■しぃずんず・ぷち♪【5.春への準備(2)】 東金

※SEASONS II.Winter(8)後

 4月に入ったある日、一人の少女が家電量販店を訪れていた。 前日愛用のドライヤーが壊れてしまったため、新しいものを購入しようと思ったのである。
「── あ、こういうのもいいなぁ♪」
 生活家電のフロアを歩いていると、どこからか楽しげな声が聞こえてきた。 聞き覚えのある声のような気がして、ぐるりと周囲を見回してみる。
「冷蔵庫って白のイメージが強いけど、黒っていうのもカッコイイですよね」
 ぱたんと冷蔵庫の扉を締め、隣に立つ長身の男性を見上げてそう言ったのは、つい先日までクラスメイトだった小日向かなで。 夏休み直前に転校してきていきなりコンクール出場メンバーに選ばれ、順調に予選を勝ち抜いて見事星奏オケ部に優勝トロフィーをもたらした可愛らしい彼女は、今や学院で知らぬ者のいない有名人である。
 そして傍らの男性は「神戸から来た王子様」こと東金千秋。 整ったルックスとコンクールソロ部門優勝のヴァイオリンの腕を持ち合わせ、横浜の若い女性の心を鷲掴みにした超有名人だった。
 二人並んでいるところは、まさしくお似合いの美男美女カップルである。
 それぞれに作られていたファンクラブはいつしか統一され、二人の遠距離恋愛を応援する会になったらしいが、少し前に自然消滅したらしい。 他人の恋愛を応援するという不毛な活動をすることが虚しくなったのが原因だと思われる。
 彼らを眺めていた少女── 谷 奈央は、ほぅ、と羨望のこもった溜息を吐いた。
 かなでは鼻につくようなカレシ自慢をするような子ではないが、東金千秋が進路を星奏に決めたことはちらりと耳にしていた。 きっと合格が決まり、新生活の準備をしているのだろう。
「── それはそうと」
 かなでが人差し指を顎に当て、こくんと首を傾げてみせた。
「千秋さんって自炊できませんよね?」
「……その通りだが、そう決めつけられるとムカつくのはなんでだろうな」
「自分でそう言ったんじゃないですかー」
 腕を組み、ジト目で見下ろす東金に、かなでは拗ねたように唇を尖らせてきっちり反撃する。 噂では『東金千秋は超オレ様だ』と聞いていたが、意外にも彼女も負けてはいないらしい。
「……外食ばかりも身体に悪いから……週末にいろいろ作って冷凍しておいたほうがいいですね。 レンジで温めて食べられるように」
「週末しか来ないつもりか?」
「3年になると忙しくなるみたいですから。 あ、それからちゃんと自分でご飯炊いてくださいね」
「俺ができると思ってるのか?」
「お米といでセットしたらスイッチ入れるだけですから、サルでもできますよぉ」
「サ、サルだと !?」
「それと使った食器もこまめに洗わなきゃ駄目ですよ?  あっ、そうだ、洗うといえば洗濯物も。 溜め込んじゃうと大変なことになっちゃいますからね」
 どんどん表情が険しくなっていった東金が、かなでの華奢な肩をがしっと両手で掴んだ。
「かなで、寮を出ろ。 一刻も早くうちに引っ越して来い」
「えー?」
 東金の切実な訴えを、かなでは見事に一蹴した。 にっこりと極上の笑みを浮かべて、
「1年間は頑張って一人暮らしを満喫してください。 人生経験だと思って。 ね?」
 ガクリと項垂れた東金の様子が余程可笑しかったのか、かなではくすくすと楽しそうに笑って、彼の腕に抱きつくようにして引っ張った。
「さ、次は電子レンジ見に行きますよ♪」

 ── Winner・小日向!
 奈央は思わずぷぷっと吹き出して、しっかり主導権を握っているらしい友人と気の毒にもすでに尻に敷かれてしまったらしい友人の彼氏をこっそりと見送った。
「── でも、『1年間』ってことは……1年後には一緒に暮らすってこと、だよね…?」
 他人事ながらどうにも気恥ずかしくなって、熱くなった頬を押さえてドライヤー売り場へそそくさと移動した。

*  *  *  *  *

 春休み最終日、奈央は親友の村上夏希を誘って春物バーゲンへと出かけた。
 なかなかの掘り出し物を入手してご機嫌な彼女たちは、昼食を済ませた後、雑貨屋へ行ってみることになった。
「── ねえ、あれ、小日向さんじゃない?」
「えっ?  あっ、ほんとだ!」
 つい先日、見た目に反して『かかあ天下』なことが判明したカップル── かなでと東金── は、今日はここで買い物らしい。 東金が手にしている小さめの店内カゴの中には色違いのランチョンマットらしきものと、同じマグカップが2つ入っているのが見える。
 ランチを食べている時に先日の目撃談が話題の中心になっていた二人は、興味深く二人の動向を観察した。
「── わぁ、パジャマまであるんだ…… こういうの、千秋さんに似合いそう……」
 かなでが手に取ったのは、まだ今の季節には少し早い夏物の涼しげなパジャマ。
「じゃあ、お前はこっちだな」
 そう言って東金が手にしたのは、かなでが持っているものの色違いの婦人物。
「あ、おそろい……?」
 ぽっと頬を染めるかなでは同性である二人から見ても可愛すぎる。 一緒にいる東金からすれば、恋人フィルターによって更に数倍可愛らしく見えていることだろう。
「……千秋さんって、『おそろい』とか好きじゃないと思ってました」
「好き嫌い以前に気にしないのは確かだな。 そもそもパジャマなんてものは」
 にやりと口の端を上げた東金はかなでの顔を覗き込み、
「どうせすぐに脱がせ──」
 かぽっ、と奇妙な音がした。
 これ以上ないほど顔を赤くしたかなでが、普段ぽやんとしている彼女からは想像もできない素早さで東金の口を手で塞いだのだ。
 ……少々間に合わなかったような気がしないでもないけれど。
「こっ、こんなに人がたくさんいる場所で変なこと言わないでくださいっ!」
「── 純然たる事実だろうが」
 口元から彼女の手を剥がした東金がくつくつと楽しげ笑っている。
「ほら、次は何を買うんだ?」
 東金は彼女の手から取り上げたパジャマと自分が持っていたものとを無造作にカゴに突っ込み、耳まで赤くなったかなでにぽかぽかと背中を叩かれながら悠然と店の奥へ歩いていった。

「── なんだか聞いた話とずいぶん違う気がするんだけど……」
「もう私、あの二人のことがわかんなくなっちゃったよ……」
 かなでに負けないくらい顔を赤く染めた二人は、逃げるように雑貨屋を後にするのだった。

〜おしまい〜

【プチあとがき】
 掌編第2弾。
 相変わらずの捏造に加えて、相変わらず脳ミソ煮えてます(笑)
 まあいいよね。うん。
 奈央ちゃんは前作の谷くんの妹ということなので、いつか使いたいキャラです。

【2010/08/22 up/2010/08/25 拍手お礼より移動】