■しぃずんず・ぷち♪【1.撃沈・その後】
秋と冬、二つの季節を行ったり来たりしつつも確実に冬の気配を感じるある日曜日。
自宅に持ち帰った書類に目を通していた冥加の耳に来客を告げるチャイムの音が鳴り響いた。
「── 兄様、天宮さんがお見えになりましたけど」
妹が招き入れた天宮が、人形のような笑みを浮かべて立っていた。
「やあ、冥加」
「……何の用だ?」
「君を誘いに来たんだ」
執務机に近づいてくる天宮は、見れば日曜だというのに制服を着込んでいる。
思わず眉を顰めたのを見て、彼は口元の笑みを僅かに深くした。
「星奏の文化祭だよ。
2日目の今日はオーケストラ部の演奏があるからね。
招待状と一緒に入っていたプログラムは見ていないのかい?」
天音学園の理事である冥加の元には、星奏学院の理事長から文化祭開催の案内が届いている。
だがそれとは別に、室内楽部員としての冥加には星奏オーケストラ部からの招待状が届いていた。
所属する部員のクラスの出し物であろう、数枚の食券と一緒に。
以前開いた合同コンサート以来、両校の小さな交流はまだ続いていたのである。
しかしながら少数精鋭エリート教育を売りにしている天音には外部の人間を招くような行事がないので、残念なことに星奏に招待状を出す機会がないのだが。
「………ふん、くだらん」
口元に嘲るような冷たい笑みを浮かべ、冥加は一筋垂れた前髪を無造作に掻き上げた。
「……冥加?」
「── 俺が次に小日向と相見えるのは国際コンクールのステージの上。
文化祭の演奏如き、聞いていられるか」
ふん、と鼻を鳴らして一蹴し、机に積まれた別のファイルを開いて書類をめくる。
「そう……神南のアンサンブルがゲストで来るらしいから、いろんな演奏を聞けて面白いと思うんだけどな」
次の書類をめくろうとした冥加の手がぴたりと止まる。
「なんだと……?」
「先月の神南の文化祭には、星奏のアンサンブルがゲスト出演したそうだよ。
そのお返しなんだろうね」
冥加の手が書類をめくり始めた。
だがその手は機械的に動いているだけで、印刷された文字は全く頭に入っていない。
「ああ、そういえば食券が何枚か入っていたでしょう?
そのうちの1枚は小日向さんのクラスなんだって」
「── っ !?」
「なんでも『お化け屋敷カフェ』とかで、彼女も浴衣でウェイトレスするらしいよ」
「ゆ……浴衣…?」
「夏に一度しか着られなかったから、また着られて喜んでるって」
書類から目を上げると、無駄に明るい笑顔の天宮の顔がそこにあった。
「── 行く気になった?」
「フン……行きたければ一人で行け。
だいたいそんなくだらん情報、どこから仕入れ──」
「七海だよ」
ふいと背けた視線が、被せられた天宮の言葉に釣られるように元の位置に戻った。
天宮はますます楽しそうに笑みを濃くする。
「七海……?」
「あれ、知らなかった?
七海は星奏のチェリストと幼なじみだから、彼に聞けば星奏の様子は大体わかるんだけど」
「── 天宮さん」
途切れた会話の隙間を縫って、声をかけて来たのは冥加の妹・枝織だった。
「兄様は行きたくないようですから、私を連れて行ってくださいませんか?」
「し、枝織っ !?」
枝織は冥加を無表情に一瞥し、天宮へは柔らかな笑顔を向ける。
「僕は構わないけど……」
苦笑を浮かべた天宮の、いいの?と言いたげな視線にぶつかった。
「…………フン、好きにしろ」
冥加は手元のファイルをパタンッと乱暴に閉じて、次のファイルを手に取った。
くすっと笑った枝織は、
「それでは行きましょうか、天宮さん。
強情な兄様はしっかりお留守番をお願いしますね」
そう言い放ち、天宮の背を押し玄関へ。
カタンと玄関ドアが閉まる音がして、急に室内が静まり返った。
「………………」
しばしの間、苦虫を噛み潰したような顔でファイルの表紙を睨み付けていた冥加は、おもむろに椅子から立ち上がる。
机の引き出しから招待状の封筒を取り出して、中の食券を妹に届けてやるだけだ、と理由を付けて、出掛ける支度を始めた。
〜おしまい〜
【プチあとがき】
また番外編かよ、みたいな(汗)
本編行き詰まり中なので、視点を変えてみようかと……
本編で書けなかったこと、書き忘れたこと(笑)を書けたらいいな、と。
【2010/07/10 up】