■東かなで五十音【さ行】 東金

 【避ける】
 ラウンジでのんびりと寛いでいたら、入ってきた彼女が顔を合わせるなりくるりと向きを変えて逃げ出した。
 持っていたティーカップを慌てて置いて、急いで後を追いかける。
 女子棟の入り口あたりで捕まえて、
「おい、なんで俺を避ける?」
 問い詰めれば彼女はぼっと顔を赤く染め、視線を落ち着きなく泳がせた。
「……東金さん、すぐに抱きしめたり、キ……キス……したりするし」
「迷惑だ、とでも言いたいのか」
 ぶんぶんと頭を横に振った彼女は、
「だって……クセになっちゃったらどうするんですか」
「…………それは好都合だな」
 だらしなく顔が緩んでくるのを自覚しつつ、思い切り彼女を抱きしめた。

(抱きしめ魔+キス魔=東金千秋)

*  *  *  *  *

 【新聞】
「── なんだか『お父さん』みたいですね」
 経済紙に目を通していると、横から覗きこんできた彼女がポツリと呟いた。
「小さい頃、新聞読んでるお父さんの膝に上がり込んで、よく邪魔してました」
 ふふっと笑って、小さく肩をすくめてみせる彼女。
「………来るか?」
 ニッと笑って、自分の膝をパシパシッと叩いてみせる。
「え……遠慮しときますっ」
 真っ赤になって慌てて逃げていく。
 彼女を膝に乗せて新聞を読む── そのうち実行してやろう、とニンマリした。

(変質者っぽいな)

*  *  *  *  *

 【スーパー】
 外から戻ってきた土岐は、ラウンジに並ぶ二人が見えて足を止めた。
 何やら真剣な面持ちでテーブルの上を睨んでいる。 彼らの手には赤いマジック。 あっ、と声を上げてグリンと丸をつけたのはどうやらスーパーの広告らしい。
「── おい小日向、こっちは茄子が128円だぞ」
「さっきどこかに98円っていうのが── わ、サワラの切り身が安いです!  ああっ、でもタイムサービス……」
「心配するな、俺が行ってやる」
「ありがとうございますっ!」
 彼の経済状況からするとなんともみみっちい会話をしている二人。
『1円でも安い食材で、高級店以上の味を!』
 そう言って冬の荒海に白く砕け散る波濤のような鬼気迫る勢いで拳を握り締めた彼女の心意気に感銘を受けて彼が協力を申し出た、 という経緯を知らない土岐は、食材代くらい気前よく出してやったらいいのに、と首を傾げるのだった。

(所帯じみてる……)

*  *  *  *  *

 【せいくらべ】
「── やっぱり小日向ちゃんはちっちゃいなぁ」
「蓬生さんはおっきいですね〜」
 背中合わせに立つ二人。 彼女の頭のてっぺんは、土岐の肩のラインとほぼ同じ位置にある。
「うらやましいなぁ」
「こないにおっきい小日向ちゃんは見とうないで」
「あ、そういえば、榊先輩も同じくらいの高さですよ」
 何気ない彼女の一言に、土岐の口元がヒクリと引きつった。 『竜虎相搏つ』的ライバル関係にある相手の名を出されては、黙っているわけにもいくまい。
 早い者勝ち、とばかりにくるりと身体の向きを変え、小さな身体を抱きしめ──
 ── ようとした時には、既に彼女は親友の腕の中。
「俺の目の前でいい度胸だな、蓬生」
「ええやん、抱きしめるくらい……千秋のいけず」
「フン」
 ギューギューと抱き締められながら、ジタバタあがいていた彼女がぴたりと動きを止めた。
 ぐいっと頭を上げて彼の顔を見上げると、
「この感じ……東金さんは律くんと同じくらいですね」
 ニコリと笑う彼女。
 ……この強烈な敗北感は何だろう?

(そりゃ過去に同じようなシチュエーションがあったんだろうよ(笑))

*  *  *  *  *

 【相談する】
「── 東金千秋か?」
 たまたま通りかかったところに自分の名前が聞こえて、思わず足を止めた。
「あの男は10月1日生まれだそうだ」
「そっかぁ……じゃあ、ここにいる間にお祝いはできないんだね……」
「まあ、あの男のことだ、その日が近づく頃には『パーティをするから神戸に来い』とでも誘ってくるだろう。 待っていればいいんじゃないのか?」
「そう、かな……そうだといいなぁ」
「ちなみに── 相方の土岐蓬生は8月21日が誕生日だ。 祝ってやらなくていいのか?」
「……何かした方がいいと思う?」
 歴然たる扱いの違いにニヤリとして、そっとその場を立ち去った。

(ガールズトークを盗み聞きしちゃいけません)

【プチあとがき】
 相変わらず東金さんが壊れてます。
 ごめんなさい。

【2010/04/25 up/2010/04/30 拍手お礼より移動】