■Festival!【07】
文化祭当日。
この日は生徒の親たちや、周囲の住民なども訪れて、校内はいつも以上の活気に満ちていた。
各教室は綺麗に飾り付けられ、様々な催し物が行なわれている。
そしてここ講堂では、今日のために練習を重ねてきた各クラスの演目が、朝から次々と上演されていた。
客席はほぼ満員。生徒が半分、外部客が半分、といったところである。
客席中央の前から2番目のブロックの最前列に、和樹は腰を下ろしていた。周りを見回せば、よく見知った顔──
コンクール関係者の顔がずらりとならんでいる。
香穂子の姿をかぶりつきで見たい和樹としては、一番前のブロックの最前列に座りたかったのだが、
『もし演技中に僕たちの顔を見つけて、恥ずかしくて演技できなくなったら日野さんがかわいそうだよ』という
柚木の提案で、この場所に落ち着いていた。
それぞれの手には2つに折りたたまれた淡いブルーの少し厚めの紙が握られている。開くと、左側には講堂での上演プログラム、
右側には簡単な校内案内図と各クラスの出し物内容が印刷されていた。
講堂での午後最初の演目は、2年2組。香穂子のクラスである。
ちなみにオケ部の出番は大トリ。元々前身が音楽学校だったこともあり、文化祭のラストはオケ部、というのが伝統になっているらしい。
「『ロミオとジュリエット』か。日野さんがどんなジュリエットを演じるのか、楽しみだね」
必要以上に緊張している和樹がゴクリと喉を鳴らすと、和樹の隣に座っていた柚木がクスリと笑う。
「でも、タイトルの前についてる『新説』ってどういうことでしょうか?」
後から聞こえてきたのは、1年生のチェリスト、志水桂一の眠そうな声。
「それに…、このサブタイトルも、気になりますね……」
その隣で、同じく1年生のクラリネット奏者、冬海笙子がポツリと呟くと、和樹は手元のプログラムに視線を落とした。
「『〜ロミオからあなたへ、愛のメッセージ〜』、か。野郎からメッセージ送られてもなぁ」
足を伸ばして、深く座席に埋もれるように座っている金澤が、天井の明かりに透かして見るようにプログラムを眺めながら面倒くさそうに呟く。
「ま、日野のお姫様姿を堪能させてもらおうぜ」
金澤が持っていたプログラムを膝の上に置いたとき、講堂内の照明が落とされた。
* * * * *
舞台の両脇のスピーカーから、女子生徒のナレーションが聞こえてくる。
上演時間の制限のせいだろう、対立する両家の経緯と、舞踏会での2人の出会いまでが短く端折って語られる。
そして静かに幕が上がり、再び和樹の喉が小さく鳴った。
ハリボテの建物の2階の窓にスポットライトが当たる。おそらく裏には足場を組んであるのだろう。なかなか大がかりな舞台装置だ。
『おお、ロミオさま、あなたはどうしてロミオさまなのですか』
会場は息を呑んだ。一瞬の間を置き、講堂内は大爆笑となった。
窓から切なげに愛する人を呼ぶジュリエットは香穂子ではなく── 黄色い毛糸で作ったロングヘアのカツラをかぶり、胸にこれでもかというほど
詰め物をした淡いピンク色のドレスを纏った── ごつい男子生徒だった。
「ははは、確かに『新説』だな」
土浦がヒーヒー笑いながら納得する。
爆笑が治まらないうちに、舞台袖にもう1本のスポットライトが当たる。
そこに照らし出されたのは、深いブルーの上着に白いスパッツ、長い髪をゆったりと後でまとめて上着と同じ色の細いリボンで結び、
短めの黒いマントを羽織った、簡素な王子様スタイルの香穂子だった。
ヴァイオリンを始めて姿勢がよくなったのか、その凛々しい立ち姿に会場がどよめき、
それが香穂子だと気づいた香穂子ファンたちが、パチパチと賞賛の拍手を送る。
そう、2年2組のこの劇は、男女の配役が逆になっていたのである。
してやったり顔で小さくガッツボーズをするジュリエットに再び笑いが起きるが、ジュリエットに愛を語る香穂子のよく通る声が会場に響き、
観客達は物語へと引き込まれていった。
物語の終盤、仮死状態のジュリエットに絶望して毒を飲むロミオと、ロミオの後を追ってロミオの短剣を胸に突き立て自害するジュリエットの悲恋に、
会場からはあちこちですすり泣きの声が聞こえてきた。
観客達にとって、ロミオはロミオで、ジュリエットはジュリエットになっていた。
2人の死を悲しみ、和解を誓う両家の親たちの会話の後、舞台上が暗転し── 幕が下りるかと思いきや、再びスピーカーから声が流れる。
『我は神である。2人の愛と両家の改心に免じて、2人を甦らせよう』
声と同時に舞台中央にライトが当たり、倒れていた2人が身体を起こす。
『これからは、お互いを慈しみ、平穏に暮らすがよい』
ジュリエットがロミオの胸に倒れこみ、ロミオはそれを受け止め、しっかりと抱きしめる。
『これからはずっと一緒に生きていこう。僕たちの愛は永遠に続くのだから──』
ロミオのセリフで幕は下り、悲劇から一転ハッピーエンドになった物語に、観客の拍手はいつまでも鳴り止まなかった。
* * * * *
「香穂ちゃん!」
大役を終えて控え室に入ろうとしたところを和樹に呼び止められ、香穂子は足を止めた。
「香穂ちゃん! ほんとカッコよかったよ! おれ、てっきり香穂ちゃんはジュリエットやるんだと思ってたから
ちょっとビックリしたけど、スッゲーよかった! 悲しい終わり方じゃなくてハッピーエンドだったのもいいよね!」
和樹は香穂子の両手を握って、ぶんぶんと上下に振りながら、一気に捲くし立てる。
「あ、ありがとうゴザイマスっ」
和樹に揺さぶられながら、礼を言う。
「あ、ところでさ、ひとつ気になったんだけど──」
和樹はちょっと頬を染め、話しにくそうにモジモジしている。
「なんですか?」
「ロミオの最後のセリフ──」
「はい?」
「あの、サブタイトルの『あなたへ』って───おれのことだと思っていい?」
はにかんだ甘い笑顔で、和樹は香穂子の目をじっと見つめる。
香穂子は耳まで真っ赤に染めて俯いて、こくりと小さく頷いた。
「やった!」
「きゃっ」
がばっと和樹に抱きしめられ、香穂子は小さく悲鳴を上げた。
着替えを済ませて控え室から出てきて横をすり抜けていくクラスメイトから、ウインクや冷やかしの声を浴びて
香穂子はますます真っ赤になっていく。
「あれっ?」
違和感を感じて、和樹は肩を掴んで香穂子の身体を引き離し、視線を落とす。
和樹の視線に気づくと、香穂子は自分を抱きしめるように両手で胸元をかばって和樹から飛び離れた。
「せ、先輩っ! どこ見てるんですかっ!」
「あ、いや、硬いな〜と思ってさ」
真っ赤になって抗議する香穂子に、あっけらかんと答える和樹。
「あ」
はたと気づくと、香穂子は腰のベルトを取り、上着のボタンを外すと前をはだけさせる。
「わっ、香穂ちゃんっ、なに!?」
香穂子の行動にドギマギして慌てまくる和樹に、香穂子はニッコリ笑って胸元を指差す。
そこには、鎖骨の下から鳩尾の少し下あたりまでをすっぽりと覆うような、厚手のアクリル製の胸当てが見えた。
「ああいうシーンがあるからには、こういうのがないと」
『ああいうシーン』とは、ジュリエット役の男子生徒を胸に抱くシーンのことらしい。
香穂子はえへへと笑って、胸当てを拳でコツコツと叩いてみせる。
「よかった〜、おれ、あのシーン見ながら、ジュリエットのヤツにヤキモチ焼いちゃったよ〜」
「完全防備、です♪」
腰に手をあて、胸を張ってみせている香穂子の耳元に、和樹が顔を近づける。
「今度さ、ああやっておれのこと抱きしめてよ」
耳元で囁かれた言葉に、笑いで薄れていた頬の赤味が戻ってくる。
「これ、ありですよね?」
アクリルの胸当てを指差しながら、恥ずかしそうに上目遣いで聞いてくる香穂子に、
「なし!」と元気よく答える。
「もう! 先輩、やらしいっ!」
和樹に向かって振り下ろされた香穂子の小さな拳を、手のひらで受け止める。
「早く着がえておいでよ。オケ部の音合わせ、始まっちゃうよ。おれ、ここで待ってるからさ」
攻撃を受け止められて軽く睨んでくる香穂子に、和樹は笑いながら話をはぐらかす。
不本意そうに、あうぅと唸りながら控え室に入っていく香穂子を見送ると、和樹は扉の横の壁に背中を預けてもたれかかる。
もう少ししたらこの扉から出てくる自分だけのジュリエットとの、ハッピーエンドの物語を頭の中に描きながら──。
〜おしまい〜
【プチあとがき】
あー、終わった終わった。長かった〜。
今回は、前回の後悔を踏まえて、最初にプロット作ったのに、
終わってみれば最初の構想から掛け離れた話になっちまったぜぃ。
それにしても、こいつら、些細なことで大騒ぎしちゃって。
っていうか、そういう話にしたのはあたしなんだけど。
とにかく、あたしは火原っちを一度どん底に落として苦悩させるのが好きらしい(笑)
それも愛! 絶対に愛!
それにしても、しょーもない話ですんません(陳謝)
こっそりとつっきーにあたしの気持ちを代弁させてますが(笑)
最後にちょろっと顔出しの1年生に比べ、L&Rが結構おいしいところを持っていったと
思うのですが…彼らのファンの方、いかがだったでしょうか?
という訳で、相変わらず支離滅裂な話しかかけない自己嫌悪と、
次回作へ向けての反省と、ここまでお付き合いくださった方への感謝を込めて、
あとがきとさせていただきます^^
【04/11/02 up】