■2.正直者 東金

【お題】恋している10のお題(by 追憶の苑さま)/02:指摘されて初めて気付く、視線の先

 夏休み直前に隣の部屋に越してきたのは、ふわふわしたマシュマロのような少女だった。
 おっとりしていてぽやんとしているかと思えば、ちょっと突くとわたわたと慌て出す。 その反応が面白くて、ついついからかってしまうのだが。
 そう付き合いが長いわけではないが、最近少しばかり気づいたことがある。

「── おや、今帰ったのか?」
 ちょうど部屋を出たところで鉢合わせ。 部屋のドアを開けようとしている彼女の手にはヴァイオリンケースが握られている。
「うん。 今日もいっぱい練習したからお腹ペコペコだよ〜」
 『くたくた』ではなく『お腹ペコペコ』というのがどうにも彼女らしくて笑みを誘う。
「この暑い中、ご苦労なことだな」
「セミファイナルまであと少しだからね、頑張らなくちゃ!」
 地方大会を勝ち抜いた彼女は、突然1stヴァイオリンの大役を任されて委縮しているかと思えばそうでもないらしい。 前向きに取り組む姿というのは美しいものだ。
「ニアは晩ご飯?」
「ああ。 君もこれから食堂に行くなら、待っていてもいいが?」
「ほんとっ !?  じゃあちょっと待ってて、すぐだからっ!」
 部屋に飛び込んだ彼女は、ものの数秒で廊下に飛び出してきた。 着替える時間くらい待ってやるのに、荷物を置いただけで出てきたのだろう。
「じゃ、行こっか」
「そうだな」

 ついこの間までは静かな場所だったはずの食堂は、まるで繁盛している飲食店のような賑わいだった。
 コンクール中、この菩提樹寮に仮住まいしている他校生は見事に男子ばかり。 飲食店、というより、男子校の寮にでも迷い込んでしまったような気分になってくる。
 食事を受け取り、空いている隅の方の席に陣取り、いただきますと手を合わせて食事を始める。
「── 練習の進み具合はどうなんだ? 小日向」
 取材も兼ねて、そう水を向けてみた。
「…………小日向?」
 彼女は箸の先をくわえたまま、あらぬ方向をじっと見つめている。
 その視線を辿った先では神南の生徒たちが賑やかな食事を楽しんでいる真っ最中。 部長・副部長を中心に、応援のためについてきた生徒たちが周りを囲んでいる。 その様子は『スルタンに群がる下僕たち』のようにも見えて、どこか滑稽だ。
「…………ふぅ」
 溜息ひとつ、彼女は箸を動かし始めた。 かぼちゃの煮物をひとかけら、口に入れる。
「── ほぅ、そういうことか」
「えっ、そういうことって、どういうこと?」
 かぽちゃをコクンと飲み下し、彼女は可愛らしく小首を傾げた。
「ふふっ、無意識というのは恐ろしいものだな。 あの集団が気になって仕方ないのだろう?」
「えっ……えっ !?」
 ほーら、慌て始めた。 忙しく頭を動かして、あちらの集団とこちらとを交互に見比べる彼女の顔はすっかり赤く染まっている。
「べっ、別に東金さんを見てたわけじゃないよ!」
「ほぅ、君が見ていたのは東金だったのか」
 指摘した瞬間、彼女はハッと瞠目する。 もしかすると『自覚した瞬間』というものを目撃してしまったのかもしれない。
「まあ、東金か土岐のどちらかだろうとは思っていたが」 「えっ、あっ、私……も、もうっ、ニアってば!」
 頭の天辺から、ぷしゅー、と吹き出す湯気が見えるようだ。
「ふふっ、君と私の友情に免じて、しばらくは温かく見守っておいてあげよう」
「ほ、ほんと?  絶対内緒よ!」
 『バカ』が付くほど正直なところは、きっと彼女の美徳なのだろう。 込み上げてくる笑いを噛み殺しながら、しっかりと沈黙を約束した。

〜おしまい〜

【プチあとがき】
 ニア視点。
 かなでちゃんから『スキスキビーム』出てます(笑)

【2010/11/23 up】