■しぃずんず・ぷち♪【9.はじめての?】
※某CMネタ。大人の事情で伏せ字あり
キッチンからコトコトと鍋の奏でる楽しげな音。
野菜が煮える甘い香りが部屋中に充満して、まだ夕飯の時間にはずいぶん早いけれど食欲が刺激されて腹の虫がくぅと切なく鳴き声を上げた。
大学で借りてきた音楽関連の書籍を読んでいた東金は、不意に途切れた集中力を繋ぎ止めようと顔を上げる。
視線は対面キッチンの向こうで忙しく夕食の支度を進めるかなでへと自然に向けられた。
今日のメニューはシチューらしい。
彼女が鍋の蓋を開けると、昔絵本で見た魔法のランプの如く湯気がぶわっと立ち昇り、一瞬彼女の姿が見えなくなった。
「ふんふんふ〜ん♪」
湯気の向こうから鼻歌が聞こえ、おたまで鍋の中身を掻き回す彼女が次第にリズムを取るように首を左右に振り始めた。
「は○めてーのーチュウ〜、き○とちゅう〜、あいうぃるぎーびゅおーまいらーぶ♪」
どこかで聞いたことのあるフレーズを口ずさんでいる。
どうやらその部分しか歌詞を知らないらしく、残りはハミング。
そしてまた出現した同じフレーズを楽しそうに歌っていた。
そういえば、彼女の歌、というのは初めて耳にしたような気がする。
いつもの愛らしい声、彼女らしい素直な歌い方、何より歌っている本人が楽しそうで。
その光景は胸を鷲掴みにされるほどに可愛らしい。
要するに、きゅん、としたわけである。
緩んだ口元を引き締めようともせず、東金は本を置いて立ち上がってそっとかなでの背後へ回り込む。
「── かなで」
「は── んっ !?」
伸ばした手で振り返りざまの彼女の後頭部をがっちり固定して、はい、と返事をしようと開きかけた彼女の唇をキスで塞いだ。
しばしの後。
唇を離してやると、真っ赤になった彼女がぱちぱちと目を瞬いて、
「な、な、な、なんでっ !?」
なんで脈略もなくキスしたのか、と言いたいのだろう。
東金はニヤリと口の端を上げ、
「キスしてほしいならそう言えよ。
ああ、したい時にはいつでもお前からしてくれていいんだぜ?」
「え……えっ !?」
「ま、もう『初めての』じゃねえがな」
そう言って、再び顔を近づけると、
「じゃ、じゃあ、何度目なんでしょうっ」
「は?」
気を逸らそうとしているのか、苦し紛れの質問に東金は宙に視線を彷徨わせながらしばし考えて、ふ、と笑みを浮かべた。
「そんな無駄なことは気にするな。
今まで何度キスしたかなんて覚えてもねえし、これから数えきれないくらいキスするんだからな」
さっき可愛らしく歌を口ずさんでいた唇に、確実に『はじめてのチュウ』ではないキスをした。
〜おしまい〜
【プチあとがき】
某アルコール飲料のCMより。
あの曲は何度聞いてもきゅんとするのはあたしだけでしょうか?
なんか可愛いんだよなー。
『私の愛、全部あなたにあげる』なんてかなでちゃんに言われたら、
東金さんは確実にノックアウト(笑)
【2010/09/20 up/2010/09/24 拍手お礼より移動】