■Trick and treat!
☆サイト開設6周年記念リクエスト大会☆
シフォンさまからのリクエスト『ハロウィンのお話』
── 確か10月に入って少し経った頃からだったろうか……部屋の中がどことなくオレンジ色に支配され始めたのは。
大学進学を期に、横浜で独り暮らしを始めた東金千秋。
一人で住むには充分過ぎる広さを持つマンションの一室はシンプルで機能的なインテリアでまとめられ、男の独り暮らしらしいすっきりしたシャープな印象を受けた。
が、どこか柔らかな雰囲気を感じるのは、この部屋に頻繁に出入りする人物の影響が大きいものと思われる。
その人物──
小日向かなではこの部屋に自分の存在をこれ見よがしに主張するような改変を加えることもなく、ただ快適に過ごせるよう整えてくれていた。
── のだが。
キッチンのカウンター、テレビ台、出窓などの上に最近増え始めたオレンジ色の物体。
ころんと丸っこいそれには、可愛いというより不気味な顔がついている──
いわゆるジャック・オ・ランタンというものである。
海外文化の色濃い街に生まれ育った東金にとっては特に珍しくもないし、今では10月になれば店のディスプレイはどこもかしこもハロウィンだと言っていい。
彼女は特に何かを訴えることもなく、ひっそりとハロウィングッズを増やしている。
その行為自体が彼女からのメッセージなのかもしれない、と東金は口元を緩ませた。
きっと月末になれば例の決まり文句で菓子をねだってくるのだろう、と。
そして10月最後の週末。
学校帰りに手製のエコバッグいっぱいの食材を持ってきたかなでは開口一番、
「パーティしましょう!」
サプライズのつもりなのか、弾けるような笑顔でそう言った。
どうして、とか、何の、などとは聞いてやらない。
それに彼女は東金が何か言葉を返す間もなく楽しそうにキッチンへと向かっていった。
聞こえてくるのは包丁とまな板のアンサンブル。
そこに食欲をそそるいい香りのハーモニーが加わって、彼女が奏でる一大シンフォニーとなる。
そんな自分の思考に思わず笑みを漏らした東金は、カチャカチャと陶器の音が聞こえ始めたのを合図に、テーブルに料理を並べる仕事を自ら進んで請け負った。
そしてパーティの準備は整った──
と思いきや、ちょっと待っててください、とかなでが紙袋を抱えて洗面所に駆け込んだ。
せっかくの料理が冷めるだろ、と文句を言いたいのをぐっと堪えて待つことしばし。
「お待たせしましたー!」
洗面所から出てきたのは──
「……なんだ、その格好は?」
さっきまで制服を着ていたかなでは、今は濃いグレーの地味なワンピース姿。
頭の天辺には場違いなほど大きな真っ赤なリボンが結ばれている。
「え、魔女ですけど。
あ、この辺に黒い猫がいると思ってください」
「いや、そうじゃなくてだな」
「えっ、何か変ですか !?
……おかしいな、ハロウィンには仮装するって聞いたんだけど……」
「馬鹿……どうせ魔女の仮装をするなら、俺を誘惑するくらいの色っぽい格好をしろよ」
「え……ええっ !?」
かなでの腰をすっと浚い、ドギマギして赤く染まった顔に自分の顔を近づける。
「ま、その辺りは来年に期待するとして──
『Trick or treat!』」
本当は彼女がそう言ってきたらどう対応してやろうかと考えていたところだが、可愛らしい奮闘ぶりに敬意を表して自分から水を向けてやる。
「あ、はい!
パンプキンパイ焼きました!
後でデザートに食べましょうね!」
ニコニコと誇らしげな彼女の様子に、思わず溜息が出る。
「……却下。
同じ甘いものなら、俺はこっちがいい」
細い腰を引き寄せて、ふわふわの髪の中に指先を埋めて、彼女の柔らかな甘い唇を堪能する。
── ん?
違和感に唇を離して彼女の顔を見れば、ぽぉっと熱に浮かされたような赤い顔。
その頬に手を滑らせてみて、ふと眉根を寄せた東金は、彼女の額にぴたりと手のひらを当てた。
「……お前、熱あるんじゃねえのか?」
「えっ、そんなことは……あ、でもちょっと喉が痛いかも……」
「何やってんだ、お前は。
ほら、さっさと寝ろ!」
「あっ、でもパーティがっ!」
「そんなもん、いつでもできるだろ!」
無理矢理ベッドに押し込んで、熱を測ってみれば38度に近い。
パーティに未練があるようではあったが、結局彼女は横になるとすぐに眠りに落ちていった。
数日後──
10月31日である今日が本当のハロウィン当日である。
教室の中は主に女子学生を中心に、『Trick or treat!』の合言葉と共にお菓子の交換会のような様相を呈していた。
甘ったるい空気に喉の奥がムズムズして、東金はしきりに咳払いを繰り返す。
「── 千秋、風邪ひいたん?」
カラカラと口の中で音をさせながら、隣の席から土岐が訊いてきた。
「……いや」
「さっきから咳しとったで?」
自覚はなかったけれど、そういえば今朝辺りから喉の調子が悪かったような気がしてきた。
「ん。やるわ」
こん、と硬い音をさせて机の上に置かれたのはカラフルな飴。
「のど飴や。さっき声楽科の子にもろたんよ。
今日はあちこち駄菓子屋みたいでおもろいわ」
くすくすと笑う土岐の口元から、カラカラと音がする。
どうやら貰った飴が一粒、口の中に入っているらしい。
喉の不調を自覚してしまった東金は、サンキュ、と呟いて、ありがたく飴を貰っておくことにした。
その日の夜は、かなでと食事に行く約束をしていた。
ハロウィンパーティリベンジ!と息巻く彼女を無理しなくていいと説得し、外でのディナーを楽しむことにしたのだが──
星奏学院の近くの駐車場に車を止め、正門から出てくる彼女を待っている間にも喉の不調は本格化してきた。
油断すれば声がかすれてしまう。
ふと思い出し、ポケットから取り出したのど飴を口の中に放り込む。
飴なんて普段滅多に口にしないが、のど飴、というだけあって今の彼の喉には甘さと薬効の刺激が心地よい。
と、コンコンと窓をノックする音。
ニコリと笑ったかなでが車を回り込み、助手席に乗り込んできた。
「お待たせしてすみません」
シートに収まったかなでは、えへへ、と笑うと、
「千秋さん、『Trick or treat!』」
── リベンジとはいえ、いきなりそう来るか。
準備はしていなかったが、偶然にも東金のポケットにはまだのど飴がいくつか入っている。
ポケットに手を伸ばし──
かけた手をかなでに向けた。
まだシートベルトをしていない彼女を引き寄せて、有無を言わさず口付ける。
少し小さくなった飴が、ころん、とかなでの口の中へと転がった。
「── さて、行くとするか」
彼女から離れ、イグニションキーを回す。
微かな振動と共にエンジンが静かに動き始めた。
「あ、あ、あのっ」
「なんだ?」
「い……今のは『Trick』ですか?
それとも『Treat』ですか?」
問われて少し考えて、
「一石二鳥、だと思わねえか?」
ニヤリと口の端を上げて視線を向けると、かなでは沸騰したように真っ赤に染まった顔を俯ける。
カラン、と飴が歯にぶつかる音が聞こえて、思わず東金は口元を緩ませた。
その後、ディナーはなんとか食べられたものの、結局東金は熱を出して寝込んでしまい、『風邪うつしてごめんなさい!』と涙目になったかなでに看病されることになる。
── が、それもまた彼らにとっては楽しい思い出のひとつ。
〜おしまい〜
【プチあとがき】
リク第1弾、東かなでハロウィン話をお送りいたしました!
えと、なんで風邪っぴき話?と思われるかもしれませんが、
『Treat』には「治療する」という意味もございまして。
そんなところからこんな話になってしまいました。
ちなみにタイトルはタイプミスではありません。
かなでちゃんの仮装は……わかりますよね?(笑)
シフォンさま、リクエストありがとうございました♪
【2010/10/04 up】