■しぃずんず・ぷち♪【2.女子高生は見た】 東金

※SEASONS I.Autumn(8)中のひとこま


 ある土曜日。
 田舎町の中でも一番活気のある通りを塾帰りの二人の女子高生が歩いていた。
「あー、お腹空いた〜」
「私もー!  ……あー、でも帰ったら晩ご飯だしなー」
「じゃあアイスとかは?」
「いいね!  脳が糖分欲しがってるし〜!」
 すぐそこに看板が見えているアイスクリームショップに寄ることに決めた二人は、何の気なしに道を挟んだ向こう側の歩道へと目をやり、思わず足を止めた。
「── あれって、もしかしてかなでじゃない?」
「あ、ほんとだ。 帰ってたんだ」
 頭の上で大きく手を振りながら『お〜い! かなでー!』と叫ぼうと大きく開けた口を、もう一人の手がすかさずガバッと塞ぐ。
「ちょっ、な、何すんのよっ!」
「ダメだって!  隣見て、隣!」
「うわっ……なにあの超イケメン!」
 何やら楽しそうに話をしながら、かなでと連れの男はこちらに向かって歩いてくる。 間を行き交う車のせいで、向こうの二人はこちらの存在には全く気づいていないらしかった。
 と、二人が通りかかったおもちゃ屋の前で足を止めた。 店先に置かれたワゴンに山積みにされたセール品のぬいぐるみを手に取っている。 かなでの顔はよく見えるのだが、男の方は完全に後ろ姿しか見えなくなってしまった。 彼らはぬいぐるみを物色しながら『これ可愛い』『こっちもいいな』とか言っているのだろうか。
 男が淡いピンク色のぬいぐるみを掴んで、かなでの鼻先に突き付けた。
「あれ……ウサギ、だね」
「うん……『お前に似てる』とか言ってんのかねぇ?」
 同性から見ても何とも可愛らしい笑みを浮かべたかなでが負けじとワゴンの中をごそごそと漁り、緑色の物体を取り上げ男の顔に並べて見せる。
「今度は……恐竜?」
「あれって確か、口から火を吹いてたよね…?」
「そうそう。 で、目が結構凶悪そうなの」
 男が持っていたピンクのウサギをぬいぐるみの山に戻し、その手をかなでに伸ばした。 むにっと頬をつまみ上げたところを見ると、その恐竜はやはり彼のお気に召さなかったらしい。
 むぅ、と不機嫌そうな顔をするかなでの頬から手を離し、詫びるように指先でその頬を撫でた男が再びワゴンの中を漁る。 そしてあろうことか男は取り上げたぬいぐるみをいきなりぼふっと彼女の顔に押し付けたのである。
「「…………」」
 観察中の二人が言葉を失うのも無理はない。 彼が押し付けているぬいぐるみは、果たして何をモチーフにしているのか全くわからない、ひたすらぽやんとした表情をした癒し系のぬいぐるみだった。
 顔からぬいぐるみを引き剥がしたかなでの『ひっどーい!』という抗議の声と、あはは、と楽しそうに笑う男の声が聞こえてくる。
 二人はぬいぐるみと戯れるのに飽きたのか、手に持っていたものをワゴンに返し、再び歩き始めた。
 その時、男の手が器用にかなでの腰に回された。
 傍目にもわかるほど急激に顔を真っ赤に染めたかなでの足がぴたりと止まる。
 追い打ちをかけるように、男は彼女の耳元に屈み込み、何かを囁いた。
「── そ、そんなの知りませんっ!」
「おい、かなで、待てって」
 ぷりぷりと怒りを顕わにしたかなでと、特に焦った様子もなく彼女を追いかけていく男が観察者たちの目の前を通り過ぎていく。
 早足で追いついた男が、大きく振られていた彼女の手をひょいとすくい上げ、そのまま指を絡めてきゅっと握り締めた。
 はっとした表情で男を見上げるかなで。 その顔がへらりと溶けそうな笑みの形になった瞬間、一部始終を見ていた二人の脳裏に『バカップル』という言葉が浮かんでいた。
 そして──
「「── 如月くん、かわいそ〜」」
 顔を見合わせた彼女たちの口から漏れた言葉は、それは見事にハモっていた。

*  *  *  *  *

「── へぶしっ!」
 大きなくしゃみをした如月響也がずずっと鼻をすする。
「……風邪か?」
 寮の食堂の同じテーブルで夕食中だった兄が箸を止めて心配そうな顔で呟くように訊いてきた。
「んな訳あるか。 急に鼻がムズッとしただけだっつーの」
 体調管理が、などとお小言をもらうのは嫌だとばかりに響也は吐き捨てる。
「── どこかで噂されているのかもしれないぞ?」
「はぁ?」
 不意にかけられた声の方向を、響也はジロリと睨みつける。 愛用のカメラを構えたニアがチェシャ猫のような笑みを浮かべて見下ろしていた。
「……それこそありえねーだろ」
 かなでへの想いは周囲にダダ漏れだったにも関わらず当の本人には全く気づいてもらえず、転校を決意した彼女に付き合って横浜まで行ったというのに結局報われることのなかった彼を、 かつてのクラスメイトが憐れんでいたことなど、彼本人が知るはずもなかった。

〜おしまい〜

【プチあとがき】
 『いつでもどこでもバカップル』と『不憫な幼なじみ』編。
 拍手コメントに投下してもらったネタを使わせていただきました。
 ありがとうございました♪

【2010/08/02 up/2010/08/09 拍手お礼より移動】