■東かなで五十音【な行】
な 【納豆】
寮の食堂で夕飯を食べている時のこと。
「あ、そうだ」
急に席を立った彼女は台所へと入っていく。
戻ってきた彼女の手には白いパックがひとつ。
がたん。
椅子を鳴らして腰を浮かした東金の顔からさぁっと血の気が引いた。
「お前っ、それ──」
「え、納豆ですけど?
賞味期限が近いんで、食べとこうと思って」
「っ!
ここで食うのか !?」
「はい。
あれ……もしかして……」
「ふふっ、千秋は納豆が苦手なんよ」
「えーっ、そうなんですか?
美味しいのに〜」
「そういう蓬生だって、ブルーチーズは食えねぇだろうがっ!」
「あー、ブルーチーズは私もちょっと…」
「好みが合うなぁ、小日向ちゃん。
ああ、その納豆、少し分けてくれへん?」
「いいですよ。
じゃあ、半分こしましょう」
これ見よがしに納豆を分け合うふたり。
むかつきながらもひとつ椅子を移動してふたりから離れ、忌々しい糸引く豆を視界に入れないようにしながら残りの夕食を口に入れる。
が、漂ってくる臭いですっかり食欲は失せてしまった。
── くそっ、これじゃキスができないじゃねえか。
げんなりしながら食べかけの夕食を放棄した。
(どうしても思考はそっち方面へ(笑))
* * * * *
に 【二兎を追う者】
夜空に大輪の花が咲く。
まるでステージに咲いた花に重ね合わせるように。
敗退の後だというのに何故か気分がいい。
『二兎を追う者は一兎をも得ず』というが、あれは間違いだとふと思った。
全国大会出場というウサギは逃したものの、別のウサギを手に入れた。
それだけで十分じゃないか。
夜風に吹かれながら、隣で目を輝かせて花火を見上げる極上の毛並みを持つウサギの横顔をじっと見つめた。
(ウサギ扱いかよ(笑))
* * * * *
ぬ 【ぬいぐるみ】
「……なんだそれは」
寮に戻ってきた彼女の腕に抱えられた子供ほどの大きさのピンク色の物体を見て思わず訊いた。
「可愛いでしょ、ピンクのクマさん!
蓬生さんがクレーンゲームで取ってくれたんですよ!」
そう言って彼女は嬉しそうにピンクのクマに頬ずりする。
「あー、街でたまたま会うてな」
苦笑する土岐の言葉を疑うわけではないが、やはり少々妬ましい。
相変わらずご機嫌な彼女が、はい、とクマを差し出した。
「……は?」
「ふかふかで気持ちいいんです。
抱っこしてみてください」
「なんで俺が」
「だって、前に言ってたじゃないですか……
ぬいぐるみを抱いて喜ぶ女の気持ちがわかる、って」
ほんのり頬を赤らめて、ちょっと目を逸らしながら呟く彼女。
東金は差し出されたクマを掴み取って、そのまま土岐の胸元にぐいっと押し付ける。
「── ああ、そうだな」
言ってニヤリと笑う東金の腕の中に閉じ込められた彼女はきょとんとした顔で。
「え…えっ !?」
「確かに『ふかふかで気持ちいい』な」
ぎゅっと抱きしめ、ふわふわの髪に頬ずりした。
(ちょっとやきもち)
* * * * *
ね 【眠り姫】
寮の庭先に置かれた長椅子。
賑やかなセミの声にもお構いなしにすやすやと眠る少女がひとり。
「── ったく、無防備にも程があるだろ」
思わず口にした独り言にも起きる気配はない。
椅子の横にしゃがんで寝顔を覗き込む。
この至近距離で彼女が目を開けたら、どんな反応を見せるだろうか。
ああ、キスをしたら目を覚ます?
「こんなところで寝やがって……襲うぞ?」
思わずこみ上げてくる笑いを必死に堪えながら、指先で頬にそっと触れてみた。
「ん……」
嫌そうに眉をしかめ、触れた辺りをごしごしと擦り、すぅと寝息が聞こえてくる。
眠り姫は目を覚ますことなく、再び深い眠りへ戻ってしまったらしい。
「しょうがねえな」
しばらく『虫よけ』にでもなってやるか、と隣の椅子に腰を下ろした。
(わ、珍しい、襲わなかった(笑))
* * * * *
の 【ノーリアクション】
彼女の華奢な身体に背中からがばっと抱きついた。
いつもなら『人前ではやめてくださいっ!』と騒ぐ彼女が、今回に限ってなぜか大人しくされるがままになっている。
「……どうした?」
顔を覗き込みながら訊いてみた。
「……わ、私の反応を見て楽しんでるんでしょう?
だ、だから、慌てたりしないことにしました」
顔を耳まで赤く染め、きゅっと唇を噛んで耐えている。
「ふーん……」
確かに彼女の過剰反応を楽しんでいる部分はあったけれど。
胸元に回した腕をすっと緩めた。
ほ、と彼女が安堵の息を吐く。
だが、甘いぜ?
彼女の肩を掴んでぐるんと向きを変え、正面から抱き締める。
「いつも今みたいに大人しく抱き締められてろよ」
暴れ始めた彼女をぐいぐいと締めつけた。
(暴れても暴れなくてもお構いなし)
【プチあとがき】
相変わらず、隙あらば抱き締めまくる東金さん(笑)
【2010/05/07 up/2010/05/13 拍手お礼より移動】