■報復は音楽で 土浦

【ご来訪ありがとう2008 大リクエスト大会】
きむちさま からのリクエスト/男前な頼れる男・土浦

 春の陽気に誘われるように、土浦梁太郎は屋上への階段を軽やかに駆け上がっていた。
 教室はぽかぽかと暖かくてまぶたが勝手に落ちてくる。
 屋上へ向かう目的はもちろん眠気覚まし。
 授業の合間の短い休み時間にでも屋上へ行けるのは転科したメリットの一つかもしれない。
 梁太郎が角ばった螺旋状の階段の最終コーナーに差し掛かった時、ガチャリと重い金属音がして薄暗かった階段がぱぁっと明るくなった。
「── 一体何様のつもりなのかしら?」
「ちやほやされて、いい気になっているんですわ」
「本当、目障り──」
 エコーのかかった声がぷつりと途切れた。
 屋上から校舎に入ってきた音楽科女子生徒三人が、階段の下に立っている梁太郎の姿を見つけて慌てて口を噤んだのだ。
 三人はバツが悪そうに顔を歪めた後、ツンと顎を上げて彼の横を通り過ぎていく。
 彼女たちは春に卒業した某先輩の置き土産── 女子生徒に絶大な人気を誇る彼を神のように崇めていた親衛隊の残党だった。
 確信的な嫌な予感を抱きつつ、梁太郎は屋上へ出る。
 ── やっぱり。
 そこには春の風に長い髪をなびかせる日野香穂子の華奢な後ろ姿があった。
 わざと大きな音を立てて扉を閉め、床を叩くように大きな足音をさせて近づいていく。
「なーに黄昏てんだ?」
 手すりを掴んで外を眺めている彼女の隣に並ぶ── 視線は外に向けたまま。
「……別に、なんでもないよ」
 視線を落とした先の彼女の横顔は、泣いているのかと思いきやうっすらと笑みを浮かべていた。
 ただし良い感情での笑みではなく、自嘲と困惑の混ざった笑みだったが。
「……何か言われたのか?」
「ん? 何かって?」
「今、屋上から出てったヤツら、前からお前に辛く当たってただろ」
「んー……大したことじゃないんだけどね」
「『大したことじゃない』って顔じゃないぜ?」
「まあ……ちょっとヘコんだけど」
「ほれみろ」
「……ま、なんとかなるよ、うん大丈夫」
「お前の『大丈夫』はアテになんねーからな」
 香穂子はくすくす笑うと、『あ、次の授業、教室移動だ。先行くね!』と屋上を飛び出して行った。
 バタン、と扉が閉まり、梁太郎は溜息を吐く。
 眠気はすっかり覚めていた。

 放課後、練習室へ向かおうと廊下に出たところで、先を行く団体を見つけた。
 団体、と言っても四人。一人は香穂子で、残りは例の三人組だ。
 まるで『警官に連行される容疑者』のように見えて梁太郎は眉をひそめる。
 彼女たちの行く先は彼と同じ練習室棟のようだった。
 距離をとったまま後ろをついていくと、四人は練習室の一つに入っていった。
 細いガラス窓から中を見れば、俯きがちな香穂子の前に三人がずらりと横並びになって、見るからに高飛車な態度で何か喚いているらしかった。
 梁太郎は中から見えないように注意しながらドアレバーをそっと押し下げ、ドアに僅かな隙間を作る。
 聞こえて来たのは罵詈雑言の嵐だった。
「── 3年から音楽科へ編入なんて、身の程知らずもいいところですわ!」
「今からでも遅くありませんわ、普通科へお戻りになったら?」
「授業にだってついていけるはずがありませんものね」
 『ほーっほほほっ!』とお嬢様特有の高笑いがハーモニーを奏でた。
 口調は時代錯誤なほど丁寧なのに、やっていることはは弱い者いじめ、チンピラが『肩がぶつかった』とインネン吹っかけているのと同じこと。
 怒りのあまり、梁太郎はぐっと扉を押し開いた。
「── その話、俺にも聞かせてもらおうか?」
 香穂子は驚きに目を見開き、三人組は滑稽なほどに顔を引きつらせて一瞬にして固まった。
 閉じたドアに背を預け、大仰に腕を組んでニヤリと口の端を上げ。
 三人組は怯えたように僅かに身体を寄せ合うが、梁太郎がそこにいる限り逃げ場はない。
「あ…あなたには関係ありませんわ!」
 リーダー格なのだろう、真ん中の女子生徒がヒステリックに叫ぶ。
「んなこたねーぜ。俺も日野と同じ立場だ、文句があるなら拝聴しようか?」
 うっ、と言葉に詰まる三人組。
「ま、俺も言われっ放しってのは性に合わねぇから、きっちりお返しはさせてもらうがな」
 ニヤリと笑い追い討ちをかけるようにそう言うと、彼女たちは更に震え上がる。
 その怯えっぷりに『これじゃこいつらとやってること変わんねーな』などと思いつつ。
 よっ、と勢いをつけてドアから背を離し、香穂子の隣へ並んだ。
 彼女の頭へ、ぽん、と手を乗せ、
「こいつを妬む気持ちもわからなくはないが……みっともないぜ、そういうの」
「ね、妬むですって !?」
「そうだろ? 普通科でありながら学内コンクールに出て優勝を掻っ攫い、アンサンブルコンサートのリーダーを務め、音楽祭のオケでコンミスを任された。 それが自分じゃないから悔しいんだろ?」
「っ……」
「だがな、それがこいつの『音楽の道』なんだ。ここまで来るのにこいつが裏でどれだけの努力をしてきたか、お前らは知らないだろうがな」
「……………」
「音楽が好きなら、お前らはお前らの『道』を歩けよ。そのためにこの学校に入ったんだろ。いちいち他人を気にしてたら、この先キリがないぜ?」
 言い放った梁太郎は香穂子の腕を掴み、行くぞ、と練習室から引っ張り出した。
 去り際にちらりと振り返ると、残された三人組はすっかり毒気を抜かれ、ただ呆然と立ちすくんでいた。

「………梁」
 教室までの廊下を並んで歩きながら、ぽつりと香穂子が呼んだ。
「ん?」
「……『説教オヤジ』みたいだった」
「なっ」
 確かに説教臭かったとは思うけれど、助けたつもりの相手にいきなりそう言われると力が抜ける。
「……お前なぁ……」
「でも、かっこよかった」
 ふふっ、と笑う香穂子。
 なんとなく照れ臭くて、梁太郎は僅かに頬を赤くしながら『そうか』とだけ答えた。
「お前も言われっ放しになってないで言い返せよ。それに、一人で溜め込むなっていつも言ってるだろ、俺に相談くらいしろよ」
「んー、そのうち治まるかなって思ってたし」
「それまでがキツイんだろうが。お前が辛そうにしてるのを見て、俺が平気でいられると思ってんのか?」
 不意に香穂子がガバッと顔を上げた。
 ちょうど梁太郎も彼女の方を見ていたため、バチッと視線が合う。
 歩いていた足が止まり、廊下のど真ん中で見つめ合うこと数秒──
 へらっと頬を緩ませた香穂子が、
「ありがと」
 いつも朗らかな彼女の表情の中でも彼の前でしか見せない信頼しきった無防備な笑顔は、彼女を抱き締めたくなる衝動を湧き起こさせるには十分で。
 ここが学校であることを悔やみつつ、梁太郎は香穂子の頭をぐしゃぐしゃと掻き回すのだった。

 数日後。
「── 日野さん!」
 廊下で二人、立ち話をしていたところに後ろからかけられた声。
 振り返るとそこにいたのは例の三人組のうちの一人だった。
 香穂子と話しているのが梁太郎だとは気付いていなかったのか、彼の顔を見るなり居心地悪そうに視線を泳がせる。
「そ、そろそろ練習を始めますわよ! 急いでくださらない?」
 乱暴に言い放ち、くるっと踵を返して音楽室の方へと歩いていく。
「……なんだありゃ? 練習って?」
「ふふっ、授業で組むアンサンブル、あの子たちを誘ってみたの」
「はぁっ !?」
 まさか自分をイジメていた相手とわざわざアンサンブルを組むとは── 梁太郎にしてみれば予想外の展開である。
 だが、それが彼女の凄いところであり、彼女の音楽に触れて態度を変えた三人組の気持ちもわからなくはないが。
「……俺、余計なことしちまったか?」
「ううん、そんなことないよ。梁の一言がガツンと来たみたい」
 くすくすと楽しそうに笑っている香穂子。
「そう、か……なら、よかった」
「演奏する相手が誰であろうと、音がピタッと合うと気持ちいいんだよね。あの子たちも口には出さないけど、そう思ってくれてるみたい。だから──」
 香穂子はパシンと梁太郎の肩口を叩く。
「もう大丈夫! 心配してくれてありがと。練習、行ってくるね!」
 ぶんぶんと手を振ってから、廊下を走っていく。
 その後ろ姿を見送りながら、『日野香穂子』という人間の大きさに敬服し、自分の傍にいてくれるのが彼女で本当によかったと心から思うのだった。

〜おしまい〜

【プチあとがき】
 『いじめられ香穂子を守る土浦』
 『授業についていけなくて落ち込む香穂子を励ます土浦』
 以上二種類のシチュでリクをいただいたのですが、前者の方で書いてみました。
 男前な土浦さんを目指していたら、結局香穂子さんの方が超男前に(笑)
 タイトルは、イジメられた相手も自分の音楽に引きずりこんで虜にさせてやるのが
 彼女なりの報復だろうな、なんて意味で。
 土浦さんのセリフ書いてる時に『説教くさっ!』と思ったので、
 香穂子さんに代弁してもらいました(笑)
 きむちさま、リクエストありがとうございました。

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【2008/12/26 up】