■シュミは果てしなく 土浦

 ここ数日、土浦梁太郎はふてくされていた。
 『強面』と評されている顔は一層迫力を増し、近づけば「ほっといてくれオーラ」がビシビシと肌を突き刺すほど。
 理由は、晴れて恋人と呼ばれる関係となった人物にずっと避けられているからなのである。
 いや、もしかすると「避けられている」というのは単なる被害妄想なのかもしれない、と思い直して懸命に自分を慰める。
 朝はいつも通り迎えに行って、楽しくおしゃべりしながら登校する。
 昼も時間が合えば一緒に昼食をとる。
 だが、放課後になると彼女は『ごめ〜ん、ちょっと寄るところがあって』とどこかへ姿を消してしまうし、休日の誘いもやんわりと断られてしまう。
 ── 一緒に練習したいのに。
 梁太郎は彼女の奏でる音が聞きたくて仕方なかった。それ以上に彼女と一緒にいたかった。
「……女々しいな、俺」
 頭をガリガリと掻きむしりながら、一人寂しく帰宅の途に就く日々が続いていた。

 ある休日、梁太郎はショッピングモール内の楽器店を訪れていた。
 以前ここに来た時に注文しておいた楽譜が入荷した、と連絡を受けたからである。
 もちろん、一人で。彼女を誘おうとしたものの、その機会すらなかったのだ。
 楽器店を出て、メシでも食って帰るか、とブラブラしていると、どこかからやたら賑やかな音楽と歓声が聞こえてくるのに気がついた。 人の流れもそちらへ向かっているようで、興味をそそられ足を向けた。
 行きついた先は催事場。要するにイベントホールである。
 わらわらと集まってくる人だかり。皆が注目しているのは奥にあるステージ。その上ではMCらしき二人がマイクを手に何やらしゃべっている。
 と、後ろから肩をパシンと叩かれた。
「やっほ〜♪ あんたも応援に来てたんだ〜」
 振り返れば顔馴染みの報道部員がカメラ片手に満面の笑み。
「応援って……誰のだよ、天羽」
「えっ、知らないで来てたの? やっだ、香穂から聞いてない? コンテストの話」
「はあ…?」
『── それでは次の方! エントリーナンバー6番【日野香穂子とゆかいな仲間たち】!』
「っ !? な、なにやってんだよ香穂っ!」
 にこやかに舞台上に登場した香穂子の姿を見た瞬間の梁太郎の絶叫は、観客の大きな歓声に掻き消された。

*  *  *  *  *

 イベントが終了した会場では、パシャパシャとシャッターを切る音があちらこちらでやかましいほど聞こえていて。
 梁太郎は天羽に引きずられ、一際大きな集団の所へと向かっていた。人垣を掻き分け進んでいく。
「香穂〜! 優勝おめでとー!」
「ありがとー!」
 ひょんと飛び跳ねた香穂子は嬉しそうに天羽に抱きついて。その後ろにいた梁太郎を見つけて、さっと顔色を変えた。
「って、うわっ !? ……き、来てたんだ…?」
「お、おう……」
 気まずい空気が一瞬にして充満した。
 そこにいる香穂子は制服でもなければ私服でもなく。時代錯誤な真っ黒な着物に袴姿で腰に帯刀、顔には黒々と稲妻のようなペイントを施し、 額の横に結び目を作った幅の広い鉢巻のようなものの上から高い位置で結んだポニーテールの毛先が広がっている。まるで赤いパイナップルのように。
「な……何やってるんだ…?」
「あー……えと…………コスプレ?」
「いや……それは見りゃわかるんだが……」
「だ、だよね……あは、あはははっ」
 空笑いする香穂子。困惑の極みである梁太郎には深い溜息を吐くことしかできず。
「で……ずっと俺をほったらかしにしてたのは、それが原因か?」
「えと……そういうことに、なるかなぁ……放課後とか休みの日に友達の家に集まって、衣装作ったり、決めポーズの練習したりとかして、何かと忙しくって。 だってほら、梁ってこういうことに興味なさそうじゃない? だから言い出せなかったっていうか……」
 尻すぼみになった語尾をもごもごと呟きながら、香穂子はしょんぼりと俯いてしまった。
 呆れたようにもう一度溜息を吐いた梁太郎は、元気に跳ねる赤パインを乱さないように注意して彼女の頭をぽふぽふと撫でて、
「そりゃ、コスプレには興味ないが……一応言ってくれよ。コソコソされると、やっぱ落ち込む。それに──」
「それに?」
 言葉尻を捕らえ、目を輝かせて見上げて来る。ドキリとして目を逸らした。
「……お前のその格好、何のキャラかくらいはわかるぜ── 割と好きなキャラだし
「ほんとっ !?」
 口の中で呟いた言葉は彼女の耳にはしっかり届いたらしい。さらに目をらんらんと輝かせた香穂子はがしっと梁太郎の手を握り締める。
「じゃあ、このキャラ譲るから次は一緒にやろっ! 衣装とカツラは任せて! ばっちり作るからっ!」
「だからコスプレには興味ないって言ったろっ!」
「え〜、梁くらいの背があったらすっごく似合うと思うんだけど〜」
「俺を巻き込むなっ!」
 彼女に避けられていたわけではなかったことがはっきりしたのは良かったが、彼女の方向性を見失いそうで少々不安になる梁太郎だった。

〜おしまい〜

【プチあとがき】
 書いてしまった……イトケンさん某コスプレ番組ご出演記念(笑)
 ゲストの声優さんが持ちキャラのコスで登場するという番組なのだよ。
 出演は少し前に番組公式ブログで知ってたんだけど、まさか土浦コスだったとは。
 てっきりメジャーな恋次で来ると思ってたんだよね。
 緑色のヅラに、眉を緑に染めた(塗った?)イトケンさん、なかなかの破壊力でした(笑)
 あのヅラはいかんよ。毛が長すぎる。長さ的には火原に近い。
 というわけで、恋次コスをした香穂子さんのお話でした(笑)

【2010/01/25 up】