■コンクールは大騒ぎ 土浦

【いろいろとお騒がせしました『禊』リクエスト大会】
いろはさま からのリクエスト/土日娘・凛々香話

 流れるのはショパンの調べ。
 跳ね回るように軽やかに。時にたゆたうように穏やかに──
「── ふぅ〜、まずまずってとこかな」
 指慣らしのつもりで始めた曲を一気に弾き終えて、あたしは大きな息を吐く。
 首を回しながら仰いだ天井の辺りに、ほわんと光が生まれ、パチンと弾けた。
「── 『まずまず』ではないのだ! ヴァイオリンの練習をするのだー!」
 宙に浮かんだモノが、手足をじたばたさせながらすごい剣幕で怒鳴り散らす。
 完全に人型の『それ』は、ちっちゃなちっちゃな手のひらサイズ── 俗に言う『妖精』と呼ばれるモノ。
 そんなファンタジーなイキモノが実在すると認識しているのはごく一部の関係者に限られていて、実際に目の当たりにして会話ができたりするのはその中でも更に限られる。
 学院創立者の直系の人間と、学内音楽コンクール参加者。
 そう、あたしも間もなく始まるコンクールの参加者なのだ。
 ……といってもあたしの場合、『ファータの友』である母親からの遺伝のせいか、物心ついたころにはそこらじゅうでふつーに見えてたというか。
 だいたい『ファータの姿が見えたらコンクール強制参加』なんて、ふざけた話だと思わない?
 考えているうちにげっそりしてきたあたしは、地の底よりも深い溜息を吐いた。
「なんなのだ、その溜息は? せっかく我輩が心配してやってるというのに」
「……心配ご無用、ちゃんと家で練習してますぅ。伴奏の子もまだ練習中だし、合わせられるようになったらちゃんと学校にもヴァイオリン持ってくるってば」
「むむっ !? 楽器を持ってきていないのかっ !?」
 いまだじたばたしているちっちゃい羽根つきは完全無視、ピアノ椅子から立ち上がったあたしはカバンの中から財布を取り出して、 長いストレートのポニーテールを揺らして部屋を出る。
「お、おいっ、どこへ行くのだ !?」
「購買。喉渇いちゃったもん」
「待てっ、我輩の話を最後まで聞くのだ、土浦凛々香ーっ!」
 後ろ手にガチャリと扉を閉めて、意気揚々と購買のある普通科棟のエントランスへ向かうあたし。
 いつも思うんだけど、どうしてファータって人の名前をフルネームで呼ぶんだろ?
 ……ま、いいけど。
 あたしは土浦凛々香、星奏学院音楽科ピアノ専攻1年。
 10年以上も前から参加が決まっていたコンクールへ向けて、日々練習中なのだ。

 練習室棟を出たところで、
「── ちょっと、あなた」
 ……またか。
 数日前、コンクール参加者の名前が掲示板に貼り出されてから、1日に3度くらいこうして呼び止められるのだ。
 あたしは足を止め、顔に目一杯の笑みを浮かべて振り返る。
「はい、なんでしょうか?」
 そこにはお嬢様風の巻き髪に派手な顔つきの女子生徒が片手を腰に当てて立っていた。 両脇には『お嬢様』より数段地味な風貌の女子生徒ふたりが腕組みをして、お供のように寄り添っている。
 タイの色からして、3人とも2年生らしい。
 値踏みするような目であたしをじろじろと見回して、
「あなたが、土浦凛々香さん?」
「そうですけど」
 あたしは笑顔を崩さないようにしつつ、こっそり溜息を吐いた。
 毎回人は違うのに、毎回同じように問いかけられる。まったく芸がないというか。
「あなた、ピアノ専攻なのにヴァイオリンでコンクールに出場なさるんですって?」
「ええ、そうみたいですね」
 そう言えば怯むかたじろぐかとでも思っていたのか、全く動じないあたしにお嬢様はぴくりと眉を上げた。
「……専門外の楽器で出場なさって、恥をかかなきゃいいですけど」
「そうですね。せっかくピアノ専攻でこの学院に入ったんですから、あたしもできればピアノで出たかったんですけどね」
 これはあたしの本心である。
 だってリリが『ヴァイオリンの参加者が見つからないのだ〜』って泣きついてきたからしょうがないんだもん。
 更ににっこりと笑みを深くするあたしに、逆にお嬢様たちが少々怯んだようだ。
 まあ、あたしは女の子にしてはちょっぴり背が高い方だし、『顔立ちが整ってるから結構威圧感がある』ってよく言われてたし。
 と、お供のひとりがお嬢様になにやら耳打ちをした。
 みるみるニンマリと意地悪そうな笑みを浮かべたお嬢様は、
「そうだわ土浦さん、よろしかったらお手並み拝見させていただけます? なんならアドバイス差し上げてもよろしくてよ?」
 あたしがお財布しか持っていないのをいいことに、好き勝手なことを言い出すお嬢様。
「残念ですわ。あたし、今日はヴァイオリンを持ってきていませんの」
 おっと、なんであたしまでお嬢様っぽいしゃべり方してるのよ。もう、つられちゃったじゃない。
 軽い自己嫌悪に陥ってたあたしの目の前に、だらりと下げられていたお嬢様の手が突きつけられた。
 そこに握られているのはヴァイオリンと弓。
「わたくしのものでよろしければ、どうぞ?」
 少し首を傾げて、にっこりと微笑むお嬢様。
 ……どうしても今ここで弾けってか。ふむ。
 あたしは「じゃ、遠慮なく」とヴァイオリンを受け取って構えた。
 4本の弦の上にゆっくりと弓を滑らせ、調弦されていることを確認する。
 ちらりと3人の方に視線を走らせると、想像通りすっごい意地悪そうに笑ってた。
 うーん、ちょっとあざとかったかな?
 姿勢を正し、息を整えて──
 あたしが弾き始めると、お嬢様たちの顔色がさぁっと青くなっていくのがわかった。
 ふふん、そりゃそうでしょ。
 あたしが弾いているのはパガニーニのカプリース。ちょっとした難曲なのだから。
「── はい、ストーップ!」
 と、後ろから大きな声とパンパンと大きなクラップで演奏を止められてしまった。
 振り返ると──
「……げ」
 そこには怖い顔をした男の人が立っていた。
 その人はつかつかとあたしの前まで歩いてきて、いきなり両側からほっぺをつまんで、うにょーんと伸ばす。
「お前な、今みたいな演奏で人の心に届くと思ってんのか? ウィーンの音楽院のヴァイオリン科で3年間、何を勉強してきたんだ? ん?」
「痛い痛い痛いっ! ごめんなさい、あたしが悪うございましたっ」
 ったく、と呟きながら放してくれたけど、ほっぺはまだひりひりと痛い。うー、馬鹿力。
 ……あれ? 急な仕事が入って、帰ってくるのは1週間先じゃなかったっけ?
「なんでここにいんの?」
「あー、言ってなかったか? コンクールの審査員、頼まれてたからな。打ち合わせだよ。終わったらすぐ戻るさ」
 すぐ戻るって、打ち合わせのためだけにアメリカから……? いや、そんなことよりも──
「えーーーーーっ !? パパがコンクールの審査員っ !?」
 ちょっと待って、聞いてないんですけどーっ !?
 後ろがざわついたけど、今はそんなこと気にしてる場合じゃない。
「── やっほー! 凛々香〜!」
 パニクってるあたしの頭上から降ってきた声。
 顔を上げると、2階の渡り廊下から手を振る女性が。
 な、なんなのよっ! 今日は家にいるはずの人が、どうしてこんなとこにっ !?
「ちょ、な、なんでママまでっ !? まさかママも審査員っ !?」
「違うわよ〜。せっかくだからみんなでお食事しましょうって、吉羅理事長からのお誘いがあったのよ〜」
「はぁっ !?」
「一応凛々香の着替えも持ってきたけど……あんなお調子に乗った演奏してるようじゃ、お留守番ね♪」
「い、行かないわよっ! 行くわけないでしょっ! そんなことみんなに知られたら『癒着』だとか『えこひいき』だとか言われるでしょうがっ!」
「あー、それもそうね。んじゃ、適当に夕飯済ませてね〜♪」
 ママはひらひらと手を振って、校舎の中へと姿を消す。
 ああは言ったものの……いいなー、何食べに行くんだろ……
 がっくりと項垂れるあたしの頭をぽむぽむと撫でてから、パパも特別教室棟へと入っていった。

「……あなた…」
 聞こえて来たのは震える声。
 おや? お嬢様たち、まだいたんだ。さっさと逃げちゃってくれてればよかったのに。
「ウィーンの音楽院…? 指揮者の土浦梁太郎と、ヴァイオリニストの日野香穂子の……?」
「ええ、まあ……あれ、うちの両親です…」
 クラシック界じゃそこそこ有名な両親のことを隠すつもりはなかったけど、大っぴらに宣伝することでもないし、と思ってたのに。
 バレちゃったものはしょうがない。
 あまりのバツの悪さに頭を掻こうとして── しまった、お嬢様のヴァイオリン、あたしが持ったままだった。
 そりゃ逃げたくても逃げられないはずだわ。
「あはははは、お恥ずかしいところをお見せいたしまして。あ、これ、ありがとうございました」
 お嬢様の手にきっちりヴァイオリンをお返ししたあたしは、そそくさと元いた練習室へと逃げ帰ったのだった。

 間近に迫った第1セレクション、一体どうなることやら……

〜おしまい〜

【プチあとがき】
 捏造土日娘、凛々香のお話でございます。
 挫折した長編のネタを切り取って書いてみました。
 本当は土浦さんが出てくるところは月森さんで、あんな有名人とお知り合いっ!?な感じで。
 その後土浦さんたちと合流して、あらびっくり親子なの?な展開になる予定だったんですが。
 まあ、長編の時はメンバーのジュニア勢揃いの超ご都合設定だったので、
 凛々香の伴奏は月森娘で、名前は蘭ちゃん、とかいろいろ考えてました。
 続きそうな終わり方ですが、続きません(笑)
 いろはさま、リクエストありがとうございました。

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【2009/07/21 up】