■おねむ 火原

 とある休日、火原和樹と日野香穂子は、付き合い始めて何度目かのデートを楽しんでいた。
 午前中はウィンドウショッピングや楽器店めぐりを楽しみ、昼食は雑誌に紹介されるほどおいしいという噂のラーメン屋に足を運び、 その噂に違わぬおいしいラーメンに舌鼓を打った。
 そして午後、次はどこへ行こうかという話になった時、和樹は見たい映画があったのを思い出した。
「ねえ、香穂ちゃん。映画見よっか。今、すっごい面白いやつやっててさ。おれ、見たかったんだ」
「あ、はい。いいですよ〜」

 和樹は映画を見る時に小さなこだわりがあった。
 『席は必ずど真ん中』
 映画館を真上から見たときに、その中央になる部分に席を取るのである。
 そこならスクリーンを見上げず、見下ろさず、自然な姿勢で快適に映画を楽しめる、というのが和樹の持論だった。
 ロビーの売店で映画館に付き物のカップに入ったポップコーンとストローつきの紙コップ入りジュースを買い込み、 和樹のお気に入りの席に陣取った。
 しばらくの間、ポップコーンを口に運びながら他愛無い話をしていると、場内が暗くなりスクリーンに映像が映し出された。

 映画も中盤を過ぎ、いよいよクライマックスへ、という頃。和樹は肩に掛かる重さに気付いた。
 ── えっ、香穂ちゃん、おれに寄りかかってる!?
 今見ている映画はドタバタコメディ物。隣にいる異性に寄り添いたくなるようなものではない。
 肩を動かさないようにしながら、首を精一杯伸ばして香穂子の顔を覗きこんでみる。
 香穂子の髪からふわりと香ってくる甘やかなフローラルの香りにドキリとする。
 スクリーンからの光に照らされた香穂子の顔は── 閉じられた眼とうっすら開かれた唇。
 和樹の心臓が跳ね上がる。
 ── 香穂ちゃん眠ってる!? うわ、香穂ちゃん、可愛い……
 今にも落ちそうな香穂子の手の中の紙コップをそっと抜き取る。ゆっくりと座席の背もたれに身体を預け、 和樹はスクリーンへと視線を戻した。
 しかし、和樹の眼に映っているのは、柔らかな表情の香穂子の寝顔。結局、ラストがどうなったのかわからないまま、映画は終了した。

「ご、ごめんなさいっ! つい、眠っちゃって……。ほんとにごめんなさい」
 海の見える公園でベンチに並んで座り、和樹が買ってきたソーダ味のアイスキャンディを手に、香穂子は謝り続ける。
「もしかして、映画つまんなかった? ごめんね、おれが見たいやつ、押し付けちゃって」
「あ、いえっ、そうじゃなくて……その……」
 顔を赤らめ、香穂子は俯いている。
 アイスをペロッと舐めてから、和樹は香穂子の顔を覗きこむ。
「── 笑わないで……くださいね」
「うん、もちろん」
「…寝坊しないように、昨日は早めにベッドに入ったんです。……けど…先輩のこと考えてたら……ドキドキして…なかなか寝付けなくて…。 それで…お昼ご飯食べてお腹いっぱいになったら……なんか眠くなっちゃって─── ごめんなさい、寝ちゃいました…」
 そんな香穂子がいじらしくて、可愛くて。
 和樹は思わず香穂子を抱きしめたい衝動に駆られたが、手に持ったアイスがそれを邪魔した。
「おれ、嬉しいよ」
「えっ!?」
 和樹の言葉に、香穂子はハッとして顔を上げ、和樹を見つめる。
「…怒ってません?」
「どうしておれが怒るの? だって、香穂ちゃん、おれのこと考えてドキドキしてくれたんでしょ?  おれだって、香穂ちゃんのこと考えたらドキドキするし。嬉しいに決まってるじゃない」
「先輩……」
 まだ不安そうな香穂子に、和樹はとびきりの笑顔を送る。
「そうだ! 香穂ちゃんがドキドキしなくなるように、毎週デート! あ、でもドキドキしなくなるってのはつまんないか……。 じゃあさ、前もって約束するのやめて、当日の朝電話する! そしたら前の晩、ゆっくり眠れるでしょ?」
 香穂子がクスッと小さく笑う。
「毎週…っていうのは嬉しいですけど……朝の電話は意味ないかも」
「えーっ、どうして?」
「だって、電話がかかってくると思ったら、やっぱりドキドキしちゃいます」
「あ、そっか……」
 顔を見合わせるとなんだか笑いがこみ上げてきて、しばらくの間2人で大笑いした。

「今日のお詫びに、今度お昼ご飯ごちそうしますね」
「そんな気を遣わないでよ。── それに、今日のお詫びならもうもらったし……」
「えっ、わたし、何もあげてませんよ」
「ううん、もらった。香穂ちゃんの寝顔、すっごい可愛かったよ」
「!」
 香穂子は真っ赤になって俯く。
「眠くなったらいつでも寝ちゃっていいからね。おれに寄りかかってさ」
 そう言って溶けかかったアイスを口に含むと、口の中に冷たさと爽やかな甘さと── 幸せが広がった。

〜おしまい〜

【プチあとがき】
 なんか、わけわかめな文章ですんません(汗)
 それはそうと、イベントのある前の晩って、眠れないこと、ありません?
 あたしは未だにそうなのです。
 もともと寝付きが悪い上に、布団に入るといろいろ考えちゃって。
 気が付けば明け方、ということもしばしばです。

【2004/11/19 up】