけでこんなにも印象が違って見えるとは。
 ここは仙台からほど近い景勝地・松島にある、とある旅館。
 こうも胸の奥がざわめくのは、非日常の場所と、もはや日常と化した彼女の存在のミスマッチのせいだろうか。
 出会った季節と互いの印象が『夏』だからか、秋の色を帯び始めた月の光がやけに柔らかく照らしてくる。
 そんな感慨に浸っていると、隣にある空気が揺れて、ふふっ、と小さな笑みが漏れるのが耳に届いた。
「……思い出し笑いとは、趣味が悪いな」
「あ、ごめんなさい。 つい」
 かなではまたもくすくすと笑っている。
「何を思い出したんだ?  まさか他の男のこと、なんてことはないだろうな?」
 彼女は今度はぷっと小さく吹き出して、
「違うに決まってるじゃないですか。 千秋さんのことですよ」
 当然そうだろうと思ってはいたが、ズバリ言われるとどことなく面映い。
「── ああ、それでいい。 お前もそうやって俺のことだけで頭をいっぱいにしてろ」
 言われなくても、と呟いて僅かに視線を逸らした彼女の頬が、月明かりの中でほのかに赤く染まった。 そんな顔を見せられたら、とことんいじめてみたくなってくる。
「で、何を思い出した?  言ってみろ」
「あ、えと…… 昼間、みんなでおまんじゅうを作った時のことです」
「ああ、あれは確かに美味かったな。 さすがユキの店だ、いい材料を揃えてる。 特にお前が作ったものは絶品だった」
 誉められて余程嬉しいのか、えへへ、と照れ臭そうに笑う彼女が、一転、また吹き出した。 思わずピクリと眉が釣り上がる。 あの前衛芸術的な自信作である赤いウサギを笑っているなら、いくら彼女でも許さないところだが──
「── あの時の千秋さん、なんだか小さな子供みたいで」
「……はぁ?」
「だって、普段はドSでわがままな鬼部長なのに──」
「おい」
「八木沢さんにたしなめられた時は、お父さんにいたずらを咎められた子供みたいで」
 ツボに嵌ってしまったらしい彼女はバルコニーの柵に突っ伏して肩を震わせ笑っている。
 なんだか弱点を見つけられてしまったようで気に入らなかった。 彼女の肩を少々乱暴に引き起こして自分の方へと向け、両手で柔らかい頬をむぎゅっと挟み込む。
「おい、かなで……どういう方法でその口を塞いで欲しい?」
「違っ、違うんですってば!」
 頬を挟まれて唇が突き出した愉快な顔で、彼女は精一杯の抗議をする。 手首を掴んで引き剥がそうと試みているらしいが、力で敵うはずもなかろうに。
「今まで知らなかった千秋さんの一面を知ることができて、嬉しかったんです!」
「……っ」
 込めていた手の力がすっと抜けた。 ただそっと彼女の頬を包み込む。 その分、彼女に掴まれている手首の感覚がやけにはっきりと伝わってきた。
「小さい頃からそんなふうに過ごしてたのかな、って思ったら、八木沢さんがちょっとうらやましいなって」
「……それを言うなら、俺は星奏の奴らに嫉妬しているかもしれねぇな。 特に如月兄弟── あいつらは俺の知らないお前をずいぶんと知ってるはずだからな」
 彼女は大きな目をパチパチと瞬いて、それからふわりと微笑んだ。 手の甲に、彼女の手がそっと添えられる。
「でも、千秋さんしか知らない私もいますよ?  きっとそれはこれからもっと増えていくんです」
 今度は己が瞠目する番だった。
「── そうだな」
 月明かりの中での語らいも、こうして触れ合うことも、他の誰にも譲る気はさらさらない。
「だが、『きっと』じゃない── 『必ず』だ」
 初めて会った時にはここまで愛おしくなるとは思ってもいなかった笑顔ごと、ゆっくりと両手を引き寄せた。

〜おしまい〜

【プチあとがき】
 超お久しぶりでございますっ。
 ニセモノ臭漂う東金さんをお届します!
 フルボイス万歳!

【2013/10/02 up】