■東かな版 赤ずきんちゃん
ある森に千秋という名の狼がおりました。
今日も千秋は森の中を獲物を探してウロウロ。
すると一軒の小さな家がありました。
そういえばこの森には身体の弱いおばあさんが住んでいると聞いたことがあります。
こんな森の中に住むとは物好きとしかいいようがありません。
確かおばあさんには孫娘がいて、時折訪ねてきているとか。
千秋は今日の獲物を想像して、ぺろりと舌舐めずりをしました。
「ばあさんはいるか? おとなしく俺の胃袋の中に収まるんだな」
小さな家の扉を乱暴に開けて千秋は中へと入ります。
ガチャリ。
耳慣れない硬い音に千秋は眉をひそめます。
「……あんたがこの森の乱暴者、狼の千秋っちゅうヤツやな? 待っとったで」
おばあさんがベッドの上で一丁の猟銃を構えていたのです。
「まっ、待てっ! 早まるなっ! 話せばわかるっ!」
向けられた銃口に千秋は慌てました。
森の中では最強を誇る千秋でも、人間の武器には勝てません。
実はこの蓬生おばあさん、動物の毛皮を売る商売をしていたのです。
狼の毛皮の注文を受け、この森でひとり千秋がやってくるのを今か今かと待ち構えていたのでした。
「俺は腹が減っているだけだ。何か食わせてくれれば、お前に危害は加えん。だからお前も銃を下ろせっ」
千秋は両手を上げて必死に訴えます。
蓬生おばあさんの目がすぃっと細められました。
千秋の言葉を信じていいものか、思案しているようです。
「……まあええやろ。メシ食わしたるから、さっさと森へ帰りや」
蓬生おばあさんは、よっこらせ、とベッドから降りて銃を背中に背負うとキッチンへ向かいました。
ちらりと振り返り、
「……妙な動きしたら、ズドン!、やで?」
狂気の浮かんだ目とニタリと笑った口元に、千秋は思わずブルリと身震いしたのでした。
テーブルの上にほかほかと湯気の立つ料理が並べられました。
ですが千秋の食欲をそそる匂いではありません。
なぜなら並んだ料理は野菜を使ったものばかり。
肉食の千秋にとって野菜はそこらに生えているただの草となんら変わりがないのです。
ぎゅるるるる。
千秋のお腹が鳴きました。
「── こんなもん食えるかぁぁぁっ!」
空腹の余り我を忘れた千秋は蓬生おばあさんに掴みかかりました。
おばあさんの喉笛に噛みつこうとして、
「う」
大きく開けた口を閉じたのです。
せっかくの獲物ですが蓬生おばあさんの姿はマズそうで、千秋の食欲を失わせてしまったのでした。
「……悪いが孫娘の方を狙わせてもらうぜ」
千秋は蓬生おばあさんの首筋に手刀を食らわせると、気を失ったおばあさんを縄でグルグル巻きにしてベッドの下に押し込んだのでした。
「こんにちは、おばあさーん!」
森の家にお客さんがやってきました。
かなでという名前の目のくりくりした可愛らしい女の子です。
お出かけする時はいつも赤い頭巾をかぶっているので『赤ずきんちゃん』と呼ばれることもあります。
かなでは離れて暮らす蓬生おばあさんに、おばあさんの大好きな野菜たっぷりパウンドケーキを届けに来たのでした。
ところがいつもならベッドの上で優しい笑顔で迎えてくれるおばあさんの姿がありません。
代わりにベッドの上には見知らぬ狼が座っていました。
蓬生おばあさんを襲おうとして返り討ちに遭いかけた千秋です。
本当ならおばあさんのふりをしてベッドに潜り込み、油断して近付いてきた孫娘をパクリ!
──とするところですが、そんな卑怯な真似は千秋のポリシーに反するので堂々と待ち構えていたのでした。
「えと……どちら様ですか…?」
ぴんと立てた人差し指を口元に当て、かなでは可愛らしくこくんと首を傾げました。
なぜか千秋の心臓が、とくん、と大きく高鳴ります。
そんなことは初めてだったので千秋自身驚きましたが、きっとおいしそうな獲物を前にした胸の高鳴りだろうと思うことにしました。
「ハッ、俺のことも知らずにこの森に来ていたのか? ──俺は千秋だ」
「千秋…さん?」
かなでは千秋の名前を確認するように呟いてから、にこりと笑いました。
ドキン。
思わず千秋の耳がぴくぴくと揺れました。
するとそれを見たかなでの目がキラキラと輝きます。
持っていたバスケットをキッチンに置くと、とことことベッドに駆け寄ってきました。
「あ、あのっ、その耳、本物ですか!?」
「は? ……当たり前だろ、俺は狼なんだからな」
「ちょっと触らせてもらっていいですか?」
「……別に構わねえが」
「ありがとうございますっ!」
嬉しそうにお礼を言って、かなでは手を伸ばしました。
ぴんと立った千秋の耳をそっと撫でます。
ぞくり。
千秋の背中を電流が走りました。
これまで生きてきて、こんなに優しく撫でられたことなんて一度もなかったのです。
「うわぁ、ふわふわして気持ちいい……」
かなではうっとりした顔で千秋の耳やら頭やらを撫で続けています。
──ダメだ、これ以上撫でられていると情が移ってしまう。
千秋は意を決してかなでに襲いかかります。
細い腕を引っ張ると、きゃっ、と悲鳴を上げてかなでが倒れ込んできました。
ベッドに転がりながら、かなでが暴れないようにがっちりと抱え込みます。
腕の中に閉じこめたかなでの身体はとても柔らかくて、なんだかいい匂いがしてきます。
これでようやく空腹から解放される──そう思いながら千秋な腕の中のごちそうへ目を向けました。
「あ……私を、食べるんですか…?」
見上げてくるかなでの大きな目はうるうると潤んでいます。
どくんっ。
千秋の心臓が痛いくらいに跳ねました。
「そう、ですよね……狼さんはお肉を食べるんですものね……」
かなでが悲しそうに目を伏せました。
目尻から涙が一滴、流れてシーツに丸い模様を作ります。
その瞬間、千秋の心に変化が訪れました。
『食べたい』──でもそれは空腹を満たす食欲ではなく、全く別の衝動。
千秋は恐怖のあまりわなわなと震えているかなでの桜色の唇に思い切り吸いつきました。
すると何ということでしょう!
ぼわんっ、と煙が立ち込めたかと思ったら、ふさふさの毛皮に覆われた狼だった千秋の姿が人間のものに変わっていたのです。
実は千秋は西の国の王子様で、悪い魔法使いに魔法で狼の姿に変えられていたのでした。
その魔法は『心から愛する人とキスをすると解ける』というもの。
魔法が解けたということは──
「お前は今この時から俺の妃だ」
「千秋さん……」
優しい笑みを浮かべた千秋は、頬を赤く染めたかなでに甘い甘い二度目のキスをしたのでした。
がんっ!
ものすごい音がしてベッドが揺れました。
「あ……」
しまった、という表情をした千秋がぽりぽりと頭を掻きます。
グルグル巻きにされた蓬生おばあさんが、意識を取り戻して下からベッドを蹴り上げたのでした。
千秋はベッドの下からおばあさんを引っ張り出すと、縄を解いてやりました。
「すっかり忘れてたぜ。悪かったな」
「悪かったやあらへんわっ!」
蓬生おばあさんは怒りのあまり言葉を失って、ぷるぷると震えています。
きっと意識を取り戻すと同時にベッドの上から聞こえてきたいろんな音が怒りの原因に違いありません。
「まあ、そういうことだ。かなで、続きは城に帰ってからな」
にやり、と笑う千秋の嬉しそうな顔。
かなではただ真っ赤になって俯く他なかったのです。
しばらくして西の国のお城は大騒ぎになりました。
城を飛び出して行方知れずだった王子様が可愛らしいお嫁さんを連れて戻ってきたのです。
その後盛大な結婚式が行われ、二人は末永く仲良く暮らしたのでした。
〜おしまい〜
【プチあとがき】
第2弾は赤ずきんちゃんパロ。
遊びすぎました(笑)
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