■目隠し
「──蓬生さん、蓬生さん」
小声で呼ばれて振り返れば、かなでが木に隠れるようにして手招きしていた。
「なんや?」
土岐は彼女に近づいて、念のため同じく小声で聞き返す。
と、彼女が無言で指差した方向には練習中の東金千秋。
「蓬生さん、千秋さんに目隠ししてくれませんか?」
「はぁ?」
「お願いします」
ぱちん、と手を合わせて拝む姿の可愛らしさに不可解な依頼も断れなくなった。
そーっと、そーっと、背後から近づいて。
東金がヴァイオリンを降ろしたところで後ろから彼の目元を手で覆う。
「だーれだ?」
きゅっとしがみついた土岐の背中からひょこっと顔を出し、かなでが問いかける。
東金は疲れたような深い溜息を吐いた。
「………蓬生、だな」
「えーっ、なんでわかっちゃったんですかぁ〜」
土岐が手を外してやると、東金は一歩前に出てからくるりと振り返った。
「お前の声が聞こえたのは斜め下後方から。手の当たり方からして背は俺と同じくらい。そして俺にこんなことができるのは蓬生ぐらいのものだ」
「うー、少しは『誰かなぁ?』って考えてくれてもいいじゃないですかぁ」
「わかりきったことを考えられるか」
「むー」
ふと東金の目がすぃっと細められた。
「そんなことはどうでもいい。かなで、お前はいつまで蓬生にしがみついてる気だ?」
「へ?」
彼女からしてみれば背中に隠れただけのつもりだろうが、確かにしがみつかれている自覚が土岐にはあった。
東金はすっと横を通り過ぎると彼女の襟首を掴んで背中から引き剥がした。そのまま引きずって、近くのベンチに座らせる。
「いいからお前はそこで俺の演奏を聞いてろ」
彼女に弓をびしっと突き付けて言い放ち、練習を再開する。
最初は不満そうに唇を可愛らしく尖らせていた彼女だったが、曲を聞いているうちなんとも幸せそうな表情に変わっていった。
── 俺を挟んでイチャつくの、やめてくれへんかな。
思わず込み上げてくる苦笑を噛み殺し、土岐はそっとその場を離れることにした。
数日後。
土岐がかなでと話をしていると、遙か後方に歩いてくる東金の姿が見えた。
口元に指を立てているから、彼女には黙ってろ、ということなのだろう。
視線で気取られないよう、背後に目を向けないようにしてかなでとの会話を続ける。
と。
「だーれだ」
先日の仕返しか?
そう思ったのも束の間。
東金が手を被せたのは、彼女の目ではなく胸の上。
完全にフリーズしてしまったかなではひくりと口元を震わせると、
「んきゃあぁぁぁぁぁっ !? 何するんですか千秋さんっ!」
東金の手から飛び逃げて、土岐の背中に隠れてしまった。
「なんだよ、『誰かなぁ』とか考えろよ」
「考える余地なんてありませんっ! 胸触ってくるの、千秋さんしかいないじゃないですかっ!」
「お前の『成長』を手伝ってやってるんじゃねえか」
「もうっ、手をわきわきするのやめてくださいっ!」
「わかったから蓬生にしがみつくのはやめろ」
追う東金、逃げるかなで。
かなでは土岐の背中にがっちりとしがみついているから、盾代わりの土岐はいつまでも二人の中心から逃れられない。
── 俺を挟んでイチャつくの、やめてくれへんかな……マジで。
背後のかなでにくるくると身体を回されながら、土岐は深い溜息を吐いた。
〜おしまい〜
【プチあとがき】
どうしてこうなったかと言うと、そういう電波を受信したからとしか言いようがない。
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