■土日で五十音【ま行/や行】
★このページは【ま行】【や行】です。
ま 【また明日】
心許ない街灯の明かりの中、辿り着いた家の前。
「── じゃあな」
「うん、バイバイ」
どうせ明日になればまた顔を合わせるのに、口にした別れの言葉がやけに寂しくて。
歩き出した彼の背中に向かって、また明日ね!、と大きな声で言ってみた。
「おう、また明日な!」
振り返って手を上げた彼が笑顔で言ってくれたから。
他愛ない、約束とも言えない小さな約束が、胸にほっこりと温かかった。
(数時間後には会えるのにね)
み 【見つける】
── おっ、今日も元気に頑張っているな、日野香穂子!
我輩が与えた魔法のヴァイオリンもすこぶる調子がいいようで何よりだ。
ふふん、我輩が精魂込めて作ったのだ、当然といえば当然なのだ!
おおっ? 日野香穂子に話しかけているあの男子生徒は……
姿消しの魔法をほんの少し緩めたまま、日野香穂子の頭上へとひらりと舞い降りた。
すると。
お? おおっ !?
目が合った?
ヒクッと顔が引きつった。
その目そらしは不自然すぎるっ!
── 見つけた!
「── お前もコンクールに参加決定なのだ!」
(無印ネタ)
む 【胸を貸す】
ガバッと大きく両手を広げて、ドーンとこの香穂子さんの胸に、なんて言うから──
遠慮なくぼふっと顔を埋(うず)めてみた。
細い腰に腕を回して、引き寄せて、縋りつく。
座りがよくなるように頭をぐりぐり動かし、位置を微調整して。
── あ。
トクン、トクン。
ゆったりしたリズムが耳に直接響いてくる。
すぅっと潮が引くように、心が凪いでいった。
トクン、トクン。
柔らかなリズムがあんまりいとおしくて、逃がさないように抱き締める。
子供をあやすみたいに頭を撫でてくる感触が眠気を誘うほどに心地よい。
ふ、と口元に浮かんでくる笑み。
「── 相変わらず、埋まり甲斐のない胸だよな」
「なっ !? そんなこと言うなら、もう貸さないっ!」
「冗談だって」
ゲラゲラ笑いながら、背中をポカポカ叩いて暴れる彼女の腰を、回した腕でぎゅっと締め付けて。
こんな軽口が言えるなら── もう大丈夫。
(コミクス13巻をネタに妄想してみた)
め 【メモ】
うっかり忘れてきた教科書を、彼女から借りてきた。
ページを開くと余白にちょこちょこメモ書きがあることに気がついて、最初のページから順番に辿っていく。
イチゴ、メロン、オムライス、茶碗蒸し── 脈略なく食べ物の名前が続いた後で、『おなかすいた』。
授業中にも関わらず思わず吹き出しそうになって、慌てて口を手で覆った。
あいつにはどうも、考えていることを無意識に書き込んでしまうクセがあるらしい。
さらにめくっていくと、ヴァイオリン、コンクール、伴奏者といった言葉が出てきた。
小さな羽根つきにヴァイオリンを押し付けられて途方に暮れていた頃だろう── なんだか懐かしい。
その時に何を考えていたのかが手に取るようにわかるメモ書きをさらに辿っていく。
「── 次、土浦!」
「は、はいっ!」
いきなり教師に名指しされ、慌てて立ち上がる。
な、何の指名だ !? 質問に対する回答か? それとも文章の音読か?
「── 194ページ5行目!」
隣の席から実川が小さな声で叫んでくれて、慌ててページを探す。
すると。
「うおっ !?」
バシッと大きな音を立てて教科書を閉じた。
目当てのページのページ数のその横に、さも重要と言わんばかりに何重にも巻いた楕円の中。
『土浦くん、大好き』の文字。
── 直後、教師から大目玉をくらったのは当然のことかもしれない。
(コミクス版の香穂子さんってそういうクセあるっぽいよね)
も 【妄想する】
あの角を曲がればあとは学校まで一直線、というところまで来た時、ふと会話が途切れた。
なにやらぶつぶつと呟いたかと思うと、きゃー、と小さく叫びながら空いた手でばふっと顔を覆った香穂。
「お、おいっ、いきなりなんだよ……気色悪いヤツ」
「え、あ、ご、ごめんっ」
顔から外した手でぱたぱたと顔を扇いでいる。その顔はなぜか赤い。
「そ、その……あの、ね……
登下校の通学路を一緒に並んで歩く、とか……
休みの日には一緒にどこかに出かける、とか……
その、もしも私に、か、カレシ、ができたら、って妄想してたことがひとつずつ現実になっていくなーと思ったら、
急に照れくさくなっちゃって…」
湯気でも立ちそうなほど赤い頬を手で押さえ、すっかり俯いてしまった。
髪が流れて覗いた耳まで見事に真っ赤だ。
……その程度の妄想で照れてどーする !?
「ね、土浦くんは妄想とかしないの?」
「しない」
── わけねーだろ。
俺の妄想を知られたら、待っているのは幻滅と軽蔑に決まってる。
だから口が裂けても絶対に教えてやるものか。
(土浦さんの妄想は8割がたエロいこと(笑))
や 【やり過ごす】
ぴたりと足を止めた土浦くんが、ちっ、と小さく舌打ちした。
「── 天羽がいた。ここでやり過ごすぞ」
私の腕をぐいっと引っ張り、側にあった自動販売機の陰に滑り込む。
自販機の横に背中をくっつけて向こうを窺うようすは、まるでドラマの刑事さんみたい。
そんなことを考えたのも束の間、私は引っ張られた勢いで、どすん、と彼にぶつかって。
気づけば頬が完全に彼の胸にくっついている。
咄嗟に離れようとしたけれど、掴んだままの腕をぎゅっと強く握られた。
「じっとしてろ。天羽に見つかるだろ」
えーっ !? で、でも、これはマズくないですかっ !?
向こうから来る(らしい)天羽ちゃんからは見えなくても、後ろから来る人からは丸見えで。
たぶん、寄り添ってる、とか、抱き合ってる、とか、そういう風に見えると思うんですけどー!
ちょっと足を動かしたら、彼が提げているレジ袋に膝が当たってガサリと音がして。
その瞬間、私の心もざわざわとうるさいくらいに音を立て始めた。
(わかっててやってるとしたらどーする?(笑)/「内緒の帰り道」妄想ばーぢょん)
ゆ 【夢を見る】
ふ、と意識が浮上しかけたと思ったら、腕に何かが巻きついたような気がした。
直後──
ごすっ!
「くはっ!」
脇腹に衝撃。一気に目が覚めた。
……ったく、膝蹴りするなよ。ここ最近なかったから油断してたぜ。
首をよじって時計を見ると、時刻はまだ夜明け前。
明日はどうせ休みだ、叩き起こしてやるっ!
と、腕に抱きついていた香穂が身じろぎして、俺の肩に顔をすり寄せる。
「── んふっ♥」
闇に慣れてきた視界の中に、これ以上ないほどの幸せそうな顔。
一体どんな夢を見ているのやら。
小言を言う気もすっかり消え失せて、蹴脱いで足元に丸まってしまったブランケットを引っ張り上げてかけてやってから、幸せそうな寝息をBGMに再び目を閉じた。
(短編「楽しい留学らいふ」参照)
よ 【寄り道をする】
自宅へ向かう道と駅へ向かう道との交差点に差し掛かった時。
「── 時間あるなら、どっか寄ってくか?」
ヒキッ。
顔が引きつったのが自分でもわかった。
「あー……無理なら、いいんだ」
違う、違うんだってば!
誘ってくれるのは本当に嬉しいの!
けどね……最近ちょっと、スカートがキツくなっちゃってるから。
だって、寄り道すると絶対何か食べるじゃない?
家に帰って夕飯食べないわけにもいかないし。
「えと、その……身体動かせるところがいい!」
「お、いいな……って、練習の後で大丈夫か?」
「平気平気! ぜんっぜん大丈夫っ!」
「ははっ、お前、タフだなぁ」
ケラケラと笑い飛ばしてくれたけど………少しは乙女心も理解してよね!
(釣った香穂子をさらに食い物で釣り続ける土浦氏)