■土日で五十音【あ行/か行】 土浦

 自分でも何をしたいのかよくわかんないまま始めてみます。
 文章の途中をブチッとちぎってきたような超短編。
 せっかくなので、五十音で適当なお題を設定しつつ進めたいと思います。
 ネタ帳のような、そうでないような。
 ゲームに沿ったものもあり、完全な創作もあり。

 ★このページは【あ行】【か行】です。

 【挨拶をする】
「はあっ !? まったくの素人 !?」
 泣きそうな顔で小さく頷き、ヴァイオリンを抱き締めるようにして背中を丸める女子生徒。
 ダンボールに入れられ道端に捨てられた小動物のようで、なんだか放っておくには忍びなくて。
「……しょうがないな。少しでよければ、練習、つきあってやるぜ。あ、俺は5組の土浦梁太郎」
「あ……私は2組の日野香穂子……です。よろしくお願いします」
 やけにかしこまった口調で差し出された手。
 握るとほっそりした指は驚くほどに冷たくて、少し震えていた。

(── すべてはここから始まった)

 【イチャイチャする】
「はい谷くん、あ〜ん♥」
「さんきゅ〜、東雲」
 差し出された卵焼きをパクリと頬張り、幸せそうに『うまい!』と一言。
 そんな2年2組の名物カップルの人目も憚らないイチャイチャっぷりに、梁太郎は思わず顔を赤らめ、ごふごふと変な咳をしながら目を逸らした。
「……絶対俺には無理だ」
 小さな呟きではあったけれど、隣にいた香穂子の耳には届いてしまったようで。
「そう? じゃあやってみる? はい、あ〜ん」
「なっ !? や、やめろって! だから無理だって言っただろっ!」
 箸の先に突き刺されたミートボールから必死に逃げる梁太郎。
「……あんたたちも似たようなもんだってば」
「……そうですね」
 呆れ顔で大きな溜息を吐く天羽の隣で、冬海が笑いながら肯定した。

(ある日のお弁当タイム)

 【歌を歌う】
「── へえ、やるもんだな」
 急遽組むことになったバンドの練習。
 ヴォーカルの歌声初披露直後のことである。
 見た目の細さからは想像できない力強さと、気持ちいい高音の伸び。
 音程ももちろんしっかりしている。
 ヴァイオリンだけでなく歌までも、となると、さすがは音楽の妖精に見いだされた者、といったところか。
 居合わせた他のメンバーも、口々に感嘆の声を上げている。
「日野、いっそのこと『歌って踊れるヴァイオリニスト』を目指してみちゃどうだ? クラシック界だけじゃなく、一般ウケもすると思うがな。一躍スターダムにのし上がれるぜ」
 そう言って笑った梁太郎の笑顔が凍りついた。
 もしもそんなことになったら、彼女は自分の手の届かない人になってしまう。
 手の届くところにいてほしい。
 できることなら自分のすぐそばに。
 彼女の成功と自分の独占欲を天秤にかけたら、独占欲のほうが断然重くなっているのはとっくに自覚している。
「……ま、頑張れよ」
 無理矢理作った笑みは、やけに苦かった。

(ディーヴァ誕生の瞬間?)

 【遠慮する】
「梁太郎くん、ご飯のおかわりは?」
「あ、い、いえ、もう腹いっぱいです。ありがとうございます」
 椅子から腰を少し浮かせて手を出してくる香穂子の母に、やんわりと断った。
 お世辞ではなく、香穂子の母の作った夕食は美味しかった。
 だが、おかずをほぼ食べきっている状態でのおかわりはさすがに気が引ける。
 自宅ならばお茶をぶっかけて、というのもアリなのだが。
 それ以前に初めて訪れた彼女の家で夕食までご馳走になっているという状況で緊張しまくっている梁太郎は、自分が満腹なのかそうでないのか、よくわからなかったりするのである。
「やあねぇ、遠慮しなくてもいいのに。自分の家だと思って、ね?」
「はあ……」
 そんなことを言われても普通遠慮するって、と思いつつ。
「そのうち本当に他人の家じゃなくなっちゃうかもしれないんだし♪」
 含み笑いをしながらの香穂子の母の言葉に、今まさに飲み込もうとしたご飯粒が気管に飛び込んで、梁太郎は激しく咳き込むのだった。

(2fアンコ・おまけイベより)

 【追いかける】
「すみません、今日の練習、休ませてくださいっ!」
 がばっと深く頭を下げて。
 頭を上げながら、同時に身体の向きを変え、そのまま弾丸のように飛び出していく。
 どういう経緯かは知らないけれど、彼はここでのレッスンを彼女には秘密にしていたらしい。
 ショックを受けた上に『帰れ!』と怒鳴られて、目にいっぱい涙を溜めて出て行った彼女。
 しばらく何かを考えていた彼は、そんな彼女を追いかけていったのだ。
「── 大丈夫かな、あのふたり」
「放っておけばいいのよ、彼らの問題なんだから」
 ずるずる引きずって今度のコンサートに影響が出るようでは困るけれど、と心の中でひとりごちて。
「それより── あなたは少し彼を見習って、あれくらいの激しさを身につけてもいいと思うけれど」
「そ、それは難題だなぁ」
 眼鏡の奥の目が心底困ったように笑ったから、思わずつられて笑ってしまった。

(引継6回目イベントより)

 【髪に触れる】
 1曲弾き終えて、ふと違和感を感じて開いた手のひらを見つめた。
 指慣らしをした時と、鍵盤に触れる指先の感覚が違っているような気がしたのだ。
 考えてみれば、彼女を想って弾く時はいつもそうかもしれない。
 大切なものにそっと触れるような。
 ああ、そうか。
 ふざけてグシャグシャと頭をかき回す時と。
 抱き締めた背中に流れる髪をそっと撫でる時と。
 同じ彼女の髪なのに、手触りがなんとなく違って感じるのと似ているかもしれない。
 自分の思いつきに妙に納得してしまう。
 ふと目に入ったピアノに映る自分の顔が見るに耐えないほど緩んでいて、慌てて表情を引き締めた。

(ちょっぴし変態ちっく?(笑))

 【キスをする】
「── 梁ってさ、ベタベタした関係はキライなんだよね?」
「んあ? ……まあな。なんかこう……見苦しいだろ」
「でもさ、梁って結構スキンシップ多いし── キス魔だよね」
「え゛…………」
 自分ではそんな意識はなかったけれど。思わぬ指摘にフリーズする。
「でも……イヤじゃないよ?」
 くすっと笑った香穂子が緩んだ腕の中で背伸びをして、ちゅっ、と小さな音を立てて唇に触れた。
「……人前でベタベタするのは願い下げだが── ふたりきりの時はいいんだよっ」
 開き直った梁太郎は、彼女の華奢な身体をぎゅっと強く抱き締めて、噛み付くようなキスをした。

(言ってることとやってることに矛盾のある人の言い訳)

 【愚痴をこぼす】
 とっぷりと日も暮れて、弱々しい街灯の光に照らされた公園のベンチに並んで座り。
「── 吐き出したいことがあるなら聞いてやる。愚痴でも、八つ当たりでもいいからさ」
 しかし彼女は疲れの見える顔に淡い笑みを浮かべ、小さく頭を横に振った。
「今愚痴っちゃうと、なんだか負けた気がする。どうせなら、全部終わった後で『あの時はこうだった』って笑いながら思い出話をしたいな」
 その時は聞いてくれる?、と微笑む彼女の頭を乱暴にガシガシ撫でて。
「ああ、それまで突っ走ろうぜ── 一緒にさ」
 こんなにも強い彼女のために、自分も精一杯頑張ろうと心に誓った。

(ある日の帰り道)

 【ケジメをつける】
 ショーケースのガラスの中を覗き込む。
 何年か前にもこんなことがあったっけ。
 けれど、付けられた値札に並ぶ数字は桁が違う。
 極力シンプルなデザインを選ぶ。
 キラリと輝く石はそれほど大きくはないけれど、『永遠』の意味を持ったもの。
 サイズを告げて、待つことしばし。
 店の奥でラッピングされていくそれをじっと見つめながら。
 お待たせいたしました、と手渡された小さな紙袋には、これから先の自分と彼女の人生が入っている。

(エンゲージリングお買い上げ)

 【香水をつける】
 すんすん、と鼻を鳴らしながら顔を近づけてくる梁太郎。
「もしかして、この匂いって……」
「あ、うん、この前貰ったトワレだよ」
 ここにつけてるの、と香穂子が指差したのは首筋。
「……だよな? けど、俺が店のテスターで嗅いだのとは微妙に違う気がするんだが」
「体温とか体臭とかの関係で、つける人によって微妙に変わるんだよ」
 と、香穂子はバッグの中をごそごそと探って、取り出したのは小さなアトマイザー。
 カポッと蓋を外すと、何も言わずに梁太郎の首筋目がけ、プシュッとひと吹き。
「うわっ、何すんだよっ!」
「えへへっ」
 肌につききれなかったトワレが空気に混じって鼻をくすぐる。
「あ、これこれ。この匂いだ」
「でしょ?」
 首筋から鼻先へ空気を送るように手で扇いだり、お互いの首筋に鼻を近づけ嗅ぎ合ったり。
 同じ電車を待っている人たちが不思議そうに眺めているのを、ふたりはまだ気づいていなかった。

(駅のホームでイチャつくバカップル)