■いんびてーしょん in うぃーん 〜K.Eさんの場合〜 土浦

☆サイト開設6周年記念リクエスト大会☆
takeさまからのリクエスト『友人前で無意識にいちゃつく土日』(うぃーんシリーズ+子猫のワルツ設定)

 高校2年の夏、衛藤桐也は短期留学をする計画を立てた。 卒業後の本格的な留学を見据えての、ちょっとした予行演習のようなものだ。
 音楽漬けのそれなりに刺激的な2週間の全日程を終え、残る夏休みの数日をその地で過ごす。 そのために留学の場所をウィーンに決めたのだ。

*  *  *  *  *

 正午少し前、指定されたカフェハウスの角でその時が来るのを待った。
 人々が行き交う様子をぼんやり眺めていると感じるのは、以前住んでいたアメリカとは全く違う歴史と伝統の重み。 昔この通りを歩いた作曲家の作品を自分が演奏しているのかと思えば、なんとなく感慨深い。 吸い込む空気までがクラシカルに思えるのは、さすがクラシックの本場ということなのだろうか。 とはいえ、実のところはこれからやってくる待ち人のことばかり考えていていたのだが。
「── 桐也くーん! お待たせー!」
 ドイツ語ばかりの中に響く日本語。 カフェの横の路地の奥から待ち人が大きく手を振りながら駆けてくる。
「── 香穂子!」
 久し振りの再会に足は無意識に動いて駆け出していた。

「カフェの場所、すぐわかった?」
「メールで地図送ってくれただろ?  歩いてみると結構道がごちゃごちゃしてるけど、地図見ながら来たから割とすぐ辿り着いた」
「そっか、よかった!」
 さっき彼女が来た方向へと歩きながら、衛藤は胸の鼓動を押さえつけるのに必死になっていた。 ずっと会いたかった彼女が、今、隣にいる。
 短期留学することを知らせた時、彼女から誘ってくれたのだ。 『せっかくウィーンに来るなら会おうよ。うちでご飯ごちそうするよ』、と。 断る理由なんてあるはずもない。
 待ち合わせ場所にしたカフェの真裏に彼女の住むアパートがあるらしい。 路地を進んですぐに見える新しい建物を指差して、ここなんだ、と彼女が言った。 確かにカフェの真裏だった。
「なあ香穂子、明日ヒマ?」
「うん、大丈夫だよ」
「じゃあさ、ウィーン案内してよ」
「いいよ、どこか行きたいところある?」
「香穂子に任せる」
「りょーかい♪」
 こっちだよ、と導かれてエントランスの奥のエレベータに乗り込んだ。 向かうは3階。 彼女は303の扉の前で立ち止まり、鍵を開ける。 アパートまでの道順と部屋がわかったら、次はひとりでも来れる。 そのうちふいうちで来て驚かせてやろう、とこっそりほくそ笑んだ。
「どうぞ〜」
 開けてくれた扉の中へと入った。 さすが日本人── 短い廊下で靴を脱いでスリッパに履き替える。
「── おかえり〜。その子がカホコの後輩? ハジメマシテ〜」
 部屋にいた金髪女がドイツ語とカタコトの日本語でやたらフレンドリーに握手を求めてきた。 せっかく二人きりだと思っていたのに── 目論見が外れてちょっとムッとする。
「………こいつ誰?」
「学校の友達だよ。ジニーっていうの。あっちはルーク。ジニーの彼氏さん」
 見れば奥のソファーに座る男がニッコリ笑顔でハ〜イ♪と手を振っていた。
「……他にも誰か呼んでんのか?」
「ううん、二人だけだよ。 月森くんも誘ったんだけど、用があるんだって。 どうせなら人数多い方が賑やかで楽しいでしょ?  料理作るのだって1人も3人も同じことだし」
「……1人と3人じゃ大違いだろ」
 ほんの少しだけ料理をかじったことのある衛藤にはわかる。 彼女が食べる分を入れて2人分の料理を作るのと4人分を作るのとでは、使う材料の量からして違うのだ。
 だがまあいい。
 ここにいる二人以外に呼んでいないということは、『あいつ』と顔を合わせるわけではないのだ。 同じ国に留学しているとはいえ、いつも一緒に行動しているわけでもないだろうし。
「あ、そうだ。 桐也くんってドイツ語大丈夫?  ジニーたちとはドイツ語で会話することになるけど」
「日常会話くらいならいける」
「じゃあ大丈夫だね。話がわからなくなったら言ってね、通訳するから」
「うん、頼む」
「じゃ、座って待ってて」
 にこり、と笑うと香穂子はキッチンへ向かった。
 ルークという男の隣に座るのも嫌で、場違いに大きなテーブルの前に腰を下ろした。 よく見ればなかなかいい部屋だ。 学生の独り暮らしにしては贅沢なほどの広さがある。 テーブルに肘をつくと、ぐいっと下がった気がした。 テーブルクロスをめくってみると板を乗せただけの急ごしらえのテーブルもどきだったから思わず笑ってしまった。
「あーん、ジニーっ!  ちょっと手伝ってー!」
 小さなダイニングテーブルでサラダを盛り付けていたジニーがこれ見よがしな大きな溜息を吐いた。
「もう、料理できないんなら買ってくればいいじゃない」
「できなくなんてないよ。ちゃんと教えてもらって簡単なものなら作れるようになったんだから!」
 『料理できない』……?
 なんとか聞き取れた会話に、これから出されるものはちゃんと食べられるものなのだろうかと少し心配になってくる。
 香穂子がフライパンの中に何かを入れるとジュッといかにも熱そうな音がする。
「初心者がいきなり5人分なんて無理なのよ」
「そんなこと言わないでよ、私じゃなきゃ無理じゃないんだから」
「だったら最初からやらせなさいよ」
 ……おかしい。 ドイツ語はちゃんと聞き取れているはずなのに、いまいち意味がわからない。
 と、奥の部屋の扉がガチャリと音を立てて開いた。
「── げ」
 扉から出てきた人物に思わず絶句する。
「Wao! リョウってばセクシー♪」
「ジニーっ! 他の男に見惚れるなぁぁっ!」
 そう、扉から出てきたのは『あいつ』── 土浦梁太郎だったのである。 明らかに寝起きの彼はぼさぼさに乱れた頭をぼりぼり掻きながら部屋を横切っていく。 ジニーが『セクシー』と評したのは、彼が上半身に何も身につけていないからである。
 何かを炒めていた香穂子はカチャンと菜箸を置いて梁太郎に駆け寄って、もう一つの扉に入ろうとした彼のハーフパンツの腰のゴムの部分をぎゅっと掴んで引っ張った。
「起きたんなら手伝ってよー!」
「知るか。 お前の客であって、俺の客じゃねえ」
「そんなこと言わないでー!  お願いします梁太郎先生っ!」
「引っ張るなっ! 脱がす気かっ!」
 香穂子がぱっと手を放すと、梁太郎は扉に入っていく。 チラリと見えたその中はサニタリーらしかった。
「……なあに、あれ? 喧嘩でもした?」
「ううん……なんか機嫌悪くて。 昨日も『明日はみんなが来るから早く寝よう』って言ったのに、夜中のサッカー中継見てたんだよ」
「それで今頃起床ってわけ」
「そう。……もう、みんながいるってわかってるんだから、ちゃんと服着て出てくればいいのに」
「全裸で出て来なかっただけマシだと思いなさいよ」
「やだ、いくらなんでも全裸はないよ!」
「自分ちなら別に誰が見てるわけでもねえーんだし、いいじゃん全裸でも」
「えーっ、ルークって部屋で全裸なの?」
「いつもじゃねえけど。なかなか開放的になれていいぜ?」
「うそーっ、せめてパンツくらい履こうよーっ」
 衛藤はドイツ語を勉強しなければよかったと今ほど強く思ったことはない。 あの日野香穂子が『全裸』をネタに会話しているなんて──
「……お前ら、何の話で盛り上がってんだよ」
 身支度を整えて出てきた梁太郎が疲れた顔で溜息を吐いた。
「何って、リョウの裸の話に決まってるじゃない」
「お前らな……おい、香穂。フライパン、焦げてるぞ」
「えっ、うそっ !?」
 慌ててキッチンへ戻り火を消す香穂子。 言われてみれば部屋の中がちょっと焦げ臭い。
「やーん、どうしようっ!  せっかくの和風きのこパスタがっ!」
 がっくりと肩を落とす香穂子の背後からフライパンを覗き込んだ梁太郎が、
「焦げ過ぎたやつを取り除けば大丈夫だろ。 きのこの量は減るが、パスタを入れる前でよかったと思えよ」
「あうぅ」
 梁太郎は項垂れる香穂子の頭をぽん、と叩き、彼女の手から菜箸を取り上げて、フライパンの中から黒こげの物体をひょいひょいと摘まみ出していく。
「ほら、ぼーっとしてないで、そこの鍋、火にかけろ」
「え……?」
「昨日サッカー見ながらグヤーシュ作っといた」
「えっ」
 梁太郎を見上げている香穂子の大きく見開いた目がうるうると潤んでいく。 次の瞬間、香穂子はがばっと梁太郎の胸に抱きついた。
「梁、大好き! 愛してるっ!」
「うわっ、火の前にいる時に抱きつくなっ!」
「はいはいはい、どうせ一緒に住んでるんだから、いちゃいちゃするのはあたしたちが帰ってからにしてちょーだいね〜」
 彼らの背後にある冷蔵庫をガコンと開け、中からワインを取り出してくるジニー。 驚くでもなく半ば呆れた口調なのは、その光景が見慣れたものだからなのだろう。
 ── 多少は事情が変わってるかと思ったのに。
 藁にもすがるような微かな希望すら打ち砕かれて、ガタン、とテーブルもどきを揺らして衛藤は立ち上がる。
「………帰る」
 ぼそりと一言呟いて、靴をつっかけ外に飛び出した。
「えっ、ちょ、き、桐也くんっ!」
 閉まりかけたドアの隙間から声が聞こえたけれど、もう振り返らない。 エレベータを待つのももどかしくて、傍にある階段を駆け下りた。 ホテルまではそう遠くない。 地図なんて見なくても帰りつけるはず。
 結局、15分ほどで来た道を迷いに迷って2時間近くかけて、ようやくホテルに辿り着いた。 荷物をまとめてすぐさまチェックアウトすると、そのまま空港へ。 空席のあった成田行きの飛行機のチケットを手に入れ、さらに2時間待って機上の人となったのだった。

*  *  *  *  *

「えっ、ちょ、き、桐也くんっ!」
「ほっとけほっとけ」
「で、でもっ!  桐也くん、ウィーンのことあんまり知らないんだよ!」
「迷ったとしても、ドイツ語できるんなら道聞くことくらいできるだろ」
「そんな、無責任だよ……私、今から追い駆けて連れ戻してくる!」
「勝手に出てったのはあいつだぜ?」
「でも……何か気に障ることがあったみたいだし、謝らなきゃ」
「何って言われてもよくわからないけど……そうだ、後で桐也くんが泊まってるホテルに行って── って、どこのホテルか聞いてなーいっ!」
 日本語で交わされる意味不明な会話を聞き流しながら、ジニーはワインのコルクをきゅぽっと開け、とくとくとグラスに注いで一口飲む。
「うわジニー、先に飲んじゃマズいだろっ」
「だってお腹減ったんだもーん」
「んなこと言ってる時じゃねーじゃん。カホコの友達が──」
「ルーク、あんた鈍感すぎ」
「なんだよそれ !? 頼むからオレにも分かるように説明してくれっ」
 ジニーはもう一口ワインを喉に流し込むと、
「── リョウはね、あの子に現実を教えてやったの」
「……は?」
「見たでしょ?  この部屋に入ってきた時には嬉しそうだったのに、あたしたちがいるってわかったら急に不機嫌になって。 リョウが寝室から出てきた時のあの絶望感に打ちひしがれた顔なんて、わかりやすいなんてもんじゃないわよ」
「……ってことは── あいつって、カホコに惚れてるってことか!」
 そして三人の視線は当然ながら香穂子へと注がれる。 いきなり注目されてきょとんとした顔でぱちぱちと瞬いて、最後にぷっと吹き出した。 顔の前でぱたぱたと手を振って、
「あははっ、ないないないっ!  だって桐也くんは可愛い弟みたいなものだもん」
 三人の口から同時に溜息が零れた。
「カホコ……あんたって罪な女ね」
「え……えっ、それってどういう意味よ?」
「……苦労するわね、リョウ」
「察してくれるか」
「ええ……半裸姿を見せつけるなんてわざとらしいアピールまでしなきゃいけないのもね」
「まあな」

 その後、茹で過ぎてフニャフニャになったパスタは梁太郎の手により堅焼きそば風きのこあんかけパスタに生まれ変わって四人の腹に収まり、 梁太郎がかけた何本もの電話によって衛藤が無事日本に帰りついたことが確認されたのだった。

〜おしまい〜

【プチあとがき】
 こ、こいつら酷すぎないか……?
 衛藤スキーの方はお読みにならないほうが……ってここで書いても遅いですよね(汗)
 一応安否確認させたので許してください。
 書いてる途中、ジニー嬢がもっと過激なことを言ってたんですが、
 さすがにアレなので自主規制しました(笑)
 グヤーシュってのは牛肉を使った煮込み料理(?)
 日本の味噌汁的な家庭料理らしいです。
 結局香穂子のためにちゃんと料理作ってる土浦さん(笑)
 takeさま、リクエストありがとうございました♪

【2010/11/02 up】