■東かなで五十音【は行】 東金

 【薄情者】
 隣にいた土岐の携帯が鳴った。
「もしもし?  どないしたん?  ── そうか、それは心配やな ── ほんなら、あいつやめて俺にしとき?  俺ならあんたをそないに泣かすような真似、せえへんよ?」
 ……相手は女、か。
 ちっ、と口の中で舌打ちしつつ、脳裏に浮かぶのは彼女の愛らしい笑顔。
「── ああ、なんか分かったら連絡するわ。 ほなな、小日向ちゃん」
「なっ !?  今の電話、かなでからかっ !?」
 土岐はぱたんと携帯をたたみ、物憂げにほぅと溜息を吐く。
「何度かけても電源オフ。 着信拒否されとるんやろか、て泣いとったわ」
 慌ててポケットから携帯を探り出し、開いたディスプレイは真っ黒。 電源ボタンを押しても無反応。
「……ちっ、電池切れかよ」
「可哀想になぁ、小日向ちゃん」
「可哀想だと思うなら、その場で電話を代わりゃいいだろうがっ!」
 土岐の手から携帯をひったくり、着信履歴の彼女の名前を選択する。
 電話を当てた左耳には無機質なコール音、空いた右耳には薄情者の笑い声が聞こえていた。

(いぢわる蓬生さん)

*  *  *  *  *

 【頻繁】
 菩提樹寮のラウンジで、今日もティータイムの神南トリオ+1。
「へぇ、今日はクッキーか」
「サクッとしてて美味いなぁ」
「次はしっとり系にしてみましょうか?」
「ケーキか?」
「あぁ、それもええね」
「いっそのこと和菓子なんてどうですか?  お抹茶といっしょに」
「ああ、たまにはそれも悪くないな」
「せやな」
 数少ない寮生が時折前を通り過ぎていく中、和やかな会話が行われている。
.
 ── もうすぐ冬休み。
 彼らの訪問があまりに頻繁すぎて、すっかり当たり前の光景になってしまっていた。

(ほとんど寮生化/セリフはないけど芹沢クンもいるんだぜ)

*  *  *  *  *

 【服装】
 夕食後、ラウンジでまったりしていたら、ジャージ姿の至誠館の生徒が外から戻ってきた。
 金管楽器を演奏する彼らは、肺活量を鍛えるためにランニングをしているらしい。
 ふと視線を感じてそちらへ目を向けると、彼女が興味深そうにじっと見つめてきていた。
「……なんだ?」
「いえ、神南も体育の授業とかあるんですよね?」
「当たり前だろ」
「じゃあ、東金さんもジャージ着るんですか?」
「制服のままじゃ体育なんてできねえだろうが」
 と、彼女がぷっと吹き出した。
「なんかイメージできません」
 くすくすと笑い続ける彼女。
 一体何がそんなに可笑しいのか、まったく理解できなかった。

(制服のインパクトが強いからなー/ジャージ姿の東金さんを見てみたいとちょっと思っただけ)

*  *  *  *  *

 【返信】
 たまには、と思って手紙を書いてみた。
 1文字1文字、心をこめて。
 書いているうち、会いたい気持ちが込み上げてくる。
 『会いたいです』って書きたかったけれど、心配させたくないから無難な言葉を選んで。
 涙が溢れそうになってきて、急いで折りたたんで封筒に入れて封をした。

 あれから1週間。
 そろそろ返事が来ないかな、とポストを確認するのが習慣になった。
 その間、何度もメールのやりとりもしたし、電話でも話した。
 けれど手紙の話は出てこない。
 もしかして郵便事故で届いてないとか?
 不安が押し寄せてきたと思ったら、携帯が鳴り出した。
『── どうした?  声が大人しいな』
「あ、あの、私、先週手紙出したんですけど……」
『ああ、あれか。 そろそろ返事が届くんじゃないか?』
 よかった、ちゃんと届いてた。 話題に出ないから心配だったけど。
『とりあえずポストを見に行けよ』
「はい、後で──」
『今すぐ行け、俺も落ち着かねえ。 ああ、電話は切らなくていいぜ』
 はい、と返事をしてから、携帯を握り締めて玄関へ走る。
 ポストは外。 扉を開けると──
「あ」
「届いてただろ?」
 素敵な返事が両手を広げて待ってくれていた。

(想いは届くよ/「ひ」の話とは対照的だなー(笑))

*  *  *  *  *

 【欲しいもの】
「── 東金さんの今一番欲しいものって何ですか?」
 夏が終わり、何度目かの横浜訪問。
 腹ごしらえしようと入ったレストランで彼女がいきなりそう切り出してきた。
「俺の欲しいもの…?」
 ああなるほど、もうすぐ俺の誕生日。 リサーチにしては直球すぎるが、離れている時間が長いことを考えれば本人に聞くのが選択ミスを防ぐ最も確実な方法だろう。
「そうだな……俺が欲しいのは、一点ものの希少品だな」
「えっ……その、あまり高いものはちょっと……無理かも……」
「無理じゃないと思うぜ?  俺が欲しいのは──」
 ニヤリ、と笑って彼女の鼻先にびしっと指を突き付ける。
 ぱちぱちと瞬きして、次の瞬間ぼんっと火を吹くように真っ赤になった。
 きっちり意味は通じたらしい。

(エロ千秋降臨)

【プチあとがき】
 いろんなタイプのお話5つになりました、今回。

【2010/05/13 up/2010/05/19 拍手お礼より移動】