■占有願望
ある日の夕方。
練習から戻ってきた東金は寮の玄関先で大小さまざまな紙袋に埋もれる『orz』を見つけた。
ぺたんと座り込み、床に両手をついたまま動かない小日向かなでである。
「……おい」
情けなさ漂う後ろ姿に声をかけると、かなではだるそうに振り返る。
腕に通ったままの紙袋が引きずられてガサガサと音を立てた。
「あ……東金さん、おかえりなさい……」
汗が光る額には前髪が貼り付き、疲れ果てた顔にへらりと笑みが浮かぶ。
「どうしたんだ、その荷物は」
「えと……元町で練習してたら友達に会って……バーゲンに行ったら……買いすぎました……」
「で、その荷物抱えて元町から歩いて帰ってきたのか」
「……はい」
そこそこ重さのあるヴァイオリンケースもある上にこの大荷物。
彼女の細腕には荷が重すぎるのは一目瞭然である。
疲れ果て、力尽きて座り込んでしまうのもわからなくはない── が。
「馬鹿……まとめて寮に送ってもらうとか、タクシー使うとか、方法はいろいろあるだろうが」
「あ……そういう手もありましたね……」
目をぱちぱちと瞬かせる彼女は、本当にそういう案は浮かばなかったらしい。
まったく、と呆れながら、散らばった紙袋を拾い上げ、
「ほら、運んでやるからさっさと立て」
「え、あ……ありがとうございます」
とはいえ女子棟は男子禁制である。
10歩足らずの僅かな距離を移動してやることしかできないのだが。
「── 一体こんなに何を買ったんだ?」
バーゲン、という言葉に縁のない暮らしをしている東金は、ほんの少し湧いた興味から尋ねてみた。
「服とか靴ですけど……あ、すごく可愛いワンピースがあって、一目惚れして買っちゃいました♪」
さっきまでの疲れた顔はどこへやら、かなではニコニコと嬉しそうに報告してくる。
よほどそのワンピースが気に入ったのだろう。
ふと思いついたことを口にしてみる。
「── よし、そのワンピースに着替えてこい」
「へ……?
い、今から、ですか?」
「ああ、今からだ。
わかったら、さっさと着替えて来い。
俺を待たせるな」
「は、はいっ!」
持っていた紙袋を渡してやると、彼女は勢いよく女子棟へと飛び込んでいった。
── 待つこと数分。
「……お、お待たせしました」
凭れていた壁から背を離し、声の方へ振り返る。
「どうですか?」
かなではワンピースのスカート部分をちょこんと摘まみ、くるりと一回転して見せた。
スカートがふわりと大きく膨らんで、花が開いたように広がった。
「……………………」
「……に、似合いませんか……?」
無言のままの東金に、不安そうに尋ねるかなで。
もちろん『似合わない』と思ったわけではない。
逆にシンプルな白いワンピースはとても彼女らしくて、要するによく似合っていた。
すっきりしたノースリーブ、襟ぐりが少し大きすぎる気もするが、くっきり浮き出た鎖骨のラインとのバランスがとてもいい。
長すぎず短すぎないスカート丈も合格点だ。
足元はちょっと華奢なサンダルが合いそうだ。
つばの広い帽子をふんわりと被せ、どこか避暑地の緑の多い庭園か何かにこのまま連れていきたいと思った。
「── と、東金さん……?」
ずっと黙りこくっている東金から、このあと酷評されるとでも思ったのだろうか。
かなでは悲しそうな顔で、着替えてきます、と呟いて踵を返そうとした。
東金は咄嗟に彼女の腕を掴んで引き止める。
── 誤解されたまま行かせてなるものか。
「ひゃっ !?」
掴んだ腕を引っ張れば、バランスを崩したかなでがドスンと胸にぶつかってきた。
そのまま抱き締めて、彼女の首筋に顔を埋める。
「── !?」
彼女が声にならない悲鳴を上げたのは、首筋にチクリと微かな痛みを感じたからだろう。
「── そのワンピース、俺と出かける時以外に着るなよ」
顔を上げ、ニヤリと笑みを浮かべる。
途端、かなでの顔がぽんっと赤く染まり、さっき痛みを感じたであろう場所をがばっと手で覆った。
「き、き、き、き、着替えてきますっ!」
緩く拘束していた腕の中から飛び出した彼女は大慌てで自分の部屋へ駆け戻ってしまった。
バタン!と扉が大きな音を立てて閉まるのが聞こえた。
「── さて、どこへ連れていってやるかな」
楽しみがまたひとつ増えた東金は、くつくつと笑いながら上機嫌で自室へ戻って行った。
── そして。
夕食を取るため食堂に現れたかなでが、襟のきっちりしたシャツブラウスを着ていたのは言うまでもない。
〜おしまい〜
【プチあとがき】
やっちまった(汗)
『かなでちゃんのワンピ姿にドキドキな東金さん』
というネタを投下していただいたので書いてみました。
蓬生さんのイベント流用。
……ほ、方向性が違う?
暑さで脳ミソ煮えてるから、こんなものしか書けませんでした。
……申し訳ない。
【2010/08/10 up】