■La prima mattina 土浦

【ご来訪ありがとう2008 大リクエスト大会】
美優さま からのリクエスト/新婚さんの朝

 ピピピ、ピピピ、と耳障りな電子音が響く。
 香穂子は聞き慣れた目覚まし時計のものとは違うそれを止めようと目も開けぬまま手を伸ばすが、どこをどうすれば止められるのか知らないことに気付いて諦めた。
 枕の上にパタンと腕を落とし、無理矢理薄く目を開ける。
 見慣れぬ天井、嗅ぎ慣れぬ室内の空気の中、電子音は相変わらず鳴り響き続けている。
 と、隣にあった布団の山からもぞもぞと腕が伸びてきて、ベッドサイドの四角い箱のスイッチをパチンとオフにした。
 途端に部屋はしんと静まり返り。
 けれど耳の奥には消えたはずの電子音が依然としてこだましていた。
 転がったまま、うーん、と背伸びをして。
 寝起きがいいとはお世辞にも言えない香穂子でも、スケジュールを調整してずっと待ちわびていた日の到来にパチリと目を開ける。
「梁、起きようよ」
 隣の布団の山をばふばふと叩く。
「……あと10分…」
 くぐもった声が山の中から聞こえてきた。
「そんなこと言ってたら、飛行機乗り遅れちゃうよ」
「………あと5分…」
「だめだよ、ほら、起きてー」
 香穂子はむくりと起き上がり、隣の布団をえいっと剥がす。
 突然の明るさに布団を剥がされた梁太郎は盛大に顔をしかめ、まぶた越しでも眩しい光を遮るように手の甲を目の上に乗せた。
「う……頭イテェ……」
「相当飲まされたもんねぇ〜」
「くそ……際限なく酌しに来やがって……」
 少しむくんだ顔を苦痛に歪めて。
 彼らは昨日、結婚式を挙げたばかり。
 披露宴では新郎新婦(特に新郎)が招待客から酌を受けまくるのはお約束で、酔いつぶれないようにするためテーブルの下にはグラスの中身を空けるためのバケツが置いてある。
 だが、少々アルコールが回って調子に乗った友人たちが次から次へとビール瓶片手に押し寄せてきて、捨てる間もなく飲まされ続け。
 その後、二次会、三次会まで引きずり回され、更に飲まされた結果がこれである。
 昼間披露宴を催したホテルに一泊(三次会解散の後、ヘロヘロの泥酔状態で戻ってきた)し、翌日である今日から新婚旅行へ。
 高校を卒業して留学して以来、彼らの拠点はヨーロッパ。旅行先は迷わず日本の温泉地と決めた。
 多忙な二人が捻出した二泊三日のハネムーンの第一歩となる飛行機の出発時間は刻一刻と迫っていた。
「あー……飛行機乗りたくねぇ……」
「そんなこと言わないでよー。ほら、シャワー浴びてシャキッとしようよ」
 ぽむぽむと腹を叩くと、どうやらアルコールは内臓にもダメージを与えているらしく、梁太郎は顔をしかめて辛そうに唸った。
「うっ……お前なぁ、新婚早々弱ってる夫を虐待すんなよ…」
 普段なら『何が虐待よ、ほら、さっさと起きる!』くらいのセリフが帰ってくるのだが、今日に限ってはそれがない。
 不思議に思って重いまぶたを僅かに開けてみれば、香穂子は赤く染まった頬を押さえてぼんやりとしていた。
「……私たち……結婚、したんだよね……」
 うっとりと呟いて、ほぅ、と幸せそうな溜息を吐く。
 これまでの人生の三分の一近くを共に過ごし、これから先の人生も変わらず共に在ることを誓って皆に知らしめたのだ。
 その事実を噛み締めるようにぎゅっと握り締めた左手に違和感を感じた。
 親指で探ると薬指の付け根にこれまでにはなかった硬い感触。顔の前にかざしてみると、シンプルなプラチナのリングがきらりと光る。
 香穂子の手にもサイズ違いの同じものが輝いていた。
 頬に当てたままの彼女の手をそっと剥がし、リングの感触を指先で確かめて。
「── きゃっ !?」
 予告もなく手を引っ張られた香穂子は当然引っ張った本人・梁太郎の方へと倒れ込んだ。
 昨日『最愛の女』から『最愛の妻』となった彼女を抱き締めて。
「そうだなー、俺たち、結婚したんだよなー」
 彼にしては珍しくのんびりした口調で、くすくす笑いながら。
「ちょっとー、まだ酔ってるの?」
「かもなー……たぶんお前に酔ってんだろうなー」
「ばっ……バカなこと言ってないで早くシャワー!」
「んー……」
 耳まで顔を赤くして暴れる彼女を包む腕に力を込めて、ぐいぐいと締め付けてやる。
「もう苦しいっ!」
「……なあ香穂、旅行やめてずっとこうしてようぜ?」
 すると散々暴れていた彼女がぴたりと動きを止めた。
 梁太郎の胸からぐいっと顔を上げて、
「……じゃあ梁はここで寝てれば?」
 半眼でにやりと笑っている香穂子。
「せっかくスケジュール詰めて頑張ってきたんだもん、私はひとりででも行くわよ? 美味しいもの食べて、温泉入って、リフレッシュするんだから」
「わかったわかった」
 そこまで言われれば降参するしかない。
 梁太郎は腕から逃れようとしている彼女ごと身体を起こす。
 それから不意打ちのキスをひとつ。
「わかったからあと5分、な?」
 真っ赤になって目を丸くしている彼女もろとも布団を被り、二日酔いも忘れて大笑いしながら大暴れしている『幸せ』を抱き締めるのだった。

〜おしまい〜

【プチあとがき】
 『新婚さんで、香穂子が土浦を起こすシーン』というリクエストでしたので、
 新婚も新婚、結婚式翌日の話を書いてみました。
 基本設定はうぃーんシリーズ。
 うちの土日は26で結婚、27で娘誕生、となっております。
 で、三十路突入の香穂子さんが三歳の凛々香を連れて星奏に行ったわけです。
 めいっぱいバカップルに仕立てたつもりですが、ちょっと短めでごめんなさい。
 美優さま、リクエストありがとうございました。

【NOTICE】
 このSSは、リクエスト主さまに限り、お持ち帰りフリーです。
 サイトをお持ちの場合、掲載していただいてもかまいません。
 その場合、当サイトへのリンクは任意としますが、このSSが『神崎悠那』作であることを
 必ず明記してくださいますよう、お願いいたします。

【2008/12/24 up】