■きらきら 火原

 まもなく冬休み。クリスマスやお正月を控え、学院内の雰囲気はなんとなく浮き足立っていた。
 そして、他の誰よりも浮き足立ちまくっているお祭り大好き男がひとり、スキップでもしそうな勢いで校内を歩いていた。
 火原和樹─── つい先日、誕生日という一大イベントを終えたばかり。
 鼻歌交じりで講堂の前にさしかかった時、見知った顔──というより、一番大切な人の姿を見つけて足を止めた。 正門へ向かって歩いていく後ろ姿── 赤味の強いさらさらの長い髪と、少し早足気味の歩き方── 間違えるはずもない、 和樹の恋人・日野香穂子の姿だった。
「あ、香穂ちゃんだ。おーーーーい、か───!?」
 手をぶんぶか振り回して呼びかけようとしたものの、彼女に駆け寄る人影を認めて、ぴたりと止めた。
 その人影は── 学院の卒業生でオーケストラ部OBの王崎信武だった。
 いつも穏やかな笑顔の王崎が何か喋ると、香穂子はそれに答えながら花が咲いたような笑顔になる。
 楽しそうに話しているふたりを見ていると、和樹は心の中が波立つような感じがして、思わず講堂の陰に身を隠した。
「……… なんでおれ、隠れるんだ?」
 ── いつもみたいに『ねぇねぇ、何の話? おれも入れてよ』って言えばいいのに。
 人を好きになるということは、楽しくて幸せな気持ちが膨らむ反面、不安で醜い気持ちも膨らむもの。

 それから数日、和樹はなんとなく気まずさを感じて、無意識に香穂子を避けて過ごした。
 とはいえ、いつまでも逃げられるはずもなく。
「和樹先輩っ! やっと捕まえたっ!」
 頭を冷やそうと屋上で手摺りに持たれて寒風に吹かれているところを、後から腕をがしっと掴まれた。 口から飛び出しそうなほどに心臓が跳ね上がる。
「─── あ……か、香穂…ちゃん。こ、こんにちは」
「もうっ! 『こんにちは』じゃないですよー。最近、私のこと避けてたでしょ」
 腰に手を当て、仁王立ちになって上目遣いに軽く睨んでくる香穂子。
「うっ…… そ、そんなことは………いろいろ…そう、いろいろ忙しくてさ……ごめん」
「……………。ま、いいですけど」
 ─── うあ、完全にバレてる。
 おずおずと香穂子を見ると、さっきとは全く違う、柔らかな笑顔になっていた。俯きがちな和樹の顔を覗きこみながら、
「先輩、今日の放課後、時間あります?」
「えっ、あ…… うん、……ある」
「よかった。じゃあ放課後、正門前で待ってますね」
 そう言うと、香穂子は屋上を出て行った。早く教室戻らないと風邪ひいちゃいますよ〜、と言い残して。

 放課後。
 正門前で待ち合わせたふたりは、街はずれへと歩いていく。
「ねぇ、香穂ちゃん。どこへ向かってるの?」
「行けばわかりますって。── あ、王崎せんぱ〜いっ!」
 香穂子が呼んだ名前に、和樹は身体を硬くした。通りの向こうから王崎が駆け寄ってくる。
「香穂子ちゃん、今日はよろしくね。火原くんも来てくれたんだ。そうだ、飛び入り参加してもらおうかな」
 ── え、『参加』?
「時間があんまりなかったけど、大丈夫だった?」
「はい、知ってる曲ばかりだったから、すんなり弾けましたよ」
「いやー、頼もしいなぁ。やっぱり香穂子ちゃんにお願いしてよかったよ」
 ─── 『曲』? 『お願い』?
「じゃあ行こうか」
 完全に置いてけぼりの会話の後、にこにこ顔の王崎に促され向かった先は、郊外の養護施設。
「ここは?」
「俺がボランティアで来ている養護施設だよ。今日はここのクリスマスパーティでミニコンサートをやるんだ」
「ミニコンサート!?」
 眼をぱちくりさせながら和樹が大声をあげた。
「急にヴァイオリニストが都合が悪くなってね。それで香穂子ちゃんにピンチヒッターをお願いしたんだ」
「和樹先輩にも一緒に演奏してもらおうと思ってずっと探してたのに、和樹先輩、捕まらないんだもん」
 ─── なんかおれ、すっげー勘違い?
「火原くんも参加してくれるかな。有名なクリスマスソングばかりだから初見でも大丈夫だと思うけど」
「え、あ、おれ─── いいのかな」
「もちろん」
 香穂子と王崎の顔を交互に見ながら訊く和樹に、返ってきた答えは笑顔。
「よーし、吹くぞーっ!」
「じゃ、向こうで軽く音合わせしようか」
 3人は笑いあいながら控え室へ向かった。

 大学のオケ部の有志+2名のクリスマスミニコンサートは大盛況だった。
 施設の子供たちは目を輝かせて、楽しい曲は手拍子をしたり、一緒に歌ったり。静かな曲にはうっとりと聴き入っている。 みんな生の音楽に引き込まれていた。子供たちも楽しんだし、プレイヤーたちも楽しんだ。もちろん飛び入りの和樹も。
 そして全ての曲が終わり、クリスマスパーティはお食事タイムとなった。楽器を片付けた後、会場に戻り、 子供たちに混じって立食パーティを楽しんでいると、ちょっと席外しますね、と香穂子が会場を出て行った。 その後に続いて王崎や数人の大学生たちが会場を後にした。

 しばらくの後。
「メリークリスマスっ!!」
 会場に大きな袋を担いだサンタクロースの集団が入ってくると、子供たちから一斉に歓声が上がった。
 ダボダボのサンタスーツに真っ白な付け髭の即席サンタたちが、袋の中から取り出したプレゼントを子供たちに配っていく。
 そして和樹の目に飛び込んできたのは、ひとりのレディ・サンタ。真っ赤なミニのサンタスーツがなんとも可愛らしい。 サンタ帽の白いボンボンを揺らしながら、子供たちにプレゼントを渡している。
 そして、しぼんだ袋を小脇に挟み、レディ・サンタが和樹の前にやって来た。
「よいこにプレゼントです─── って、ここ最近はあんまり『よいこ』じゃなかったですけど」
「うあ、香穂ちゃん、ちょっと意地悪……」
 くすくす笑いながら、香穂子は両手で持ったちいさなプレゼントを差し出した。
「乾燥肌用の保湿クリームです。そろそろ背中とか痒くなるころでしょ? なんなら塗りましょうか?」
「えぇっ!?」
「ウソです。お母さんかお兄さんに塗ってもらってくださいね」
「あぅ…やっぱり今日の香穂ちゃん、意地悪さんだ……でも、ありがとね」
 随分前の何気ない会話を覚えていてくれる香穂子に、感動と申し訳なさでいっぱいになる。
「じゃ、そろそろ帰りましょうか。ちょっと着替えてきますね」
 そう言うと、レディ・サンタはぱたぱたと駆けて行った。

 手を繋いで歩く帰り道。キンと冷えた空気に吐く息も白い。
「香穂ちゃん……おれさ…ほんとごめんね。なんかすっげー勘違いしちゃっててさ」
「もういいですよ。── でも、先輩らしくないですよ。いつもならもっとストレートなのに」
 香穂子はくすくすと笑いながら、繋いだ手を大きく振る。
「香穂ちゃんのサンタ姿、すっげー可愛かったよ。毎日クリスマスならいいのにな」
「ありがとうございます。へへへっ、やっといつもの先輩だ」
 下から覗き込んでくる香穂子が可愛くて、和樹の顔がみるみる赤く染まっていく。
「もういじめないでよ。── あ、そうだ! 明日の夜、駅前通りのイルミネーション見に行こうよ!  おれからのプレゼントも渡したいし、お詫びに何かごちそうする!」
「ふふっ、楽しみにしてますね」
 繋いだ手の温もりを感じながら見上げる澄み切った空には、満天の星がイルミネーションのようにキラキラと輝いていた。

〜おしまい〜

【プチあとがき】
 クリスマス記念SSでございます。
 またまたヤキモチ焼きの火原っち&心の広い香穂ちゃんです。
 なんか盛り上がりに欠けますね……。
 次はもうちょっと甘いお話を書けるよう、頑張ります。

【2004/12/23 up】