■コタツ DE ミカン【土浦編】
二学期の期末試験を控えた休日、土浦梁太郎は一緒に試験勉強をしようと彼女である日野香穂子の家を訪れていた。
どちらかと言えば『一緒に勉強』ではなく、理数系に弱い香穂子の家庭教師、という方が正しいのかもしれないが。
『お願い、教えて!』と手を合わせて頼まれて、『しょーがねぇな』と渋々な振りをして。
人に教えることで自分の復習になるんだから、と理由付けして引き受けて。
本心は『彼女と過ごす時間が増えるのは大歓迎』なのは気恥ずかしくて言えないが。
初めての訪問ではないのに、いまだにチャイムを押すときは指先が震える。
いらっしゃ〜い!と満面の笑みで出迎えられ、トントントン、と階段を上がり彼女の部屋へ。
「じゃじゃーん!」
SE付きで開かれた扉の向こうは以前とは違う光景だった。
窓際の勉強机、壁側の本棚、反対側の壁際にはベッド── それは変わらず。
だがそれらに囲まれたラグを敷いただけの床だった部分には、可愛らしいピンクのチェック柄のこたつがデーンと鎮座していたのだ。
「えへへ〜、これでぬくぬく、勉強も捗るってものよ!」
「……で、気付けば潜り込んで寝ちまってるってか」
「うっ……」
「……図星か?」
「……その通りでゴザイマス…」
「「………ぷっ」」
二人して吹き出して、ひとしきり笑った後は試験勉強開始、である。
キリのいいところで休憩タイム。
『やっぱコタツにはミカンでしょ』と香穂子がカゴ山盛りのミカンを持ってきて、それを食べながらの雑談中である。
「── そういえばさ、小学校の頃、クラスの男の子たちが給食で出たミカンをまるごと口の中に入れて遊んでたんだよね〜」
「あー、そういやうちのクラスのヤツもやってたな」
「梁もやった?」
「……やるわけねーだろ」
皮を剥いたミカンの白い繊維を取りながら、香穂子がクスクスと笑う。
「何が面白かったんだろうね?」
「だよな」
「やってみたらわかるかな?」
「……はぁ?」
香穂子は繊維を取り終えた丸のままのミカンを見てにんまり笑うと、くわっと口を大きく開けた。
「ぬわっ !?」
梁太郎は咄嗟に香穂子の手からミカンを取り上げていた。
「やっ! ちょっと、何するのよ〜!」
「試したいんなら俺が帰ってからにしろよ」
「えーっ、いいじゃない、せっかく綺麗に剥いたのに〜! もう、返してよ!」
ミカンを奪い返そうと身体を乗り出し手を伸ばしてくる香穂子。
奪い返されまいとミカンを持った手を頭上高くに上げる梁太郎。
更に一歩踏み出そうとした香穂子の膝をピンクのこたつ布団が阻んだ。
「ぅきゃっ !?」
妙な奇声を上げて香穂子の身体がつんのめった。
倒れ掛かる先には梁太郎が。
ドサッ!
「ぐぇっ」
次の瞬間、梁太郎はミカンを掲げたままの格好で香穂子に押し潰されていたのである。
「── い、たたた……ごめ── んきゃっ !?」
詫びの言葉を呟きながら起き上がろうとした香穂子の身体を、梁太郎は空いた手ですかさず抱き止めた。
「ちょっ、は、放してよっ!」
「イヤだ」
「み、ミカン返してっ!」
「イヤだ」
がっちりと身体を押さえ込まれた香穂子は梁太郎の胸の上でじたばたと暴れるが、梁太郎は放すまじと更に腕に力を込める。
「あのなー……好きな女が口いっぱいにミカン詰め込んでる顔を見せられる男の気持ちも解れよな」
呆れたように呟くと、香穂子のじたばたがピタリと止まった。
梁太郎の胸の上に突っ伏している彼女の顔は見えないが、みるみるうちに髪の間から見えている耳が真っ赤に染まっていく。
それを見て、自分の口走ったことに気付いた梁太郎の顔もぼぼぼっと赤くなり。
ひょっこり誰かが部屋に入ってくれば『いかがわしいことをしてたんじゃあるまいか』と思われるような格好のまま、しばしの間フリーズしたのだった。
〜おしまい〜
【プチあとがき】
昨日、布団の中で思いついた(笑)
3年ほど前に遙か3で書いた三部作を土日で書いてみました。
これで四部作に。
『SE』はサウンドエフェクト(効果音)。システムエンジニアじゃないよ(笑)
土浦さんはミカン持ったままだから、いかがわしくはないっ!と主張してみる(笑)
それにしても香穂子さんがアホすぐる……
【2008/12/04 up】