■東かなで五十音【ま行】 東金

 【まつげ】
 ティータイムでラウンジのテーブルを囲んでいた時のこと。
 カップを置いたかなでが目をパチパチとし始めた。
 ぎゅっと目を瞑ってみたり、指先で目の縁を押さえてみたり。
「小日向ちゃん、どないしたん?」
「あ、何かゴミが入ったみたいで」
「見せてみろ」
 東金はかなでの頬に両手を添えて、親指で下まぶたをぐいっと押し下げた。
「……ああ、抜けたまつ毛が目の中に入っちまったんだな」
「それなら、ティッシュをこよりにして取ったらええよ」
 土岐は芹沢がすかさず差し出したティッシュの角を指先で撚り上げていく。
「貸せ、俺がやる」
 椅子から立ち上がった土岐の手からこよりを奪い取り、かなでの顔を覗き込んだ。
「じ、自分でやりますからっ」
「いいから任せろ。 ほら、目を瞑ってたら取れねえだろうが」
 目の中を触られようとしているのだから、怖くないわけがない。 ぎゅっと目を閉じて逃れようとする彼女の顔を逃がすまいと両手で挟む。
「……なんやキス迫っとうみたいやね」
 呆れたような土岐の一言に、二人の顔がぼふんと真っ赤になった。

(どこかで使ったネタ…(汗))

*  *  *  *  *

 【ミュージアム】
「東金さん、一緒に行きたいところがあるんですけど」
 彼女からの誘いに、ほぅ、と東金の目が細められた。
 欲がないのか、普段わがままらしいわがままを言うことのない彼女。
 東金としてはどんなわがままも聞いてやるつもりでいるし、叶えてやる力も備えていると思っている。
 少し物足りなさを感じてもいたから、こんなおねだりは大歓迎だった。
「へぇ、お前から誘ってくるとは珍しいな。 どこへ行きたい?  どこへでも連れてってやるぜ」
「えと……近くの美術館で陶芸展をやってて」
 再び東金の目がすっと細くなる。
「そうか……お前は俺の作品を見て芸術に目覚めたんだな。 ジャンルを超えて良い物を見ることは、お前の音楽にもいい影響を与えるだろう。 よし、行くか」
「あ……えと……はい」
 複雑な表情を浮かべる彼女が内心『もう少し芸術的感覚を養ってほしい』と思っているなんて、芸術家気取りの彼の頭に浮かぶはずもなかった。

(い、いや、キライじゃないよ、あのレッサーパンダ)

*  *  *  *  *

 【無自覚】
「ハッ、俺を楽しませてみろよ、地味子」
 悔しそうな目にうっすら涙を浮かべ、何かに耐えるようにきゅっと唇を噛みしめた少女。 走り去るその背中に向けて、追い打ちをかけるように投げかけられたのは意地の悪い揶揄。
「……あんまり女の子虐めたらあかんよ、千秋」
「虐める?  馬鹿なこと言うなよ、蓬生。 俺はアドバイスをくれてやった上に鼓舞してやってるんだぜ?  感謝されてもいいくらいだ」
「俺には好きな女の子虐めて喜んどう小学生にしか見えへんわ」
「はぁ?」
「あの子のことが気になってしゃあないんやろ?」
「いい加減にしろ、誰があんな地味な女── もう少しマシな演奏をしてもらわなけりゃ、勝ったところで自慢にもならねえ。 それだけだ」
 顔をしかめながらそんなことを言っていた彼だったが、1ヶ月も経たないうち──
「── 何逃げてんだよ」
「で、でもっ、恥ずかしいですからっ」
「そんなのは関係ねえ。 お前は大人しく俺の腕の中にいろ」
 人目も憚らず、隙あらば彼女を抱き締めている。
 彼が無自覚だった恋心を自覚した時から、手のひらを返したような無節操な愛情表現が始まった。

(気の毒やなぁ、小日向ちゃん)

*  *  *  *  *

 【メリー・ウィドウ】
 風に乗って聞こえてくるのは甘い旋律。
 弾いているのは恐らく……いや間違いなく── 確信を持って音の聞こえる方向へと足を向ける。
 緑濃い森の木陰でヴァイオリンを奏でていたのは、確信していたとおりの人物だった。
 弓を下ろし、ふぅ、と息を吐いた彼女に向け、パラパラと拍手を送る。
 振り返った彼女は、なぜか不満顔で。
「……やっぱりよくわかりません」
「は?  何のことだ?」
「この曲、八木沢さんが『解釈がよくわからない』って悩んでて」
「ユキが…?」
「私も弾いてみたら少しはわかるかな、と思ったんですけど」
 はぁ。
 思わず深い溜息が出た。
 確かにさっきの演奏は、気持ちがこもっているとは言えないものだったが。
 彼女の左手から楽器を取り上げて、その手をきゅっと握り締める。
「え……」
「この曲は何だ?」
「何って……えと、『メリー・ウィドウ・ワルツ』ですけど……」
「ああ、ワルツだな。 ワルツとは、こうして男と女が踊る曲だろ」
 握った手をくいっと引っ張った。 ひゃっ、と悲鳴を上げて、彼女がどすんとぶつかってくる。 取り上げたヴァイオリンを傷めないように注意しながら、その腕で彼女の背中を支えてさらに引き寄せた。
「言葉を口にしなくても、触れ合っている部分から想いは伝わる── 俺はお前を愛している」
 耳元に屈み込んで囁けば、思った通り彼女は腕の中でカチンコチンに身を固くして。
「── という曲だ、この曲は」
「えと……わかったような、気がします」
「なら、もう一度弾いてみろ」
 腕から解放してやり、勝手に預かったヴァイオリンを差し出した。
 受け取った彼女は真っ赤な顔でコクンと頷いて、再び曲を奏で始める。
 聞こえてきたのはさっきよりも甘く甘く色づいた愛の旋律──

(ごめん、八木沢部長(笑))

*  *  *  *  *

 【木曜日】
 土日を横浜で過ごすことが多くなってから、木曜日が嫌いになった。
 月曜日はまだ余韻に浸っているせいか、思い出し笑いが気持ち悪い、とよく言われるようになった。
 火曜、水曜あたりは以前のペースに戻っていると思う。 というより、そう見えるように心がけている。
 金曜日は翌日の横浜行きが楽しみで、遠足前日の子供みたいにワクワクしている自分が面白い。
 だから、前の楽しみからも次の楽しみへも遠い木曜日が嫌いになった。
 ── なんて、あまりにガキっぽくて誰にも言えない。

(だから『次の週末、用事があるので会えません』とか言われたら大ショック)

【プチあとがき】
 他キャラのイベントをアレンジして使うのが好きです。

【201005/19 up/2010/05/31 拍手お礼より移動】