■【パラレル劇場】死神と人間(おまけ:コタツ DE ミカン)
クリスマスイブの夜、かなでは『人間』として東金の前に現れた。
『住む世界』が同じになったのである。
最大の障害はなくなったが、人間の世界で暮らすとなれば他にもいろいろな問題がある。
その中でも最も大きい問題は、身寄りのない彼女が『どこに住むか』ということだった。
大きな自宅には使われていない部屋などいくらでもあるのだが、東金の一存で年頃の娘を住まわせるわけにもいかないのが現状。
近くにマンションでも借りてやるか──
そんな算段をするのも楽しいといえば楽しいのだけれど。
するとかなでは1通の封書──
『小日向』という人物から東金の父へ宛てられた手紙──
を取り出した。
東金は中の文面に目を通し、ニヤリと笑う。
小日向氏は東金の亡き祖父の古い友人で、現在海外で病気療養中であること。
最近息子夫婦が相次いで亡くなり、一人残された孫娘が不憫であるが療養中では世話ができない。
そこで昔の友情を頼り、孫娘・かなでを東金家でしばらく預かってほしい──
そんな内容が几帳面な文字で書き連ねてあった。
── なかなか粋なことをしてくれるじゃねえか。
あの黒ずくめの男のいかつい顔を思い出して、くっ、と喉の奥で笑う。
死人をダシに使うとは──
いや、もしかしたら本人(の魂)に承諾を得てのことかもしれない。
後は『しばらく預かる』間に自力でなんとかしろ、という意味か。
きっと大事な愛弟子を自分に託してくれたのだろう、と好意的に受け取っておいてやることにした。
そして東金は手紙を父に渡し、かなでは晴れて東金家に家族待遇で居候することが決まったのである。
* * * * *
「何か欲しいものを言ってみろ」
自室のソファで寄り添いながら寛いでいる時のこと、東金はかなでに尋ねた。
本当は衣類や雑貨も一緒に買いに行きたかったのだが、先を越されてしまったのだ──
母に。
息子ばかり3人を育てた母は実は一人くらい娘が欲しかったらしく、ひょんなことから預かることになったかなでが可愛くて仕方がないらしい。
パーティの翌日にはかなでを連れ出し、帰った時には両手に大荷物。
さらに後から届いた荷物でかなでに宛がわれた部屋のクロゼットはあっという間にいっぱいになり、部屋じゅうが可愛らしく飾られてしまっていた。
それに、かなでへの初めての贈り物になるはずだったあのボレロすら、結局贈り損ねたことを内心根に持っているのかもしれない。
とにかく彼女に何か渡してやりたかったのである。
唇に人差し指を当て、うーん、と考え込んでいたかなでがぱっと顔を輝かせた。
「あ、あのっ、『こたつ』が欲しいです!」
「こたつ……?」
そういえば東金家にはこたつというものはない。
和室がないわけではないが、基本的に欧米風の生活様式なのである。
「こたつ、か……いいな。
明日、買いに行くか」
「はいっ!」
* * * * *
そして翌日。
家具屋にてこたつ一式を購入した後、少し街を歩いてみることにした。
要するに『デート』というわけだ。
家に戻る頃にはこたつも届いているだろう。
かなでにとって人間界のものはどれもまだ目新しくて、何を見ても楽しいらしい。
そんな彼女の様子を眺める東金もまた楽しくて仕方がなかった。
かなでのリクエストで向かったデパートの食料品売り場──
いわゆるデパ地下を歩いていた時のこと。
あ、と声を上げて彼女が駆け寄ったのは芳しい香り漂う果物のコーナーだった。
「これ買ってきますね」
「ちょっと待て。
どうすればいいのか解かってるのか?」
オレンジ色の塊を大事そうに抱えてレジの方へ向かおうとしたかなでを呼び止める。
ポケットから財布を取り出そうとすると、大丈夫です、と彼女は笑った。
「『あっち』にもお店とかあって、『こっち』とそんなに変わらない生活してましたから。
それにこの間お母様にお財布を買ってもらいましたし、お小遣いまでいただいてしまって……だから大丈夫です」
そう言って、たすき掛けにした可愛いバッグをぽんぽん、と叩いてみせる。
── ちっ、また先を越されたか。
彼女を一人占めしていたいのに、簡単にそうはさせてくれない母へのライバル心が東金の胸の内で紅蓮の炎のように燃え上がる。
そしてレジから戻ってきたかなでの手からずっしりと重い袋を取り上げると代わりに自分の手を差し出し、乗せられた細い手をしっかりと握り締めて家路に就いたのだった。
* * * * *
家に帰ると、かなでの部屋には既にこたつがセッティングされていた。
彼女が選んだオレンジ色のこたつ布団はいかにも暖かそうだ。
スイッチを入れ、中が温まる間に自分の部屋に戻って上着を片付けて。
再び彼女の部屋を訪れると、
「さあどうぞ♪」
こたつがよほど嬉しいのか、これ以上ないほどにこやかな彼女に勧められ、腰を下ろして布団の中に足を突っ込む。
……確かに暖かい。
部屋の暖房はちゃんと効いているが、これはこれでクセになる暖かさだ。
かなではデパートの袋をこたつの上にどん、と置くと、東金の斜向かいに腰を落ち着けた。
それからがさごそと袋から取り出したのはふっくらとして艶やかなミカン。
彼女がヘタの近くに親指を差し込むと、たちまち柑橘の爽やかな香りが部屋中に広がった。
皮を剥き、一房取って丁寧に繊維を取り除き、
「はい、あーん♪」
摘まんだ房を差し出すかなで。
── これはどう考えても、食べろ、ということだ。
食べさせてくれると言うならありがたく頂いておくのもやぶさかではないが──
考えているうち、かなでが不安そうな顔になった。
「あ、あの……やっぱり何か間違ってますか?」
「何がだ?」
「いえ……こたつでミカンを食べるのは『冬の風物詩』だって聞いたんですけど……」
── なるほど。
そういえばこたつの上にミカンの入った籠が乗っているイラストなんかを目にすることがある。
人間界の生活をそう習ったのだろう──
一応訊いておくことにしようか。
「それを誰から聞いたんだ?」
「えと……先生、ですけど」
東金は思わず吹き出した。
あのいかつい顔で『人間というものは、冬にはこたつに入ってミカンを食べるものなのだ』などと真面目腐って彼女に教えたのだろうかと考えれば笑いが止まらない。
更にあの顔で『あーん♪』まで教えたのだとしたら、もう少しまともなことを教えろと死神世界の教育者たちに問題提起すべきだろう。
可笑しすぎて知らず溜息が漏れた。
それから東金はおもむろにこたつから出て立ち上がる。
「あ、あの、ごめんなさいっ……その……うぅ、どうしよう……」
間違ったことをして怒らせてしまったと思ったのだろう。
かなでは泣きそうな顔で俯いた。
「── いや、ある意味大正解だぜ」
「え……?」
かなでが顔を上げるよりも早く東金は彼女の真後ろにしゃがみ込む。
そのまま彼女の背中に抱きつくようにしてこたつの中に足を突っ込んだ。
「えっ……えっ !?」
「食べさせてくれるんなら、近い方がいいだろう?」
慌てるかなでの耳元で囁いて、肩にぽてりと顎を乗せ。
「あ…………はい」
耳まで真っ赤に染まったかなでが小さな声で答えて頷いて、おずおずとミカンを差し出してくる。
こたつの暖かさもクセになると思ったが、こうして彼女の身体を抱きしめて暖を取るのはもっとクセになりそうだ。
出されたミカンにパクリと食らいついて。
歯を立てると、口の中に甘酸っぱい果汁が広がった。
こうしてかなでの部屋にこたつが出してある間、切らすことなくミカンが常備されることになったという。
〜おしまい〜
【プチあとがき】
「コタツ DE ミカン」シリーズでその後の二人を書いてみました。
EXで東金母の描写をもう少しきちんと書いておくんだったよ(汗)
……続編めいたものは書かないつもりだったんだけど、思いついたので。
【2010/12/27 up/2011/01/13 拍手お礼より移動】