■Face 土浦

【お題】キスの詰め合わせ(by 恋したくなるお題さま)/03 目を逸らした隙にキス

 放課後の練習室にピアノの調べが響いていた。
 ついさっきまではヴァイオリンの音も加わっていたのだが、今はピアノだけ。
 ヴァイオリニストは『休憩中』ということでピアノの上に両手で頬杖をつき、ピアニストの奏でる曲に耳を傾けつつ、彼の横顔にじっと見入っていた。
 そんな視線に気付いたのだろう、彼は一瞬彼女の顔を見やって、
「……なにジロジロ見てんだよ」
 まるで因縁をふっかけるような言葉ではあるが、口調は柔らかい。
「── 『土浦くんってカッコイイよね♥』」
 ぽつりと呟いたヴァイオリニスト・日野香穂子の予想外の返答に、ピアニスト・土浦梁太郎はぶはっと吹き出して鍵盤の上を滑らせていた手を思わず止めてしまっていた。
「なっ、なんだよ突然っ」
 頬を赤く染めてわたわたと慌てる梁太郎に、香穂子は拗ねるように唇を尖らせて、
「うちのクラスの子が言ってたの……そんなにカッコイイかなぁ…?」
 観察するように視線を固定したまま、そう呟いた。
「俺に聞かれても……」
 ガシガシと頭を掻く梁太郎。
 物心ついて以来見飽きるほど見てきたし、これまではどちらかといえば『怖い』と言われることが多かった自分の顔。 だが、特にコンクール以来、一部で『かっこいい』だのなんだのと騒がれているというのは耳に入ってきている。 元々容姿を気にする性質ではないので、気にも留めていなかったのだが。
「つか、別にうぬぼれるつもりはないが、お前にそう言われるとなんか傷つくんだが」
「そう?」
 香穂子は悪びれもせずにサラリと流し、
「んー、やっぱり見慣れちゃってるせいなのかな? そうだ、しばらく会わないでみる?」
「却下」
「えーっ、じゃあどうしろっていうのよー」
「どうこうする必要もないだろうが」
 梁太郎はピアノ椅子から腰を上げ、素早く香穂子の頬杖をしている腕の片方を掴んだ。
 わっ、と声を上げて驚きに目を丸くしている彼女の顔にぐいっと自分の顔を近づけて、
「香穂、俺の顔のどこが気に入らないのか、言ってもらおうか?」
「えっ、梁、まさか整形でもする気?」
「するかバカ」
「っ! き、気に入らないなんて言ってないってば!」
「じゃあ何が不満なんだ?」
「ふ、不満とかでもなくて──」
 鼻の頭がくっつくまであと数センチ、という至近距離に耐えられなくなったのか、香穂子がすっと視線を逸らした。
「だっ、だから、私は顔で選んだんじゃなくて、梁が梁だから好きになったっていうか──」
 だんだんと弱々しく小さくなっていく声と反比例して、彼女の顔が朱に染まっていく。
 そんな彼女がやけに可愛くて。
 梁太郎はほんの少し顔を前に動かして、依然逸らした目を泳がせながら声もなく言い訳し続けている彼女の唇をそっと塞いだ。

〜おしまい〜

【プチあとがき】
 何やってんだ、コイツら。
 香穂子さん、こんなイケメン捕まえといて、そりゃゼイタクってもんさ。

【2008/08/17 up】