■しぃずんず・ぷち♪【7.疑惑】 東金

※SEASONS III.Spring 最終セレクション準備期間中

 夕食の後、束の間のまったりした時間がやってくる。
 コンクール参加者となってから、当然の如く練習量を増やしたかなで。
 第3セレクションまでは放課後みっちり東金に練習を見てもらい、夕食の後は防音の整った彼の部屋で寮の門限ギリギリまで練習して帰っていたのだが、 最終セレクションを控えた今は『本番までおあずけ』宣言をしたため秘密練習中。 食後の練習も寮に帰ってからやっている。 そんな訳で当然ながら彼女の『カレシと過ごす時間』は激減した。 だから食事の後の数十分は貴重な時間なのである。
 食器を片付け終えたかなでは、東金が音楽誌をめくりながら寛いでいるソファへと向かう。
「終わりました〜」
「ああ、サンキュ」
 かなでは彼の隣に腰を下ろそうとして、ふと足元に目が止まった。 しゃがみ込んで、それを摘まみ上げる。 ゆうらりと身体を起こし、彼に背を向けた。
「……ここに、女の人……来ました?」
 暗い影を纏ったような声でかなでが呟く。
 彼女の手元、まるで穢れたもののように親指と人差し指で嫌々摘まんでいるのは、赤い髪ゴム。 結び目に少し細めの長い髪が絡みついていた。
「── ああ、来たぜ」
「え……」
 悪びれた様子もない返事。 思わずかなでは身体を強張らせた。
「お前、女だろ?」
「っ……」
 勝ち誇ったような口調で言う東金は、くつくつと喉の奥で笑っている。 かなでは振り返ることができないまま、悔しさに唇を噛んだ。
「……私じゃない女の人、来ましたよね……?」
「はぁ?」
「もしかして冴香さんみたいな『ボンッキュッボンッ』な美人さんですか?」
「冴香?  ……ああ、九州の女帝か。 なんでそんなもんがうちに来るんだよ」
 くるんと振り返ったかなでは、髪ゴムを持った手を東金の顔に向けて突き出す。 彼女の目に零れそうなほど涙が溜まっているのを見て、東金がギョッとしたように目を見開いた。
「じゃあ誰が来たんですか!  私、こういうの使いません!  最終セレまで『おあずけ』にした腹いせですかっ!  それともコンクールが終わるまで『おあずけ』にした当てつけですかっ!」
 一気に吐き出して、かなではぜーはーと肩で荒い息をつく。
「お前、何を馬鹿なこと──」
「もうっ、帰りますっ!」
 伸ばされた東金の手を振り払うようにぐりんと踵を返したかなでは、部屋の隅に置いてあったカバンとヴァイオリンケースを掴んで玄関へと走った。
「おいっ、ちょっと待てっ!」
 すかさず追った東金は、玄関で靴を履きかけていたかなでを背中から捕まえた。
「もぉっ!  離してくださいっ!」
「馬鹿、早合点するな。 俺がお前以外の女をここに連れ込む訳がねえだろ」
「でもっ」
 じたばたと逃げ出そうとする彼女の身体をぎりぎりと腕で締めつけつつ、東金は深い溜息を吐いた。
「よく考えてみろ……そういうのを使いそうな奴が、近くにいるだろ。 その色は眼鏡とコーディネート、だそうだ」
 疲れたように吐き出すと、かなでのじたばたがピタリと止まった。
「あ……もしかして、蓬生さん……?」
「他に誰がいるっていうんだ?  あいつ、お前が来ない日の夕飯時になるとふらっと現れやがる」
「じゃ、じゃあ……ご飯食べに……?」
「そういうことだ」
「うぅ……ごめんなさい……」
 その時、俯いたかなでの視界がぐらりと揺れた。
「ひゃあっ !?」
 東金が彼女の身体を抱え上げたのである。 浮いた足から突っかけていた靴を蹴り飛ばし、そのまま部屋の中へと戻っていく。
 かなでの足が地に着いたのはソファの前。 手からカバンとケースがもぎ取られ、先にソファに腰を下ろした東金に手を引っ張られて彼の胸に倒れ込んだ。
「あっ、え、えと……」
 顎をくいっと持ち上げられると、彼の悪戯っぽい光を湛えた視線にぶつかった。
「あらぬ疑いで俺を散々愚弄してくれた慰謝料をいただくとするか」
「えっ !?」
 ニヤリ、と笑った顔が近付いてきたかと思ったら──
 かなでは気が遠くなるような深く激しいキスに翻弄されながら、先にちゃんと確認すればよかったと後悔したのだった。

〜おしまい〜

【プチあとがき】
 少し前、ついったで呟いた妄想をアレンジしてみました。
 いや、さすがにあのまんまじゃマズイだろ、ということで。
 かなでさんの叫びの中の2つの『おあずけ』には、それぞれ別の意味があります。
 読み取ってニヤニヤしてください(笑)

【2010/09/07 up/2010/09/14 拍手お礼より移動】