■究極の選択
※遙か5風花記ネタバレ
「── ねえ、もし私が消えたら……どうする?」
いきなりの意味不明な質問に、梁太郎は一瞬瞠目し、そして訝しげに眉間に皺を刻んだ。
カフェテリアの窓際のテーブルで正面に座る香穂子はといえば、食後のデザートのヨーグルトをすくった小さなプラスチックのスプーンをあむっと咥え、
こちらを見つめたまま答えを促すかのように僅かに首を傾げている。
「消えたら、って……お前、なんかヤバいことやらかして、海外にでも高飛びする計画か?」
茶化した質問を返すと、香穂子はスプーンをヨーグルトのカップに戻して、小さく首を横に振った。
「違うの……このままヴァイオリンを弾き続けていたら、私の命は削られて……指の先から透けていって、いつかこの世界から消えてしまう──」
「はぁっ !?
んな馬鹿な話──」
いや、ちょっと待て──
梁太郎は言葉を飲み込み、考え込んだ。
普通に考えれば、そんなことが現実に起こるはずもない。
だが、彼女の場合、あり得なくもないのである。
彼女がヴァイオリンを始めたきっかけというのが、フィクション上の存在であるはずの『妖精』との遭遇だったのだから。
普通幼少期から時間をかけなければ習得できないヴァイオリンという楽器を、ほんの数ヶ月で見事に弾きこなすようになり、音楽科への転科までした香穂子──
そんな危険な代償があったとしてもおかしくはない。
「……もう弾くな」
「えっ…?」
「確かにお前のヴァイオリンが聞けなくなるのは淋しいさ。
けどな、俺はただお前のヴァイオリンが好きなだけじゃなくて、お前がお前だから好きなのであって──」
言葉を重ねていくうち、それがあまりに自分らしくもないこっ恥ずかしい台詞であることに気付いてしまった。
思わず言葉を切って、恐らく真っ赤になっているであろう熱い顔を片手で覆い、彼女の視線から逃げるように横に逸らす。
「でも……私は弾きたい。
これからもヴァイオリンを弾き続けたい!」
それは香穂子の魂の叫びのようにも聞こえた。
真剣な眼差しが、真っ直ぐに梁太郎へと向けられている。
もしもピアノを弾くことで、そのうち自分が消えてしまうとしたら──
自分ならそれでも弾き続ける、と梁太郎は思う。
迷うこともなく。
ピアノが、そして音楽が好きだからだ。
それはヴァイオリンに出会ってしまった彼女も、同じ気持ちであることは間違いない。
「だったら……俺の命を分けてやる」
「梁…?」
「命を削ることができるんなら、足すことだってできるはずだろ?
俺の命とお前の命、足して2で割ればいい。
それなら最期まで一緒に──」
するとその時、香穂子の顔がぱあっと明るくなった。
「それ!
そういうルートあった!」
「は……はあっ !?」
香穂子は、たんっ、とカップをテーブルに置くと、胸元でぎゅっと手を握り締めて陶酔したように視線を宙に泳がせる。
「いいよねぇ、残り少ない命を分け合って、最期の時が来るまで寄り添って生きていく──
はぁ、切ない……」
「おい……またゲームの話かよ……」
かくん、と梁太郎は項垂れた。
そういえば、彼女はヴァイオリンと出会うまでの長い時間をかけて培ってきた、筋金入りのゲーマーであった。
「……ったく、さっさと食えよ。
早く練習室に行かないと、昼休み終わっちまうぜ」
「あ、ごめんごめん」
香穂子は残りのヨーグルトを急いで平らげて。
食器を返却してからカフェテリアを出て、二人並んで練習室へと向かう。
── まあ、命がどうとかは抜きにして…………最期まで一緒にいてやるさ。
ぽふん、と横にある彼女の頭に手を乗せる。
見上げてくるきょとんとした顔に、梁太郎は思わず苦笑した。
〜おしまい〜
【プチあとがき】
ゲーマー香穂子シリーズ(笑)
【2012/03/03 up】