■教師と小動物の関係 金澤

※アニメ「secondo passo」後のお話です。

 日野香穂子は今日もヴァイオリンの練習をすべく、森の広場を目指していた。
 どことなく晴れやかな気持ちで弾けそうな気がする。
 うだうだと悩んでいたことがバカみたいに思えて。
 ヴァイオリンが好きだから。
 だから弾くのだ。心をこめて。
 もちろん技術的なものはまだまだこれからだけれど。
 それでも、今はその気持ちがあればいいのだ、と素直に思えていた。

「日っ野さ〜んっ!」
 今にもスキップに変わりそうな軽やかな歩みを、香穂子は止めて振り返る。
 と、土煙が見えそうなほどの勢いで駆け寄ってくる、ひとりの女子生徒。
「あ、天羽さん」
 あれだけの勢いで走ってきたというのに、天羽は疲れた様子もない。
 さすがは報道部で鍛えられた機動力、というところだろうか。
「やあやあ、昨日はお疲れ! …って、なんだか楽しそうだね?」
「うん、みんなのアンサンブル聞いたら、俄然やる気が出ちゃって」
「そっか〜。うん、頑張れ!」
 天羽は香穂子の肩をパシンと叩く。
「でも、あんたの演奏もよかったよ。なんかこう、胸にじーんと来るっていうかさ」
「ほんと? そう言ってもらえると嬉しいよ。ありがと」
 ふたりは笑い合って、広場の奥へと並んで進んでいった。
 目的の木陰に到着し、香穂子がヴァイオリンを準備する姿を、天羽がファインダー越しに眺めながら会話は続く。
「みんなが演奏した曲、いい曲だよね」
「うんうん、わくわくするっていうかドキドキするっていうか── そういえば、あれって金やんの選曲だって聞いたよ」
「へぇ、そうなんだ〜」
 その時、木々の向こうの奥まった草むらで、何かがガサゴソと音を立てた。
 ひっ、と声にならない悲鳴を上げて、思わず身体を寄せ合うふたり。
「な、何かな……」
「ネ、ネコじゃない…? ほら、学院の敷地内ってネコの棲み処になってるし…」
 にゃ〜、と鳴き声が聞こえた。まるで『正解!』と言わんばかりのタイミングで。
 と、ふたりの足元をすり抜けるようにして、一匹のネコが通り過ぎていった。
 しっぽをピンと立て、そのまま音がした茂みのほうへと優雅に歩いていく。
「……ほら、やっぱりネコだよ」
 ふたりがほっと胸を撫で下ろした時。
「── おー、ウメさん、やっとお出ましか」
 聞こえて来た声に、ふたりは思わず顔を見合わせ、聞き耳を立てた。
 足音を立てないように、そっと茂みに近づいていく。
「お前さんがくれた曲な、大好評だったぞ〜。
 うん? 他の曲もやれってか?
 うわっ、お前さんたち、どこにそんなもん隠してたんだよ。
 あーわかったわかった、わかったから順番に並んでくれ」
 そこで香穂子と天羽が目にしたものは──
 木の幹を背凭れにして地面に座り込んだ音楽教師と、その前に行儀よく一列に並んだ小動物。
 その小動物たち── ネコたちはなぜか、それぞれ口に紙の束をくわえていた。
「「ええっ !?」」
「うおっ !?」
 思わず出てしまった声に、教師── 金澤はビクリとして目を見開き、ネコたちはくわえていた紙をその場に放り出して一斉に散っていった。
「……あー、お前さんたちか」
 ぼりぼりと頭を掻いてから立ち上がり、ネコが残した紙を拾い集める金澤。
「か、か、か、金やんっ! それって !?」
「まあ、なんだ、『猫神様からの賜り物』っつーかな」
 ひらひらと振ってみせる紙の束は、明らかに楽譜である。
 金澤はニヤリと口の端に笑みを浮かべ、
「いいか天羽、今見たことは絶対に記事にするなよ? 職務怠慢とか言われて、教職という俺の飯のタネを奪われちまうからな。それから──」
 紙の束を丸めて肩に乗せ、通り過ぎざまに金澤は香穂子の頭をくしゃりと撫でた。
「── 今日はここで練習か? ここなら猫神様のご利益があるってもんだ。頑張れよ」
 香穂子の頭から外した手をひらりと振り、猫缶臭い白衣の裾を翻して校舎の方へ歩いていく。
 ぽこん、ぽこん、と丸めた楽譜で肩を叩く音がだんだん小さくなっていった。
「……あっ、あーっ! 金やんっ、詳しい話聞かせてよっ! 取材させてー!」
 だっ、と駆け出す天羽。
 やなこったー、と気の抜けた返事が遠くから返ってきた。
 くすり、と笑った香穂子が足元を見ると、さっきの猫たちの数匹がいつの間にか戻ってきていた。
 一部始終を見ていたのであろう彼らの顔は、まるで苦笑しているようにも見えた。
「……あなたたちは、猫神様なの?」
 問いかけると、彼らの中の一匹── ウメさんが、にゃー、と鳴いた。

〜おしまい〜

【プチあとがき】
 ファンタジー、ファンタジー、っと。
 猫さまと金やんの親密度はMAXだろうから、楽譜貰いたい放題だと思うんだよね。
 やっぱりルスランは猫さまからいただいてこその楽譜だし(笑)
 いやあ、香穂子の頭を撫でる金やんに萌えたっていうか。
 そんな感じで。

【2009/06/16 up】