■プレゼント 火原

 12月に入り、街はクリスマス一色に彩られる。
 そんな中、デパートの紳士服売り場をウロウロする女性がひとり。
 日野香穂子、25歳。
 ずらりと並んだネクタイを、あーでもない、こーでもないと選び続けてかれこれ1時間。
 その必死な形相に、売り場の店員も声を掛けられずに遠巻きに見ている。
「んー、やっぱりこっちかな。── いやいや、これも捨てがたい。うーん、これも似合いそうだし」
 香穂子が引っ掻き回したネクタイの棚は、見るも無残な状態になっていた。
「よし、これに決めた!」
 香穂子は1本のネクタイを手に、レジへ向かった。お金を払い、店員の「クリスマス用ですか?」という問いに、 「いえ、誕生日のプレゼントです」と答え、ラッピングされるのをしばし待つ。
 半分にこやかに、半分うんざり気味の店員からラッピングされたネクタイを受け取り、香穂子が向かったのは1軒の洋風居酒屋。
 そこが今日の待ち合わせ場所。
 変に気取った店よりも、こんな居酒屋系が香穂子は好きだった。
 料理もおいしいし、何より財布に優しいのが嬉しい。
「あ、香穂〜、ここだよ〜」
 店に入ってコートを脱ぎ、店内を見回す香穂子に声がかかる。
「ごめーん、待たせちゃった?」
 顔の前で手を合わせながら、声を掛けたスーツ姿の相手の前の席に座る。テーブルにはビールのビンとグラス、小鉢が置かれていた。
「お先にいただいてま〜す。まあまあ、駆けつけ一杯」
「じゃあお言葉に甘えて、いただきます」
 差し出されたコップを受け取り、ビールを注いでもらう。軽く乾杯し、グビッと半分ほど飲み干すと、
「はぁ〜、仕事の後の一杯はおいしいね〜」
「うあ、オヤジみたいなこと言ってるよ」
「だって、おいしいものはおいしいんだもん」
 香穂子の前に座る人物は、はははっ、と笑いながら、手を上げて店員を呼び、料理を注文した。
「あ、そうだ」
 香穂子はバッグからはみ出している、さっきデパートで買ったばかりの包みを取り出し、
「はい、これ。お誕生日おめでとう、和樹」
「サンキュー。へへへっ、さっき香穂がここに入ってきた時から気になってたんだ」
 受け取った相手── 火原和樹は嬉しそうに包みを解き始める。
「わ、ネクタイだ。いい色だね。明日早速、会社にして行こ〜っと」
 和樹はにこにことネクタイを胸元に当てて見ている。
「一緒に祝う10回目の記念すべき誕生日なのに、芸のないものでごめんね。ずっと考えてたんだけど全然思いつかなくて。 実を言うと、たった今買ってきたの」
 香穂子はバツが悪そうに、ペロリと舌を出す。
「10回目、か。もうそんなになるんだねー」
 ネクタイを元通りに包み直すと、和樹はスーツのポケットをゴソゴソと探る。
「香穂、ちょっと手出して」
 またアメかガムかと右手を出しかけた香穂子に、和樹は、そっちじゃなくて、と左手を出させる。
 手のひらを上にして出された香穂子の手をくるりと裏返すと、薬指に何かを差し込んだ。
「そろそろさ、─── 『火原香穂子』にならない?」
 少しはにかみつつも、にこにこと香穂子を見つめる和樹。
 香穂子の指にはめられたのはダイヤのついたプラチナのリング。
 きょとんとして自分の手に見入っていた香穂子の目から一筋の涙がこぼれ、言葉もなくこくりと頷いた。

*  *  *  *  *

「えぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!!!」
 香穂子は布団を跳ね飛ばす勢いでガバッを身を起こす。
「………ゆ、夢…? うあぁ、わたしってば、何て夢を── っ」
 ゼイゼイと肩で息をしながら、顔に手を当ててみると熱くなっているのがわかる。
「いや確かに今日は先輩の誕生日だけど── うあ、ずっとそのことばかり考えてたからこんな夢見ちゃったわけ!?」
 その時、部屋の扉がガチャリと開かれ、香穂子の母親が顔を出した。
「香穂子ー、起き── てたのね。早く支度しないと、火原くんが迎えに来ちゃうわよ」
「うわっ、たいへんっ!」
 香穂子は慌ててパジャマを脱ぎ始めた。

 学校への道すがら、香穂子はカバンから小さな包みを取り出した。
「和樹先輩、── お誕生日、おめでとうございます。これ、たいした物じゃないけど……」
「ありがとう! うあ、嬉しいな。香穂ちゃん、おれの誕生日、覚えててくれたんだ〜」
 今朝見たばかりの夢もあって、香穂子は顔から火が出そうなほど赤く染まっていた。あまりに恥ずかしくて、 まともに和樹と目を合わせることすら出来なかった。
「開けてみていい?」
 香穂子がこくりと頷いたのを合図に、和樹は包みを開き始めた。
「うわ、トランペットのストラップだ〜。かわいいっ!」
「前に先輩が『携帯にストラップじゃらじゃらつけたい』って言ってたから…」
「そんなことまで覚えててくれたんだ……なんかおれ、すっげー感激っ!」
 あ、そうだ、と和樹は立ち止まり、カバンを地面に置くと、制服のポケットをゴソゴソ探り始めた。
「香穂ちゃん、手出してみて」
 空いていた右手を出そうとした香穂子に、そっちじゃなくて、と言う和樹。
 ── えっ、なんか今朝の夢と同じようなシチュエーション!?
 カバンを右手に持ち替え、おずおずと左手を手のひらを上にして出してみる。
 和樹は香穂子の手をくるりと裏返すと薬指に何かを差し込んだ。
 ── えええっ、ウソーーーっ!?
 香穂子の指には小さな花をあしらったピンクのビーズのリング。
「こ、これ── っ!?」
「へへへっ、おれからのプレゼント。香穂ちゃんに似合いそうだな〜と思ってさ」
 今朝見た夢とオーバーラップして、香穂子の目に涙が浮かぶ。
「え、あ、ご、ごめん! もしかして気に入らなかった?」
 香穂子の涙に気付いた和樹が慌てて謝るが、香穂子はぶんぶんと横に首を振り、
「ありがとうございます! 大切にします!」
 和樹は香穂子の嬉しそうな顔にしばし見とれた後、照れ臭そうに頭をわしわしと掻いている。
「将来のための予行演習──、って、うわーーーっ、おれ何言ってんだっ!? 今の忘れてっ!
が、学校! そう、学校行かなきゃ! 遅刻しちゃうよっ」
 顔を真っ赤にした和樹は慌ててカバンを拾い上げると、同じく顔を真っ赤にして俯くばかりの香穂子の手を取って歩き出す。
 香穂子はつながれた手に少しだけ力を込めた。今朝の夢が、現実になることを祈りつつ──。

〜おしまい〜

【プチあとがき】
 はっぴーばぁすでい でぃあ かずきっ!
 火原っち誕生日記念創作でございますぅ〜。
 掲載はちょっと早めですが(^^;
 ちなみに裏設定として、大人火原はどこぞの会社の営業マン。
 大人香穂子は普通の商社のOL、です。
 まあ、平凡なごく普通の女の子として育った香穂子の見る夢はこんなもんじゃないかと。
 大人香穂子が選んだネクタイの色は、ご自由に想像してみてください(笑)

【2004/12/08 up】