■手 紙
「あれ? 香穂ちゃんだ。こんなとこで何やってるんだろ」
昼休みの普通科校舎エントランス。
昼食のカツサンドを買いに来たエントランスで、火原和樹は最愛の人・日野香穂子の姿を見つけた。
緩やかな弧を描いて1階と2階を繋ぐ階段を下りかけた時、何気なく下を覗き込むと、階段の真下、大きなアールデコ調の石の柱の影に隠れるように、
香穂子が立っていたのである。おそらく1階フロアからは香穂子の姿は見えないだろう。
「かっ───!?」
階段の手摺りから身を乗り出して、下にいる香穂子に呼びかけようとした和樹は、急に口をつぐんで、階段に座り込んで香穂子から身を隠す。
「よう、日野ちゃん。どうしたの、なんか用事?」
「あ、青山先輩っ。すみません、こんなところに呼び出しちゃって」
聞きなれた声に、そっと手摺りから階下を覗き込む。
そこに現れたのは、和樹の昼バス仲間、普通科3年の青山の姿だった。
── な、なんで青山と香穂ちゃんが……!?
すでに和樹の耳には周囲の音は何も聞こえていない。頭の中で、積み上げられた缶詰の山が崩れ落ちるような、けたたましい音が鳴り響いている。
心臓は周囲に音が聞こえそうなほど、ドクンドクンと鼓動している。階段の手摺りを掴む手に力が入り、手の甲は白く血の気を失っていた。
ほんのり頬を赤く染めた香穂子は、制服のポケットから何かを出すと、青山に差し出す。それを青山は照れ臭そうに頭を掻きながら受け取った。
青山が受け取ったもの── 女の子らしい優しいピンク色の封筒に、ラメ入りのハートのシールが封緘として貼られている。
あれは誰がどう見ても、ラブレター。
青山がピンクの封筒をジャケットのポケットにしまいこむのを確認すると、香穂子は青山に手を振りながら、はにかんだ笑顔で走り去った。
── 香穂ちゃん…おれのこと、嫌いになっちゃったのかな……
人気のお惣菜パンを奪い合う購買の人だかりに入っていく気もせず、昼食を一緒に取る香穂子との待ち合わせ場所、屋上へと重い足取りで向かった。
屋上に入る重い扉を開くと、そこにはベンチに座って、楽譜を片手に鼻歌交じりに譜読みをしている香穂子の後ろ姿があった。
「香穂ちゃん………」
「あっ、和樹先輩っ! 遅かったですね〜。早くご飯食べちゃいましょう♪」
振り向いた香穂子の顔は、いつもと同じ、輝くような飛びきりの笑顔だった。
「香穂ちゃん…おれ……香穂ちゃんに嫌われちゃったのかな……」
「はぁ?」
和樹はまともに香穂子の顔を見ることができず、目を伏せたまま辛そうに呟く。
「だって、香穂ちゃん……、青山と……」
「えっ、あ、もしかして、先輩、見てたんですか!?」
搾り出した和樹の言葉に、香穂子は手にした楽譜を口元に当てて慌てている。
「だから───」
「やだっ! 先輩、誤解ですってば!」
「へっ!?」
香穂子は楽譜をそっと横へ置いて立ち上がると、扉にすがって脱力している和樹の腕を引っ張ってベンチへ連れて行く。
和樹がすとんとベンチに座ると、香穂子がその隣にちょこんと座る。
「えーっと、あの手紙はですね、うちのクラスの子が書いたんです。自分の想いを伝えるんなら自分で渡さなきゃ、って言ったんですけど、
『青山先輩は香穂の彼氏の友達でしょ? お願いだから渡してきてっ!』って頼み込まれちゃって」
「か、彼氏───」
「あ」
香穂子の説明の中に出て来た1単語に反応した和樹に、香穂子も気付いて頬を染める。
「へへへっ、そか、香穂ちゃんの友達の手紙か。あー、心配して損しちゃった」
照れ笑いしながら、和樹は頭をがしがしと掻きむしる。
「そうだ。先輩、ちょっと待っててくださいね」
そう言うと、香穂子はベンチの上の楽譜を手に取り和樹に背を向けると、なにやらごそごそし始めた。
しばらくの間、紙にボールペンを走らせる音と紙を折る音が聞こえた後、香穂子が和樹のほうに向き直り、両手で持ったものを差し出した。
「はい、先輩♪」
和樹が受け取ったのは、シャツの形に折られたレポート用紙。
「今は、便箋も封筒も持ってないから」
「中、見ていい?」
こくりと香穂子が頷くのを確認し、紙で折られたシャツをほどいていく。
中身を一目見て、顔を輝かせた和樹は思わず香穂子を抱きしめた。
「せ、先輩っ!?」
「おれ、この手紙、一生大事にする! だって香穂ちゃんからもらった初めてのラブレターだもん!」
手ぶらの和樹に気付いた香穂子にお弁当を半分分けてもらい、帰りにケーキをご馳走する約束をした和樹が、
教室の自分の席で1枚のレポート用紙を眺めながら、顔を溶けそうなほどに緩ませてニンマリしている。
その手にあるのは、もちろん香穂子にもらった手紙。
和樹先輩へ
大好き♥
香穂子
〜おしまい〜
【プチあとがき】
嫉妬の炎を燃やす火原っち。
香穂子さん、思い通りに火原っちを操っておられます(笑)
それにしても、最近の学生さんは、どういう手紙の折り方するんでしょ?
あたしの(随分前の)学生時代は、シャツとかハートとか星とか、
四角形の2ヶ所の角が斜めに切れたような折り方とかしてましたけど。
【2004/11/13 up】