■【パラレル劇場】死神と人間(EX:クリスマスの夜に)
12月24日、クリスマスイブ──
東金家では毎年盛大なクリスマスパーティが催される。
十分な広さのある自宅エントランスは立派なパーティ会場に早変わりしていた。
運び込まれた大きなもみの木には色とりどりの飾り付けが施され、花が飾られたテーブルにはグラスや皿が今や遅しと出番を待っている。
キッチンでは今日のために呼ばれた一流レストランのシェフたちが腕によりをかけた料理を作っている真っ最中だ。
もう少しすれば招待客たちで会場は埋め尽くされることだろう。
毎年の楽しい行事のはずなのに、今年に限って東金家の者たちはどこか浮かない顔をしていた。
少し前から引きこもりがちになった末息子。
それでも楽しげに眼を輝かせていたはずなのに、ある日を境にすっかり塞ぎ込んでしまったのだ。
元から内向的だったならまだいいのだが、活発で自信家であり行動的な彼の変化は心配でたまらなかった。
東金とは幼稚園の頃からの付き合いで、クリスマスパーティにも毎年招待されている土岐は、彼の母親からこっそり耳打ちされていた。
『少しくらい羽目を外してもいいから、千秋を元気づけてやってほしい』と。
言われずともそのつもりだった。
最近の東金はとにかく『虚ろ』だったから。
何があったのかは知らないし、無理に聞き出すつもりも毛頭ないが、気晴らしにはとことん付き合ってやろう、と心に決めていた。
パーティが始まるとすぐに姿を消した東金。
彼を追って土岐は自室へ向かった。
ノックの返事も待たずに扉を開けると、東金はスーツの上着を脱ぎ捨てソファに深く身体を沈めてぼんやりしていた。
「── なあ千秋、これからパーっと街に繰り出さへん?
ドライブでもええよ」
「……気が乗らねえな」
「そう言わんと付き合おうてや。
ほな車回してくるから、はよ降りてきてや」
否を言わさず土岐は部屋を出た。
緩やかな螺旋階段を下りてパーティ会場を突っ切った。
途中東金の母の心配そうな視線にぶつかり、安心させるように微笑みを浮かべながら小さくうなずいて。
玄関扉から一歩外に出ると真冬の夜の空気が肌を刺した。
呼吸がたちまちほわほわと白く濁る。
身体があまり強いほうではない土岐にとって、夏の暑さも厳しいが、冬の寒さもまた辛いものだった。
げんなりしながら吐いた溜息の向こうに人影が見えてドキリとした。
まさかこんな寒い中に誰かいるとは思ってもいなかったからだ。
「……あれ?
可愛らしいサンタさんやな」
くるりと振り返ったのは本当に可愛らしい顔立ちの少女だった。
ミニドレスにボレロを合わせた格好がよく似合っている。
招待客の一人だろう。
アルコールを飲める年齢ではなさそうだから、パーティの熱気に当てられて外の冷たい空気を求めて出てきていたというところか。
「あ、あのっ……」
「ここは寒いやろ、中に入りぃ?」
室内に入れてやろうと土岐が少女に手を伸べたちょうどその時、玄関の扉が重々しくがちゃりと開いた。
* * * * *
あの日から空っぽになってしまった東金の心は、今朝になって絶望的な虚無になってしまっていた。
なかなか訪れてくれない眠りを明け方になってようやく僅かに貪って、目覚めた時には彼女との繋がりが完全に消えていた。
唯一残ったあのマスコット──
寝る前にそっと仕舞った机の引き出しの中にも、他のどこを探しても見つからなかったのだ。
彼女は罰を受けてしまった──
訳もなくそう理解して、あまりの絶望に涙すら出なかった。
ソファにぐったりと身を預けていた東金は、のそのそと上着を手繰り寄せ、ゆっくりとした動作でだるそうに袖に腕を通した。
出かける気はさらさらないが、車を取りに行った親友にはその旨伝えてきっぱり断らねば。
自室を出て、大勢の招待客がクリスマスの夜を楽しんでいるパーティ会場を通り抜ける。
声をかけられたような気もするが、立ち止まることはしなかった。
どれもただの『器』だ。
誰も彼も──
そして自分も。
玄関の扉を押し開けると、そこにまだ親友の後ろ姿があった。
ポーチに車を乗り付けていてもおかしくない時間は経っているはずなのに。
「── ああ、来た来た。
ほな行こか」
「……気が乗らねえと言っただろう」
「ええやん、せっかく外に出てきたんやし。
高速飛ばしたらスカッとするで」
肩越しに振り返っていた土岐は、車の鍵につけたキーホルダーのリングを指でくるくる回しながら再びポーチの先に目をやった。
「ほれ、早う入らんと風邪ひいてまう。
寒うて真っ赤になった鼻はトナカイさんみたいやで?」
誰かいるのか?と疑問に思いながら暗がりに目を凝らす。
すっと土岐が移動したその先に見えた姿に東金は目を見開いた。
仄かにしか明かりの届いていないポーチの先にちんまりと佇む少女の姿。
裾と袖にファーのついた淡いピンク色のボレロはいつか雑誌で見たものと酷似していて。
膝より随分上のスカート丈のドレス、足元はニーハイソックスにロングブーツ──
色は真紅の薔薇のような赤。
まったく同じデザインの黒い姿ならよく知っている。
「………かなで」
「あ、あのっ、この間はお礼も言わずに帰ってしまってごめんなさいっ!」
少女ががばっと頭を下げた。
── 間違いなく、目の前にいるのはかなでだ。
罰を受け消滅したはずの彼女がなぜここにいる?
混乱した頭は完全に停止して、駆け寄って抱き締めることすら思い浮かばなかった。
金縛りにあったようにただ立ち尽くす。
「どうして……」
「……命令を受けてここに来ました」
「命令……?」
まさかやっぱり魂を刈りに来た、とでも言うのだろうか。
それで彼女の罪が帳消しになるというのなら一向に構わない。
ぜひともそうしてくれ。
いくらでも首を差し出してやる──
「── 『勝手な行動を取った責任として、この『器』を用い、期限の伸びた『器』の監視を命ず』」
「……器を用いて、器の監視……?」
かなでがくしゃりと顔を歪め、泣き笑いの表情になった。
それは涙を隠すために必死に笑顔を作ろうとしてるのではなく、涙が出るほど嬉しいという顔だ。
「あなたと……『同じ』になりました」
再び彼女が顔を歪める。
本格的に泣き出すのかと思ったら、次の瞬間──
「……くしゅんっ!」
可愛らしいくしゃみをひとつ、すんと鼻を啜り上げた。
何を躊躇う必要があるだろう。
東金は駆け出して、ほとんど体当たりするようにしてかなでの華奢な身体を抱き締めた。
触れ合った部分が徐々にじんわりと温もりを帯びていく。
空っぽだった心がどんどん満たされていった。
「……ははっ、お前はサンタか」
「あの……さっきも言われたんですけど、『サンタ』って……?」
「クリスマスの夜にプレゼントを配達して回る、赤い服を着たじいさんのことだ」
「……じいさんって」
『サンタ』は知らなくても『じいさん』は解ったのだろう。
かなでは、むぅ、と唇を尖らせた。
その唇を軽く啄ばんで、東金はニヤリと笑う。
「いや、お前はプレゼントの方だな。
おっかない顔の黒い服のサンタからの、な」
「ふふっ、そんなこと言ったら先生に怒られちゃいますよ?」
「勝手に怒ってればいいさ」
「もう……でも先生がいろいろ手を尽くしてくれたんです。
本当は消滅させられるところを、追放だけで済ませてもらえることになりました」
「それは……まあ一応、感謝しておくか」
「この服も先生が用意してくれたんです。
どんなのがいいかって聞かれたから、思い切ってお願いしちゃいました」
「俺が用意したものじゃないってのが気に食わねえが」
「そんなこと言われても……着てみたかったから」
「わかってるさ。
よく似合うぜ」
「ふふっ、ありがとうございます」
抱き合ったまま顔を寄せ、囁き合うふたり。
まるで呼吸をするかのように、会話の合間にキスを交わす。
そして──
* * * * *
「── お取り込み中悪いんやけど」
その場を立ち去りそびれてしまった土岐は目の前で繰り広げられた光景に途方に暮れながら口を開いた。
「なんだ蓬生、いたのか」
「いたのか、やないやろ。
あんたら人前でちゅっちゅちゅっちゅ……恥ずかしないん?」
「何を恥ずかしがる必要がある?」
そう言って東金は少女が酸欠になりそうなほどの深いキスをする。
明らかに見せつけるための行動だ。
本当にくらりとしてしまったのか、彼女は上気した顔をぽてんと東金の胸に埋めた。
「はぁ……もうええわ。
ドライブ、その子も連れていくん?」
「悪いがそれどころじゃねえ」
言うや否や、東金は少女の身体を抱え上げた。
急に足元を掬い上げられて、彼女はきゃっと小さな悲鳴を上げて東金の首にしがみつく。
「蓬生、ドアを開けろ」
「……はいはい」
扉を開くと、パーティの賑わいが押し寄せてきた。
だが、東金が一歩会場に足を踏み入れた途端、その場は水を打ったようにしんと静まり返る。
ついさっき生気のない顔で通り抜けて行った彼が、いかにも嬉しそうに顔を輝かせ可愛らしい少女を抱えて戻ってきたのだから当然のことだろう。
東金は招待客の間を悠然と通り抜け、少女を抱えたまま階段を上がって自室へと姿を消した。
『どういうこと !?』──
彼の母のそんな視線に返す答えを持たない土岐は首を横に振ることしかできない。
── まあとにかく、千秋が元気になったみたいでよかったわ。
はふぅ、と大きな溜息が漏れた。
明日になったらあの少女は誰なのか追及してやろう、と計画を立てながら、土岐は一人寂しくパーティを楽もうと皿を手に料理の並ぶテーブルへと向かうことにした。
〜おしまい〜
【プチあとがき】
この後別の意味で引きこもりになる東金さん(をい)
東金家は大騒ぎだろうなー(笑)
いやまあこれまでのシリアスが台無しな気がしないでもありませんが(汗)
やっぱりハッピーエンドじゃなくっちゃね。
今回もれっつ脳内補完!
蓬生さんで締めるのもワンパターンだなー。
ともあれこれにて終了でございます。
絶対24日までにはUPせねば、と自分にリミットを課しておりましたが、
なんとか間に合った……。
ここまでお付き合いありがとうございました。
パラレルは好き嫌いがおありでしょうが、少しでもお楽しみいただけたら幸いです。
素敵なクリスマスをお過ごしくださいませ〜♪
【2010/12/24 up】