■かれかの☆いんたぁみっしょん【5:朝の風景】
※ファイナル2日前(?)
いつものように新聞を取って戻ってくるついでに台所をのぞいてみると、やっぱり彼女がいた。
「……今日も弁当を作ってるのか」
「えっ……あ、はい」
ばっと振り返った彼女がへらりと笑う。
シンクの前の彼女の背後に立ち、肩に手を置き乗り出して手元を覗き込んだ。
「今見ちゃうと、お昼の楽しみがなくなりますよ?」
くすくす笑う彼女の手の中では俵型のおにぎりが形作られている真っ最中。
横を見ると、弁当箱に詰められるのを待っているおかずの入った皿が並んでいた。
「構わん。
味は裏切らないんだろう?」
「だといいんですけど」
ふふっと笑っておにぎりに海苔を巻く。
乗り出した身体を戻すのに、彼女の頬に唇を掠めていくのも忘れない。
もう、と不満の声を上げる彼女の顔が一瞬にして真っ赤に染まった。
今のおにぎりが作るべき最後の1個だったのだろう、ザァッと必要以上に勢いよく流れる水道の水でごしごしと乱暴に手を洗っている。
きっと照れ隠しに違いない。
彼女は台所の中ほどを占領する配膳台に皿を移動させ、その手前に弁当箱を二つ並べた。
東金は彼女の邪魔にならないよう台を回り込み、近くにあった椅子──
以前彼が腹立ち紛れに蹴り飛ばしたもの──
を引き寄せ、腰を下ろしてバサリと新聞を広げた。
「あ、コーヒーありますけど、飲みますか?」
「ああ、もらおう」
彼女は寮生共用のコーヒーメーカーからカップに注ぎ、きちんとソーサーに乗せて東金の前に置いていく。
すっとシュガーポットとミルクのポーションが出されたが、彼は何も入れずにカップを口に運んだ。
普段紅茶ばかりの東金だが、そんな彼にも分かる。
出されたコーヒーは抽出されてから時間が経っているらしく少し煮詰まり風味も消えかけていて、あまり美味しいとは言えなかった。
もちろん文句など言わず飲むけれど。
「── なあ」
広げた新聞を少しずらし、弁当箱に手際良くおかずを詰めていく彼女の様子を眺めながら東金は口を開いた。
「はい?」
「無理に早起きして弁当作るより、もう少し寝ていようとか思わないのか?
昼ぐらい、いくらでも美味いもの食わせてやるぜ?」
「それは魅力的なお誘いですけど……
でも私、お料理するの好きだし、いい気分転換になるっていうか」
「そういうもんなのか?」
料理が気分転換なんて、東金には理解できない心境だった。
彼は家事というものは一切できない。
使用人が何人もいるという家庭環境から、家事をする必要も機会もなかったのだ。
当然ながら、学校で受ける家庭科の授業は拷問以外の何物でもないのである。
彼女はくすっと笑い、
「嫌なことがあったらみじん切りするんです。
ザクザク刻んでるうちにストレス解消できますよ。
それから魚の頭をスパッと切り落とせた時は、『はぁ〜すっきり』って感じかな」
断首された魚の断末魔の叫びが聞こえたような気がして、東金は思わず身を震わせた。
「お前……結構恐ろしい奴だったんだな」
「そうですか?」
詰め終わった弁当箱を袋に入れた彼女は、空になった皿を重ねてシンクへと移動させた。
「あ、飲み終わってたら、一緒に洗っちゃいますけど」
言われて、残っていたコーヒーを喉に流し込んだ。
ソーサーの上にカップを乗せると、彼女がすっと持ち去っていった。
カチャカチャと洗い物の音が響き始める。
「最近は『弁当男子』とかよく聞きますけど、東金さんはお料理しないんですか?」
「しない」
「ふーん……
あ、至誠館の火積くん、うちの寮に来る前は宿舎でお弁当作ってたそうですよ」
あの任侠男が料理?
見た目とまったくそぐわない意外な特技に驚きつつも、なんであいつと俺様が比較されねばならんのだ、と東金は軽くぷち切れた。
「どうして俺が料理をする必要がある?
お前ができるんだから、俺ができなくても何も問題はないだろうが」
ゴトンッ、と鈍い音。
シンクに取り落とした皿を拾い上げ、慌てた様子ですすいでいる彼女。
「え、えと……そうですね」
水道の水音にかき消されそうな彼女の声。
ちらりと見えた耳は真っ赤だった。
「── あ」
東金は自分の発した言葉の意味に気がついて、彼女の照れが伝染したかのように真っ赤に染め上げられた顔を慌てて新聞で覆い隠した。
* * * * *
「── いやぁ、見とるこっちが恥ずかしなってくるなぁ」
「……だったら見なければいいじゃありませんか」
「せやけど、神戸に戻ったら見れんのやで?
今見とかんで、いつ見るん?」
完全に二人の世界に入っている彼らは、2匹の出歯亀に一部始終を観察されていたとは思ってもいないに違いない。
〜おしまい〜
【プチあとがき】
気分は新婚さん♥
【2010/04/22 up/2010/04/29 拍手お礼より移動】