■聞かぬが仏・リターンズ
昼休み、カフェテリアに向かおうとエントランスまでやってきた実川俊は、前方に見慣れた二人連れを見つけて駆け寄った。
「よっ、土浦!
久しぶり!」
ぽん、と後ろから肩を叩くと、ビクッとして振り返ったのは土浦梁太郎。
昨年度は同じクラスで過ごし、同じサッカー部だった彼は退部して、さらには音楽科へ転科してしまったため、今では都合が合った時にだけ昼サッカーで顔を合わせる程度になってしまった。
土浦の驚いた顔がニヤリと笑みの形に変わる。
「よう」
「なになに、二人でカフェテリア?」
「まあな。
次の時間が実技だから、ある程度がっつり食っとかないと体力もたないしな」
「へぇ、音楽科も結構大変なんだな」
すると、横でニコニコしながら二人の会話を聞いていた女子生徒──
日野香穂子が長身の土浦を見上げつつ唐突に口を開いた。
「── 何?」
「んー、和風アラカルト」
「りょーかい♪」
にっこり笑うと、小走りでカフェテリアに向かう彼女。
立ち話の時間が惜しいと思ったのだろうか。
引き止めてしまった申し訳なさに、実川は片手を拝むように顔の前にかざし、
「あー、悪い」
「いや、いいって。
あいつ、メシ時は機嫌いいからな」
── いや、そういう意味じゃないんですけど。
そもそも、いきなり『何?』と聞かれ、聞き返すこともなく相手の欲しい答えを出せるとは、一体どこの熟年夫婦なんだよ。
まあ、自分が声をかける直前にメニューの相談をしていたのかもしれないけれど。
そんなことを考えていた実川の脳裏に、先日見た光景が蘇ってきた。
* * * * *
休日の臨海公園。
天気もよく、食べ物や飲み物のスタンドにはそこそこの行列ができるほどの賑わいを見せていた。
そんな中、ベンチに座る二人連れに思わず目を引かれた。
「……あれ?
土浦と日野さんじゃん」
声をかけようと思った実川だったが、二人の間に漂う異様な空気に思わずたじろいだ。
二人とも険しい顔つきで睨み合っている。
殺気すら纏って。
彼らの間に置かれているのは使い捨てのトレイ。
茶色く丸い物体がひとつだけ残ったそれは、どうやらスタンドで買ったたこ焼きらしい。
その時、彼女がぐいっと身体を捻って後ろを向いた。
── もしかして修羅場 !?
見なかったことにして静かに立ち去ろう──
実川がそう決意した時だった。
「「── じゃんけんほいっ!」」
うっし、と出した拳をさらに力強く握り締める土浦。
うー、と唸りながらピースサインの右手を呆然と見つめる香穂子。
「勝負はついたな。
最後の1個、もらうぜ」
にやりと笑った土浦が、こんもり丸いたこ焼きに爪楊枝を突き立てる。
大きく開けた口に運び、
「さよなら、私のたこ焼きさん……」
彼女の嘆きの声に渋い顔をした土浦は、一瞬躊躇った後でたこ焼きを半分齧り取った。
「……ほら」
半球になってしまったたこ焼きを彼女の方へと差し出す。
と、彼女はえへへ、と嬉しそうに笑ってから、一切躊躇うことなくパクリと食べたのである。
* * * * *
たぶん壮絶に照れるだろうと思ったのに。
もちろん『臨海公園で二人でたこ焼き食ってるの見たぜ』としか言ってない。
詳細を言わずとも、そこで起きた出来事は本人が一番わかっているのだから。
だが、実川の期待に反し、土浦は思い詰めたように眉を曇らせた。
「……そうなんだよな、どこへ行っても食いもんメインになっちまうっつーか……」
「い、いや、でも出かけたら昼メシくらい食うだろ?」
「まあ、そりゃそうなんだが……」
ふと顔を上げた土浦の視線が、どこか遠くを見るようなものになる。
「── いつまで経っても『色気より食い気』なんだよなぁ……」
ぼやいているというのに、その口元はうっすらと笑っていて。
「お、おいっ、日野さん待ってんだろ!
早く行けって!」
「だな。
んじゃ、またな」
ひらりと手を振って、爽やかに去っていく土浦。
その後ろ姿を見ながら、『彼女いない歴』絶賛更新中の実川は今すぐにでもサッカーボールを思い切り蹴りたい気分になった。
* * * * *
「── ほら、やる」
「あ、ヨーグルト……いいの?」
「ああ……その代わり──」
「あっ、私のとんかつ!
真ん中の一番いいところ取るなんてひどいっ!
それなら──」
「うわっ、俺のきんぴら取るなっ!」
少し離れたテーブルで繰り広げられる攻防戦を視界の端で見ながら、実川は虚しくうどんを啜るのだった。
〜おしまい〜
【プチあとがき】
うーむ、オチが弱い。
まあ、なんとなくな感じで読んでいただければ(汗)
ちなみに「和風アラカルト定食」の内容は、
とんかつ、しゃけおにぎり、きんぴらごぼう、ヨーグルト だそうな。
【2011/10/05 up】