■Stormy Days【15】 火原

「…… 帰っちゃったんだね、あいつ」
 屋上の手摺りにもたれ、青い空を見上げながら、和樹がぽつりと呟く。
「帰っちゃいましたね…」
 香穂子も同じように空を仰ぎ見た。
 そばのベンチの上で、食べ終えたお弁当の包みが、柔らかな風にひらひらと踊っている。
 留学期間を終えた祥太は、今頃フランスへと向かう飛行機の中。
 ふたり揃って、感慨深げに空を見上げた。
「いろいろあったよね、この一か月…」
「!! ご、ごめんなさい、ほんとにごめんなさいっ── あたしってば、自分のことばっかりで──」
 香穂子はこれ以上ないほど深々と頭を下げた。
「うわ、ごめん。そんなつもりじゃなかったんだ。でも、香穂ちゃん謝りすぎだよ。あれからずっと謝りっぱなし。そんなに謝ってたら、腰曲がっちゃうよ?」
「うぅ…ごめんなさい……」
「ほらまた」
 そう言って、和樹は笑った。が、すぐに笑みは消え、不安の入り混じった表情で香穂子の顔を覗きこんだ。
「── 本当によかったの? 留学しないで」
 香穂子は、こくりと頷いた。
「あたしが目指す音楽は、楽しくて居心地のいい音楽だから── 自分自身が楽しくて居心地のいいところにいなきゃ。……こんなこと言ったら、 音楽科の人たちに怒られちゃいそうだけど」
 そう言うと、香穂子はくすくすと笑った。
 香穂子が裏に込めた意味に気づかないのか、和樹は腕を組んで考え込む。
「けどさぁ、なんかもったいなくない?」
「……… 先輩は、あたしに留学してほしいんですか?」
 香穂子の口調が少し拗ねたものになった。
「そ、そんなことないよ。香穂ちゃんと離れ離れになるの、おれ、嫌だもん。けど、香穂ちゃんにとっては…」
「じゃあ留学しようかな」
「ええっ!?」
 帰ってきた答えに、和樹は大仰に驚く。
「── 先輩に嫌われるか、愛想尽かされた時には、ですけど」
 ぺろりと舌を出し、茶目っ気たっぷりに付け加える香穂子。
 丸くなっていた和樹の眼に優しい色が射し、他の人の前では決して見せない甘い笑顔になる。
「それなら香穂ちゃん、一生留学なんてできないよ」
 少しはにかんだような、とろけそうに甘い笑顔に、香穂子は真っ赤になって、思わず俯いてしまった。
 そんな香穂子を逃がさないように、和樹はふうわりと包み込む。
 その温かい腕の中で、香穂子は思った。
 ─── ここがあたしの音楽の生まれる場所、と。

〜おしまい〜

【プチあとがき】
 最終話です。
 すんません、何が言いたいのかわかりませんよね。
 あたしにもわかりません。
 まぁ、これで香穂子の音にも新境地が、みたいな感じで。
 途中から、香穂子の成長物語みたいになっちゃって。
 おまけに、取ってつけたようなエンディングになっちゃいまして。
 とにもかくにも、これにてこのお話は終了です。
 ここまでお付き合いいただいたみなさま、ありがとうございました。

【2005/08/14 up】