■土日で五十音【ら行/わ行】 土浦

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 【ライトモティーフ】
 例えば教室で友人たちが話題にしていた映画が、昨日の帰りにあいつと見たばかりのものだったり。
 例えばたまたま見ていたテレビ番組で映っていたのが、休日にあいつと行ったことがある場所だったり。
 例えばその番組で流れてきたBGMが、『今、練習中なの!』とあいつが聞かせてくれた曲だったり。
 他にも、あいつと出かけるならどこがいい、とか、この料理はあいつも好きそうだな、とか、あいつにこの服着せたら似合うだろうな、とか。
 必ずひょっこり顔を出して、俺の思考を支配していくあいつ。
 今の俺を音楽に例えたら、ライトモティーフは間違いなくあいつだ。

(なんかキモい…/Leitmotiv = 変化しつつ何度も繰り返される主題旋律(動機)、ワーグナーのオペラ曲が有名)

 【リーダーのお仕事】
「── なーんであそこで突っかかるかなぁ?」
 俺の目の前には、両手を腰に当てて仁王立ちしている香穂。
 呆れたような、怒ったような、機嫌がいいとはとても言いがたい顔で。
 言われなくてもわかってるさ。自分でも大人気なかったと猛省中だ。
 練習を中断させてしまったことも申し訳ないと思ってる。
「……悪かったよ」
 ふぅ、と大きな溜息を吐いてから、香穂はニコリと笑う。
「わかったならよろしい! じゃ、私は月森くんを呼んでくるから、ここにいてよね!」
 そう言って練習室を飛び出していく。
 はぁ……気は重いが、仕方ない。きっちり詫びを入れとくか。
 ……こうやって俺は、どんどん香穂に頭が上がらなくなっていくんだろうか?

(アンコ対立イベントより)

 【ルイーゼの気持ち】
 香穂がうっかり落としてぶちまけた楽譜の中に、やけに古ぼけたものがあるのに気づいて開いてみた。
 タイトルはドイツ語らしく意味まではわからない。作曲はモーツァルト。歌詞が書かれているということは、歌曲のピアノ伴奏譜のようだ。
 聞いたことも、弾いたこともない曲だった。
「なんだ、これ?」
「ああ、それはね──」
 床の楽譜を拾い集めながら、ちらりと俺の手元を見た彼女は少しバツが悪そうに顔を歪めて、
「── 私たちがごたごたしてた時にね、森さんが『土浦くんに叩きつけてやんなさい!』って貸してくれたの」
 もういいから、と香穂は俺の手からすっと楽譜を抜き取った。
 興味をそそられた俺は再び香穂から楽譜を奪い返す。
「あっ、ダメだってばっ!」
「いいだろ、ちょっと弾いてみるくらい」
 手を高く上げてしまえば、もう彼女には届かない。
 借り物の楽譜を粗末にできないと思ったのか、香穂は取り返すのを諦めたらしかった。
「……早めに返してよね」
「わかってるって、明日には返すさ」
 俺はその楽譜を自分のカバンの中へと収めた。

 家に帰ってざっと弾いてみたものの、どういう曲なのかがイマイチ掴めない。
 仕方なくネットで調べてみることにした。
 タイトルは『ルイーゼが不実な恋人の手紙を焼いたとき』(なんて長いタイトルだ!)
 解説には──『嫉妬の炎を燃やして、裏切った恋人からの手紙を焼く女性の内面劇』。
 手紙を渡したことは一度もないが……って、あいつはどこまで森にしゃべったんだっ !?
 次に出会った時、どんな顔すりゃいいんだよ。
 ガシガシと頭を掻き毟りながら解説の続きを読み進める。
 俺は知らず笑みを浮かべていた。
 『── それでも未練を絶ち切れず、愛情の炎が胸に燃え続けて──』

(解説部分はWikipediaより/非常手段に出た気がしないでもない)

 【レモン】
「うわっおいしそう!」
 体育祭でくたくたになった者たちが歓声を上げたのは、後輩が差し入れてくれたレモンパイ。
「やっぱりめいっぱい身体動かした後はレモンだよね!」
「スポーツドリンクとかじゃなくて?」
「うん。中学の頃さ、部活終わってからよく食べてたよ、レモンのはちみつ漬け!」
「へえ、もしかして差し入れですか? 先輩も隅に置けませんね」
「違う違う! 女の子に差し入れてもらった友達のおすそ分けだって! そういう土浦は結構差し入れ、もらってたんじゃない?」
「そういえば──」
 その瞬間、ゾクリと背筋が寒くなった。
 この流れで『そういえば』とくれば、続くのは『もらった』しかない。
 どうしてここで、苦い思いしかない過去を晒さなければならないのだ。
 聞かれたくなかった相手を視線で探す。
 昔のことはあらかた話してはいるが、今さら重箱の隅をつつくような細かいことまで話すことに意味はないはず。
「んーっ! おいひいっ! 冬海ちゃんの手作りケーキ、最高っ!」
「よかった……ありがとうございます、日野先輩」
 女ふたりで和んでいる姿が目に入って、ほっと胸を撫で下ろした。

(「昔の女」に何度かは差し入れてもらったはず)

 【ロマンティスト】
「おい、日野!」
 あまりにもどんよりした空気を背負って歩いていたから、思わず声をかけた。
 ゆっくりと振り返った彼女の表情もどんより。想像通りで逆に笑いそうになってしまった。
「どうした? 何か悩みか? 俺でよければ──」
── じゃなかったの
「は…?」
「『ロマンティスト』じゃなかったのよ」
「はあ?」
 まったく話が見えない。
 何が、と訊こうとしたところで、彼女が俺の腕をぐっと掴んだ。
「だから、『ロマンティスト』じゃなくて『ロマンティスト』だったの!」
「……はあっ !?」
 ますます見えなくなる話だったが、彼女曰く、勉強中に辞書を調べていて気づいたらしい。
 よほど悔しかったのか、俺の腕を掴む彼女の手にさらに力が入る。
「……考えてみれば『 romantic 』に『 -ist 』がつくんだから、当然『 romanticist 』よね。『ロマンティスト』じゃ『 ci 』はどこ行っちゃったの?って話になるもの」
 独り言のように呟いた彼女は、はふぅ、と大きな溜息を吐きながら、掴んだ腕はそのままに、ぽてっと俺の二の腕辺りに額を落とす。
 ドキン、と心臓が跳ねた。
「……なんかショックぅ」
 果てしなくしょーもないことで思い悩んでいる彼女はおそらく無意識なのだろうが、俺的にはこの状況は非常に── 嬉しいかもしれない。
「……ま、知識が増えたと思って喜んどけよ」
 腕に寄りかかる彼女の頭を、空いた手でがしがしと掻き回す。
 と、彼女はガバッと顔を上げ、ぱっと手を離して数歩後ずさった。
「ごごごごごめんっ!」
 じゃあね!と慌てて逃げ出した彼女は真っ赤な顔で。
 そこまで意識するなら最初からするなよな、と苦笑が浮かんでくる。
 腕にはまだ、彼女の重みが残っているような気がした。

(アホの子・香穂子(笑)/『ろ』のつく言葉を探して国語辞典を見ていたあたしも、ついさっき知りました)

 【ワンパターンな彼ら】
「や、香穂っ!」
 被写体を探して足を運んだ森の広場、奥まった場所のベンチに知った姿を見つけて駆け寄った。
「こんなとこで何し、て──」
 手に持ったデザート系のカップをプラスチックのスプーンでざくざくとつつきながら顔を上げた彼女を見て、思わず言葉を飲み込んだ。
 ── 完全に目が据わっていた。
 彼女がこんな風に負の感情を表している時は、たいてい『彼』が一枚噛んでいる。
「えーと……もしかして、冷戦中…?」
 こくりと頷いて、せわしなく動いていた手を休めて膝に下ろした彼女の隣へ座る。
 ちらりと見えたカップの中は、茶色いドロッとしたもの── おそらく元はプリンだったと思われる。
 見てはいけないものを見てしまったような……こみ上げる溜息を押し留め。
「で、今回の原因は何なのさ?」
「あのね──」
 そのままピタリと一時停止。
 あんぐりと開いたままの彼女の口からは、いくら待っても次の言葉は出てこなかった。
「………………あー……なんだっけ?」
 コクッと小首を傾げる彼女。
 ワンテンポ遅れて、まるでコントのように私の肩がズルッと下がる。
 ケンカの理由を忘れちゃってるのも、いつものこと。
 まぁ、『ケンカするほど仲がいい』って言葉もあるけどさ。
 わかっていながらもヘコんでる親友を放っておけずに声をかけ、毎回げんなりしてる私もたいがいワンパターンな人間なのかもね。

(ワンパターン……ああ、なんて胸にグッサリ刺さる言葉……)

 【をみなへし】
 ぱらり、ぱらりとページをめくる音。
 合間に、ふぅん、とか、へぇ、とか相槌のように声が入る。
「やけに熱心に読んでるな。何の本だ?」
 たまりかねて声をかけてみたら、本から視線を上げることもなく『花に関する本』と答えが返ってきた。
「7月のことを『女郎花(おみなえし)月』とも言うんだって。でも秋の七草にも女郎花ってあるじゃない? なんで秋の草なのに7月?」
「そりゃ旧暦だから、とか? ほら、今の暦と1ヶ月くらいズレてるだろ」
「あー、なるほどー」
 納得した彼女は再び本へと戻っていった。
 しばらくして、
「ああっ! 惜しいっ!」
 声の大きさにギョッとして、どうした?、と声をかける。
「『7月23日の誕生花』も女郎花だって! 梁、あと2日早く生まれてたら、女郎花づくしだったのにぃ!」
 ……んなことはどーでもいいんだが。
「へー」
 気持ちが声に現れてしまっていた。我ながらまったく気のない平坦な声だ。
 ギロリ、と彼女に睨まれて、
「じゃ、じゃあ『7月25日の誕生花』ってのは何なんだ?」
 慌てて言い繕う。
 もう既に調べてあったんだろう。
 彼女は本を見ることなく、憮然とした顔を頬杖に乗せ、
「ブーゲンビリア。花言葉は── 『薄情』」
 ギクリ。
 彼女のジト目が俺に突き刺さる。
 ── マジであと2日早く生まれてりゃよかったかも。

(女郎花=『親切、忍耐』/調べたら「ブーゲンビリア=情熱」の方が多かったけど、こっちのほうが面白かったので)

 【『ん……』】
「ん……」
 気のない相槌のような返事は、是なのか非なのかわからなかったから。
「……どっちなんだよ。するのか? しないのか?」
 焦れて問い詰めるような口調になる。
 俯いて唇を噛み、ぐすぐすと鼻を啜り上げていた彼女は、
「……ん」
 俺に向かって左手を突き出した。
 ふぅ、と安堵の大きな息を吐いてから、ずっと握り締めていたせいですっかり温かくなってしまった丸っこい小箱から小さな環っかを取り出して、震える手で彼女の指の1本にそれを通す。
 左手を胸元で抱き締めるようにして、んっ、と嗚咽を漏らしたと思ったら、突然体当たりをするように胸に飛び込んで来た。
 慌てて受け止めた腕の中で『嬉しい』と涙混じりの小さな声が聞こえて、俺は彼女の身体を力いっぱい抱き締めた。

(プロポーズ成功おめでとう/【け】の続き的な)

【プチあとがき】
 完遂しました、『土日で五十音』! いかがでしたでしょうか?
 バラエティに富んだ話を書こうと努力はしたのですが……(汗)
 単に己のボキャブラリーと展開のバリエーションの少なさを露呈しただけに終わったかも。
 で、今回気づいたこと。
 どうやらあたしは土浦主観の話が書きやすいらしいです。(何を今さら…)
 進むにつれ失速して、息切れどころか虫の息になってる感がひしひしと…
 ともあれ、お楽しみいただければなによりでございます。

【2009/09/18〜26 up】