■なかよし 火原

「あ、あの…香穂先輩……」
「あ、笙子ちゃん、どうしたの?」
 ある日の放課後、練習室でヴァイオリンの練習をしていた日野香穂子の元に、冬海笙子が訪れた。
 春に行なわれた学内音楽コンクールにクラリネットで参加した少女である。
 香穂子以外では唯一の女性参加者ということもあって、香穂子も儚げな彼女を気にかけ、妹のように思っていたし、 笙子のほうも芯の強い香穂子に憧れを抱き、香穂子を姉のように慕うようになっていた。

「今…、お邪魔しても、いいですか……?」
「どーぞ♪ 一息入れようと思ってたところだから、遠慮しないで」
 香穂子はヴァイオリンと弓を蓋の閉められたグランドピアノの上に静かに置き、譜面台を脇へ寄せると、ピアノの椅子を壁際に引きずって、 ぽん、と叩いて笙子に座るように促す。自分はたたんで壁に立てかけてあったパイプ椅子を持ってきてドサリと座り、 組んだ膝の上で頬杖をつく。
「…す、すみません……失礼します…」
 静かに練習室の扉を閉めると、笙子は勧められた椅子に静かに腰掛け、きちんと揃えた膝の上に置かれた自分の手をじっと見つめている。
「で? 何か相談ごと?」
「……!」
 はっと顔を上げたかと思うと、笙子は頬を染めて再び俯く。
「何でも聞いちゃうわよ。あ、でも、何でも答えられるかはわかんないけど」
「い、いえ…、香穂先輩にしか…答えられないことなんです……っ」
 苦笑する香穂子に、笙子は両手をしっかり握り締め、訴えるように目を潤ませる。
「わ、わかった。うん、何でも聞いて?」
「は、はい……、あの………」
「ん?」
「あの……先輩は……火原先輩と……どうやって仲良く……なられたんですか……?」
 膝についた香穂子の肘がズルっとずり落ちる。
「……なっ!?」
「ご、ごめんなさい、ごめんなさいっ。…変なこと…聞いてしまって……」
 慌てまくる香穂子以上に、笙子は頬を赤くしてオロオロしている。

 その時、練習室の扉を元気にノックする音が聞こえ、香穂子の恋人、火原和樹が元気に入ってきた。 手には相棒のトランペットがキラキラと輝いている。
「ねえ、香穂ちゃん。久しぶりに合わせない? あ、冬海ちゃん、こんちわっ! あれっ、女の子ふたりで何の話?  おれも仲間に入れてよ〜」
「うわっ、和樹先輩っ!?」
 たった今まで話題になっていた人物の登場に、香穂子も笙子もガバッと椅子から立ち上がり、顔を真っ赤にしてパニクっている。
「うあ、そんなに驚かれると傷ついちゃうなぁ、おれ」
「い、いや、その……わたしと和樹先輩が、どうやって仲良しになったのかって、笙子ちゃんが……」
「……かっ、香穂先輩っ……」
 パニクる香穂子にうまい言い繕いができるはずもなく、笙子も両手の中に真っ赤な顔を埋めている。
「へっ? なかよし? ……なかよしって、こういうこと?」
 和樹はつかつかっと香穂子のそばに歩み寄り、がばっと肩を抱き寄せると、香穂子の頬に自分の頬を
ぴとっとくっつける。
「なかよし♪」
「うわあぁぁっ! か、和樹先輩っ!?」
 慌てふためき和樹の腕から逃れようと暴れる香穂子を、にんまり笑顔の和樹の腕はしっかりと捕らえて離さなかった。
「ねえ、香穂ちゃん、合奏しようよ〜。森の広場行く? それとも屋上? エントランスでもいいよ〜♪」
「せ、先輩っ! 笙子ちゃんが── っ!」
「あ、冬海ちゃんも一緒に合奏しよ─── って、いないよ?」
「えぇっ!?」

 その頃、冬海笙子は練習室棟の廊下を足早に歩いていた。
 バクバクする心臓を押さえつつ、真っ赤な顔は深く俯き、一心に何かを呟きながら。
「……男の人と…仲良しになるなんて……私には無理…私には無理…私には無理…私には………」

〜おしまい〜

【プチあとがき】
 笙子ちゃん、相談する相手、間違ってますっ!
 相変わらず火原っちのスキンシップ攻撃に慣れない香穂ちゃんと、
 相変わらず何も考えずにスキンシップしてしまう火原っち。
 そんな設定が大好きです、あたし(笑)

【2004/11/12 up】