■ある店員のぼやき 土浦

「── ありがとうございましたぁ」
 大きな袋を抱えたお客さんに一礼し、笑顔でお見送り。
「交代しま〜す」
 後ろから声をかけてきたのはスタッフのひとり。壁の高い位置にかけられた時計にちらりと目をやれば、確かに交代の時間だ。
 お願いしま〜す、とレジを明け渡し、私は次の持ち場である家具コーナーへと急ぐ。
 私はとある1000円ショップの店員。
 雑貨メインの100円ショップと違い、ちょっとした家具なんかも置いてあるの。
 もちろんどれでも1000円均一だから、そう大したものはないけどね。
 けど小振りのラックなんかは売れ筋商品のひとつよ。
 ちょっとしたアウトレット感覚でお買いになるんでしょうね。
 通りかかった出入り口の自動ドアがシュッと開く。
「いらっしゃいませ〜♪」
 すかさずスマイル満点のご挨拶。
 うーん、反射的にこれができる私は店員のカガミよね!
 ご来店になったのはスポーツマンタイプのイケメンくんと、華奢で結構可愛い子。
 あらやだ、手、離さなくってもいいのに。
 最近の若いカップルなんて『イチャつくんなら外でやれーっ!』って追い出したくなるようなのが多いんだから、 手をつないでるくらい、おねーさん何とも思わないわよ。
「ごゆっくりお選びくださいませ〜」
 一歩下がってお客様を先にお通しして。
 イケメンくんが顔を真っ赤にして、どうも、ともごもご呟きながら前を通り過ぎていく。
 ふふふ、なんか可愛いー♥

 おや。
 初々しいカップルさんとは行き先が同じだったようで。
 どうやらCDラックをご所望のようです。
「── うーん、やっぱり小さいのしかないな」
「これなんかどう? 可愛いよ」
 彼女さんが指差したのは、プラスチックのCDラック。ジェリービーンズみたいなカラーリングの人気商品だ。
「あのな……俺が可愛い系持ってもしょうがないだろ。それに容量がな。入りきらないって」
 えーっと……それ、50枚は軽く収納できるんですけど……イケメンくん、相当な音楽好き?
「だったらこっちは?」
 次に彼女さんが選んだのは木製のラック。キャスターつきでなかなかの優れ物。
「うーん、悪くはないが……やっぱり容量がネックだよな」
「だったら2つ買う?」
「並べて置くってか? ……そうすると上の空間がもったいない気がする」
 確かに膝くらいの高さしかないものね。積み重ねられたらいいんだけど……あいにくキャスターの取り外しができないタイプだから。
「じゃあ、ピアノの下に置けば? どうせスペース空いてるんだし」
 おおっ !? イケメンくん、ピアノ弾くんだ? 下にスペース、というと、もしかしてグランドピアノ !?
 ああ、もしかして星奏学院の生徒さんかしら?
 そういえば彼女さんも横長のトランクみたいなの持ってるし。きっと楽器のケースなのね。
「はあ? んなもん置いたら、響きが変わっちまうだろうが」
「キャスターついてるもん、弾く時は移動すればいいじゃない」
「いちいち、か? ……めんどくせーな」
 とイケメンくん、腕を組んで瞑想するように目を閉じた。
 しばしの後。
 ふん、と息を吐き、カッと目を開ける。
「よし、やっぱ本棚を買うことにする。次の休み、家具屋に付き合えよな」
「ほんとに本棚買うの?」
「小さいのをちまちま置くより、デカイのをひとつ置いたほうがいいだろ。それに、そのうちお前が持ってるCDも納めることになると考えるとだな──」
「え?」
 彼女さんの小さな驚きの声に我に返ったのか、イケメンくんがはっと彼女さんの方へ振り向いた。
「あ」
 ぶわっと真っ赤に染まっていくイケメンくんの顔。
 ふたりして完熟リンゴみたいな真っ赤な顔で、しばしの間見つめ合い。
「……わ、悪い……ちょっと、先走った」
「う…ううん」
 ……うっわ、まるで遠回しなプロポーズ。
 やーん、初々しいったらありゃしないっ!
 でもなんかムカツクーっ!
 あんたたち、高校生なんでしょーっ! 恋愛より先に勉学に励めよーっ!
 ぜーはー、ぜーはー……
 ……どうして心の声で息切れしなきゃいけないのよ。
 他のコーナー見ようぜ、と去っていくふたりの後ろ姿を呆然と見つめていた私の手から、在庫チェックのために握っていたボールペンがコロリと落ちた。
 彼氏いない歴○年の私を虚しさの海へと突き落としていった高校生カップル、恐るべし。

 ていうか、プロポーズするならどこか他のところでやってくれーっ!

〜おしまい〜

【プチあとがき】
 新要素じゃないところからネタを持ってくる、というのがあたしらしいというか。
 いや、1000円ショップは新要素か。

【2009/08/26 up/2009/08/30 拍手より移動】