■おひさま 火原

「和樹先輩って、お日さまみたいな人ですよね」
 ある秋の昼下がり、日野香穂子は木漏れ日に手を透かしながら呟いた。

*  *  *  *  *

 森の広場。
 昼休みには学院の生徒たちが昼食を取り、午後の授業までのひとときをここでくつろぐ。
 少し前までは青々と繁っていた木々の葉は赤や黄色に色づき、そこここに木の実が転がっている。
 春に行なわれた学内音楽コンクールをきっかけに付き合い始めたふたり── 香穂子と火原和樹も、 すでに日常となったふたり一緒の昼食タイムをこの森の広場で過ごしていた。

「えっ、おれが?」
 一本の大木の下に座り、幹に持たれて手元の木の実を投げて遊んでいた和樹が手を止めて、隣に座る香穂子の横顔を見つめる。
「だって、あったかくて、優しくて、眩しくて── だから、お日さま」
 香穂子は合わせた両手を顎に当てて、木の葉の間から見え隠れする太陽を、眩しそうに目を細めて見上げている。
「そ、それは香穂ちゃんだって! いつもキラキラしてるもん」
「えへへ、ありがとうございます」
 思いがけない香穂子の言葉に、和樹は顔を赤らめつつ、嬉しさに顔が緩んでいく。
 慌てて返した言葉に照れ笑いする香穂子は本当に可愛らしくて、和樹には本当にキラキラと輝いて、眩しく見えた。
「初めて先輩に出会った時、ほんとに思ったの。『ああ、この人、お日さまみたいだな』って。 お日さまの光はみんなを照らしていて。光はわたしにも届いているのに、手を伸ばしても届かない、掴めないって」
 香穂子は細く差し込む木漏れ日に手を伸ばす。
「香穂ちゃん……。おれ、隣にいるじゃない。香穂ちゃんのすぐそばに──」
 その時、香穂子が和樹の着崩した制服のジャケットの肘をくしゃりと掴んだ。
「── いいのかな、お日さま、独り占めしても」
 大きな瞳を潤ませ、じっと自分を見つめる香穂子があまりにも愛しくて、和樹は香穂子を抱き寄せた。
「うわっ、せっ、先輩っ!」
「おれ、香穂ちゃんに独り占めされたいんだけどな。それに──」
「…それに?」
 辺りに午後の授業の準備を促す予鈴が鳴り響く。
「おれはもう、みんなのお日さま、独り占めしちゃってるし♥」
 横抱きにした香穂子の頬にいきなりキスをする。
「─── っ!」
 頭から湯気を立てんばかりに顔を赤くした香穂子は、頬を両手で挟んで深く俯く。
「予鈴も鳴ったし、教室戻ろ?」
 和樹は、名残惜しそうに香穂子に回した手を外し、よっ、と立ち上がって香穂子に手を差し伸べる。
 その上に乗せた香穂子の手を引いて立たせると、その手を離さずに校舎へと向かう。
「やっぱり先輩は、お日さまだね」
「んっ?」
 顔を真っ赤にして俯いて、小さく呟く香穂子の声が聞き取れず、和樹は聞き返す。
「── あんまり近づきすぎると、ヤケドしちゃいそう」

〜おしまい〜

【プチあとがき】
 連載の途中ですが、普通の火×日が書きたくなって、書いてしまいました。
 う〜ん、香穂ちゃん、甘え上手っ!
 火原っちもメロメロ〜ンでしょうな(笑)
 こんなことくらいでヤケドするようじゃ、まだまだ純情なふたりです。

【2004/11/11 up】