■ひみつ
お正月。
おれは生まれて初めて『彼女』と出かける初詣にウキウキしていた。
通いなれた彼女の家までの道も、彼女の家も、彼女の家の呼鈴までもが何か違って見える。
新しい年になったから、なのかな?
ちょっとだけ緊張しながら呼鈴を押すと、がちゃりと扉が開いて、彼女のお母さんが顔を出した。
「明けましておめでとうございますっ! 今年もよろしくお願いしますっ!」
ありきたりな年始の挨拶をしながら深々と頭を下げると、彼女のお母さんはクスクス笑いながら、
「明けましておめでとう。こちらこそ、香穂子のこと、よろしくね。香穂子ーっ、火原くんみえたわよー」
そう言って、ぱたぱたと中へ入って行ってしまった。
入れ違うように出て来た香穂ちゃんに、おれの目は釘付けになった。
「お待たせしました〜。明けましておめでとうございます」
「明けましておめ…で……と………」
「え、あ、やっぱり、変ですか!?」
慌てて自分の姿をチェックする香穂ちゃんは、いつもの香穂ちゃんなんだけど。
でも、今日の香穂ちゃんは── 蝶々の柄の入った優しいピンクの振袖姿に、髪をアップにして、うっすらとお化粧してて、なんだか別人みたい。
おれは着物姿の香穂ちゃんにすっかり見とれていた。
「── 香穂ちゃん………すっげー綺麗……」
「お姉ちゃんのお下がりなんですけど── 『馬子にも衣装』なんて言わないでくださいね」
香穂ちゃんは着物のことばかり言ってるけど、そうじゃなくて───。
「そうじゃなくて───、香穂ちゃんが綺麗なんだって」
「え、あ、ありがとう…ございます……」
おれの褒め言葉に真っ赤になって俯く香穂ちゃんがたまらなく可愛くて。
あ、けど、おれも今、顔真っ赤なんだろうな。
「じゃ、行こっか」
そう言って差し出したおれの手の中に、香穂ちゃんのほっそりした手が滑り込んできた。
その瞬間、いつもよりドキドキが大きかったのは、おれだけのヒミツにしとこ。
目指したのは香穂ちゃんの家から程近い神社。
すでに参道は参拝客でごった返していて、離れ離れにならないように繋いだ手に少し力を込めた。
「香穂ちゃん大丈夫?」
「はい……でも、人が多すぎて酔っちゃいそうです」
ポッと顔を上気させて弱々しく微笑むと、辛そうに俯いた。
── その時、おれの目に入ってきたのは───、香穂ちゃんの── うなじ。
うなじって、首の後ろ側だよな。けど、なんでこんなにドキドキするんだ?
『うなじフェチ』とかよく聞くけど、和服の女の子のうなじって、こんなに色っぽいっていうかなんていうか。
うわ、正月早々こんなこと考えてるなんて、絶対香穂ちゃんにはヒミツだよな。
やっとのことで長い行列の先頭になって、お賽銭を投げて、天井から下がった綱を思い切り振って鈴を鳴らす。
手を合わせて『香穂ちゃんとずっと一緒に、楽しく過ごせますように』ってお願いした。
隣を見ると、香穂ちゃんはまだ手を合わせて必死にお願いしていた。
無意識なのか、お願いごとをぶつぶつ呟いているみたいだったから、そっと耳を寄せてみた。
すると香穂ちゃんは『先輩とずっと一緒にいられますように』って、何度も呪文のように呟いていた。
へへへっ、おれとおんなじお願いだ。
あ、けどお願いごとって、人に知られたら無効とかって言わないっけ?
うわーっ、これも香穂ちゃんにはヒミツだ!
いや待てよ、おれもおんなじお願いなんだから、大丈夫だよな、うん。
香穂ちゃんは合わせた手を静かに下ろすと、おれの方を向いてにっこり笑う。
「先輩は何をお願いしました?」
「もちろん─── ヒミツだよ」
そう言って、おれもにっこり笑う。
「えー、先輩のイジワル〜! でも……、叶うといいですね」
「うん」
おれの願い、叶ってもらわないとおれも困るしね。
あー、新年早々、香穂ちゃんにヒミツなことがいっぱいできちゃったよ。
── けど、これくらいのヒミツは許してくれるよね?
〜おしまい〜
【プチあとがき】
お正月SSです。
途中までは随分前に書いてたんですが…
なかなか筆が進まないというか、キーボードを叩けないというか。
ここ最近、文章が頭に浮かんできません…あぅ…
【2004/12/30 up】