■衝動の代償
教室に到着しクラスメイトと喜びを分かち合う。
試合の中継は深夜だったにも関わらず、結構な人数が見ていたらしい。
もちろん中には朝のニュースで結果を知った、という者もいたけれど、自分が生まれ育った国の代表の快挙は嬉しいものだ。
睡眠不足が祟って授業中にはひどい睡魔に襲われはしたけれど。
いつにも増して機嫌よく半日を過ごした土浦は、昼食を取るべくカフェテリアに向かっていた。
途中出会うサッカー部の先輩後輩といちいち昨日の試合を熱く語り合ってしまうせいで、なかなか目的地に着けない。
結局、昼休みが半分近く終わったところでようやくエントランスに辿り着いた。
と、戦争状態の購買部からもみくちゃにされながら出てきた人物。
ヘロヘロになりながらも戦利品の紙袋を死守する姿に笑ってしまう。
「おーい、日野!」
思わず賭けた声にハッと顔を上げた彼女は、不機嫌そうにしかめた顔をみるみる赤く染め、脱兎の如く走り去ってしまった。
「……なんだよ、日野のヤツ」
「そりゃあ、今朝のアレに決まってるだろ」
一緒にここまで来た実川が呆れた声でそう言った。
「今朝?」
「何お前、覚えてねえの?
交差点のとこで──」
── 今朝…………交差点……?
「──── あ゛」
そういえば、朝から浮かれた気分で登校していた土浦は、見知った顔を見つけて思わず喜びを分かち合う行動に出たのだった。
いや、分かち合ってなどいない。
一方的に、だ。
「てっきり確信犯だと思ったのに」
「ばっ……そ、そんなんじゃねえっ!」
「マジで無意識なのかー?」
「あ、当たり前だろっ!」
「ふ〜ん」
親友のにやけた視線に晒されて、土浦は顔を赤くして慌てることしかできなかった。
「一言詫びとけよー」
「……おう………」
その後カフェテリアに向かった土浦は、味のしないうどんを胃に流し込むことになった。
午前中とは打って変わってぼんやりとした午後を過ごしている土浦。
毎日アンサンブルの練習をしている今、放課後には必ず彼女と顔を合わせるのだ。
何と言って謝ろう?
悪かった、と頭を下げる他ないのではあるが。
放課後までに何とか考えておかなければ、と思っていた土浦は思いがけずその瞬間が早くやってきたことに狼狽した。
教室移動だった5時間目の授業が終わり、教室に戻る途中の廊下で彼女と鉢合わせしてしまったのである。
胸元に教科書を抱えているところを見ると、彼女のクラスはこれから教室移動らしい。
目が合った瞬間、彼女がふいっと視線を逸らした。
一緒にいた友人たちに、それでね、とわざとらしく話しかけながら横を通り過ぎていく。
「── 日野!」
振り返って呼び止める。
ぴくりと肩を震わせて、彼女は足を止めた。
彼女の友人たちが、先行ってるね〜、と小走りで去っていく。
「………な、何よ」
「その……今朝は悪かったな」
「………悪いと思うなら、あんなことしないでよ」
「別に悪気があったわけじゃ……いや、言い訳だな、悪い」
「もうっ……どうせ誰彼構わず抱きついてるんでしょ」
「誰彼って……んなわけねぇだろ」
「今朝だって実川くんに抱きついてたじゃない」
「あれは抱きついたんじゃなくて──
って、スポーツやってりゃ、ああして喜びを分かち合うこともある。
そのくらいお前も知ってるだろ」
「知りませんー!
……もういいよ、土浦くんは実川くんとイチャイチャしてれば?」
「イチャ……お前な、実川は男だろうがっ」
「はいはい、どうせ私も男みたいなもんですー」
「馬鹿、お前のどこが男なんだよっ」
走り去ろうとした彼女の二の腕を咄嗟に掴んだ。
引き寄せてしまったせいで、思いがけず顔が間近にあった。
目の前で彼女の顔がみるみる赤く染まっていく。
つられて自分の顔も赤くなっていくのを、土浦は自覚していた。
「つ……土浦くんのバカっ!」
掴んでいた手を振り払われ、走り去る彼女の背中を呆然と見送ることしかできない土浦。
「あ〜あ、完全に怒らせたなー」
「………っ」
実川の呑気な声がグサリと胸に突き刺さる。
そんなこと、言われなくても分かっているのに。
「つか土浦〜、お前らが付き合ってないってのが信じらんねー」
「なっ……」
「いいからさっさとくっついちまえよー、告白でもなんでもしてさ〜」
無責任に言い放ち、自分を置き去りにして教室に戻っていく親友の後ろ姿に向かって、
「── そうしたいのはヤマヤマなんだけどな」
ひとりごちて苦笑する。
彼女にとって大事なコンミス試験が一段落するまでは──
ぐったりと疲れて重くなった足を引きずるようにして廊下を歩きながら、とりあえず今日の放課後、どんな顔をして彼女に会えばいいのかという難問に頭を抱える土浦だった。
〜おしまい〜
【プチあとがき】
なんかグダグダになったー。
おまけのつもりの話のほうが長くなったとは(笑)
【2011/01/30 up】