■新米パパは心配性
【123,456HIT記念リクエスト大会】
トロロさま からのリクエスト/マタニティ話
高校を卒業して早10年。
本日、星奏学院普通科2年2組の同窓会が行われる。
なぜ2年か、といえば、3年生の受験地獄な辛い1年間よりも楽しい思い出が多い、充実した学年だったからに他ならない。
修学旅行もあったし、クラスに属する約一名にまつわるイベントごとがやたら多かったし。
駅前通りに最近できたばかりの小ぢんまりとしたダイニングバーはすでに思い出話に花を咲かせるかつてのクラスメイトたちで賑わっていた。
今日は店は貸し切り、誰に遠慮することもなく大騒ぎできるのだ。
参加者名簿を手に、佐々木淳之介は腕時計と店の入り口の扉に交互に視線を送る。
彼は本日の幹事なのである。
「佐々木〜、後は全員いるぞ〜」
「おう、了解!」
尾崎が店の奥で紙切れを持った手を大きく振る。彼が持っているのは佐々木の手にあるものと同じ参加者名簿。
同じサッカー部に所属していて気心の知れた彼と共に幹事を引き受けたのだ。
再び佐々木は入り口に目を向ける。
本日の参加者でまだ到着していないのはあとひとり── 知る人ぞ知る有名ヴァイオリニスト。
ウィーン在住の彼女にダメもとで参加を打診したところ、「ちょうど日本にいるから行くよ〜」とあっさりOKの返事が返ってきたのだ。
集合時間も少し過ぎ、そろそろ始めてようぜ、と声が掛かり始めた頃、カランカラン、とドアベルが軽やかな音を立てた。
「ごめ〜ん、お待たせ〜。お店がわかんなくて〜」
大きな身体を揺らし、のっしのっしと入ってきたのは日野香穂子。
「おー日野! 待ってたぜ! おーい、日野が来たぞ〜!」
佐々木は店の中のクラスメイトたちに香穂子の到着を告げ──
………のっしのっし…?
「ぅえええぇぇぇぇっ !?」
「えへへっ、8ヶ月、なんだ。こんなだからあんまり長い時間いられないんだけど、ごめんね」
大きなお腹をさすりながら、香穂子はにっこりと笑った。
── どうしてだろう。
店にいるクラスメイトの中には子育て中という者も数人いると聞いているのに、日野香穂子の妊婦姿に佐々木は激しく動揺していた。
それはたぶん、お腹の中の子供の父親が一体誰なのか、ということが気になっているからに違いない。
「あのね、みんなにウィーンのお土産持ってきたんだ。荷物になっちゃうけど貰ってやって」
と、再びカランカランとドアベルがなる。
両手に持った大きな紙袋をがさがさ言わせながら姿を現したのは──
「……つ…ちうら…?」
「よ、よう、佐々木。久しぶりだな」
現在若手指揮者として頭角を露し始めた、かつてのチームメイト・土浦梁太郎その人であった。
「えっ、じゃ、じゃあ、もしかして……」
香穂子のお腹と梁太郎の顔を交互に見ている佐々木に、香穂子はくすっと笑い、
「もちろん共同制作でーす♪」
梁太郎の方にちらりと視線を送ってから、愛おしそうにお腹を撫でる香穂子。
その梁太郎はうっ、と言葉に詰まって、顔を真っ赤に染め上げて。
「うぅ……おめでとう土浦ぁ〜!」
感動のあまり目をうるうるさせた佐々木は思わず梁太郎に抱きついていた。
そして、2年2組の同窓会に5組の梁太郎が飛び入り参加することとなり、しばらくの間祝福の声で店内は大騒ぎになったのである。
* * * * *
「あんまり食うなよ。お前、最近カロリーオーバー気味なんだから」
「いいじゃない、そう思ってここまで歩いてきたんだし〜」
「うわっ、それはやめとけ、辛いぞ絶対」
「平気だってば。あ、見た目ほど辛くないよ。ね、そこのドレッシング取って」
「ほら……なっ、そんなにかけるなって!」
「大丈夫、これノンオイルみたいだから── わ、おいしい! これ味覚えて帰って、家で作ってよ」
「………なぁ、土浦ってあんなヤツだったか?」
「いやぁ……確かに面倒見のいいヤツだとは思ってたけど…」
土浦夫妻の食事風景を呆然と眺めながら、佐々木と尾崎はこそこそと囁き合っていた。
「『面倒見がいい』を通り越して、あれじゃ過干渉だよな……」
「でも、それをさらっとあしらってる日野もすげぇよな……」
と、紙ナプキンで口元を押さえた香穂子がカタンと椅子を鳴らして立ち上がった。
「どうした?」
「ん? トイレ─── って、なに梁まで立ってるのよ」
椅子から腰を上げた梁太郎をジロリとひと睨み。
「なにって、お前トイレ行くんだろ?」
「やーね、トイレくらい一人で行けるわよっ」
「慣れない場所でもし転んだりしたら危ないだろっ」
「もう……家ならともかく、お店で女子トイレにまでついて来たら変質者扱いされて通報されちゃうよ?」
「けどな──」
「土浦くんっ、私たちが付き添うから心配しないで♪」
クスクス笑いながら近づいてきたのは東雲乃亜と上条須弥。クラスの中で香穂子と一番仲の良かった二人である。
きゃいきゃいとはしゃぎながらトイレへ向かう3人の姿が見えなくなると、梁太郎は力が抜けたようにストンと椅子に腰を降ろした。
その途端。
「ぶはははははっ! 土浦お前過保護すぎっ!」
近くにいた男子たちが大爆笑し始めた。中には指差している者や、バンバンとテーブルを叩きまくっている者もいる。
「う、うるせぇっ!」
真っ赤な顔で凄んでもちっとも怖くはない。爆笑がさらに大きくなるだけである。
「……土浦、相変わらずだね」
いつの間にか背後に立っていた加地 葵が梁太郎の肩をポン、と叩く。
「加地……いたのか」
「やだな、向こうのテーブルで女子のみんなと話してたんだよ」
「なぁ、『相変わらず』ってことは、加地は知ってたのか?」
男子の誰かがそう問いかけると、加地はにこりと笑って頷いた。
「僕、年に1回くらいのペースでウィーンに遊びに行ってるからね」
さすがセレブ、と誰かがぼそりと呟いた。
「前に行ったのは、まだ日野さんが妊娠3ヶ月の頃だったかな……土浦ってば親の後を追いかける雛鳥みたいに日野さんの後ろをついて回ってたよ」
「か、加地っ!」
その場が一瞬しんと静まり返った後──
「ぎゃはははははっ! 土浦、お前、親バカ決定!」
「しょうがねぇだろっ! 心配なもんは心配なんだからっ!」
そして、10年ぶりに再会した2年2組の面々は旧交を温めるのもそこそこに、土浦ファミリーの今後についての話で相当な盛り上がりを見せたのだった。
〜おしまい〜
【プチあとがき】
リクエストは『お腹の大きな香穂子さんを心配する土浦さん』というものだったのですが…
えー、なんかネタをこねくり回しているうちにこんな話になっちゃいました。
もっとしっとりした感じの話を期待されてたらごめんなさい。
まぁ、この二人にはこういうのが合ってるかな〜、と。
コミックス版から佐々木くんが出張してます。
トロロさま、リクエストありがとうございました。
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【2008/07/17 up】