■未来の約束 土浦

【123,456HIT記念リクエスト大会】
密さま からのリクエスト/友人の結婚式話
*nn*さま からのリクエスト/プロポーズ話
(うぃーんシリーズ)

 ある休日の昼下がり、本日の練習ノルマをこなした梁太郎と香穂子は買い物に出かけることにした。
 いつもより少し早い時間。
 なんとなく気分を変えたくて、いつもとは違った道を通っていつものスーパーに向かう。
 繋いだ手を大きく振りながら歩き、『こんなところにこんなお店が!』などと探検気分を味わっていると、一軒の建物から賑やかな声が聞こえてきた。
 少し先には古いけれど味のある店構えの小さなレストランがあった。騒ぎはそこから聞こえてくるらしい。
 近づいてみると店の横はお世辞にも広いとは言えないけれどよく手入れされた庭園になっていて、そこに置かれたテーブルを十数人が囲んでパーティをしていた。
「わぁ、ガーデンパーティやってる。楽しそう♪」
 興味津々で眺めていると、一斉に店の方へと目を向けた人々から大きな歓声が上がった。
 そして、その視線の先からタキシードの男性と真っ白いドレスを纏った女性が腕を組んで姿を現したのだ。
「あ、結婚のお祝いだったんだ。二次会って感じかな?」
「たぶんな。確かこの辺りに教会もあるし、そこで式挙げた後にパーティになだれ込んだってとこだろ」
「ふふっ、幸せが溢れてキラキラしてる。花嫁さんも綺麗───」
 そう言って黙りこくってしまった香穂子を見下ろすと、幸せいっぱいの二人に負けないくらいに目をキラキラさせてうっとりとパーティの方を見つめていた。
 やはり彼女も女の子、『結婚』への憧れを持っているのだろう。
 現在、梁太郎は香穂子と一緒に暮らしているわけだが、これまでに結婚の話は出たことはない。
 もちろんいつかは、というおぼろげな構想は持っているが、いかんせんまだ二人とも親のスネをかじっている学生の身。 いずれ自分の足で独り立ちした時に自然にそういう方向へ気持ちが向けばいい、と今はまだ思っている。 香穂子の横顔を見つめながら、彼女も同じ気持ちであってほしい、と願いつつ、繋いだ手にほんの少し力を込め──
「ほんとに綺麗────── ドレスが」
「ドレスかよっ!」
 思わず肩をカクンと落として力いっぱいツッコむ。
 どうやら彼女は『結婚』ではなくドレスに目を輝かせていたらしい。
 ひとり盛り上がっていた想いを持て余しつつ、はふぅ、と溜息が漏れる。
「えーっ、だってシンプルでラインも綺麗だし、色を変えたらステージ衣装にできそうじゃない」
「……ドレスなら高校ん時のステージで何度も着ただろ」
「あれは膝丈の可愛い系だもん、ちゃんと床まで裾がある大人っぽい衣装も着てみたいよ」
「……そのうちいくらでも着れるだろ」
「そうだけど……」
 と見上げてくる香穂子はほんの少し唇を尖らせて、
「梁、なんか投げやりすぎない?」
「そうか?」
 そうだよ、と答えて彼女は再びパーティの方へと視線を戻す。
「でも……ウェディングドレスはミニなんかも可愛くていいかも」
「へ?」
「だってウェディングドレスはロングが一般的でしょ。そこで意表を突いてミニ! うん、いいかもしれない」
「……………」
「あ、でも梁は意外と和服も似合いそうだから白無垢で三々九度、ってのもありだよね」
 わかっていて言っているのか、単に流れでそう言っているのか。どちらにせよ、今香穂子が脳内で妄想している花嫁衣裳をまとう自分の隣には梁太郎の姿があるらしい。
 面映いけれど嬉しくて、自然と口元が緩んでいく。
 すると、あ、と声を上げた香穂子が勢いよく梁太郎の方を振り仰いだ。
 眉間に微かに皺を寄せ、口元に手を当てて、
「……私たち、一緒に暮らさないほうがよかったんじゃないかな……?」
「え……?」
 香穂子の深刻そうな声に、思わずコクリと唾を飲む。
 まさか彼女は今の自分たちの状況を後悔しているだろうか。
 続く言葉が『私たち、結婚するとは限らないものね』『他の人と結婚することになっても祝福してね』だったりしたら── ゾクッと背筋が冷たくなる。
「だって、ずっと一緒に暮らしてたら、結婚していきなり倦怠期突入!なんて可能性もあるのよ? そんな新婚さんはイヤ!」
 香穂子の力のこもった叫びに思わず梁太郎はぷっと吹き出した。
 彼女の中でも自分たちはずっと一緒にいることになっているらしい。
 取り越し苦労で落ち込みそうになっていた自分が可笑しくて、ゲラゲラと笑いが止まらなくなった。
「……何笑ってんのよ。私、なにかヘンなこと言──」
 はたと何かに気づいた香穂子がポンと音が聞こえてきそうな勢いで真っ赤になった。
「や、やだっ、私、何ひとりで盛り上がってんだろ。ご、ごめんね、今の忘れて!」
 ぷくく、と笑いを噛み殺しながら、慌てる香穂子の頭をポンポンと叩き、
「倦怠期なんて心配しなくても大丈夫だって。いつかお前は世界を股にかけるヴァイオリニストに、俺は世界中のオケを振る指揮者になる。 そうなると会えるのは年に1回、なんてことにだってなりかねないんだぜ?」
「それならいつも新鮮な気持ちでいられるかも── って、七夕みたいでなんだかイヤだなぁ……」
「そしたら、ヴァイオリン協奏曲引っさげて一緒に世界を回るか?」
「あっ、それいい! あー、なんだかヴァイオリン弾きたくなっちゃった」
「んじゃ、とっとと買い物済ませるか」
「うん!」
 繋いだ手をぐいっと引っ張り駆け出した香穂子に置いていかれないように、梁太郎も慌てて走り出した。
 ── が、ふとあることに気づいて、足が止まる。
 引っ張られた香穂子が、うわっ、と声を上げてたたらを踏んだ。
「どうしたの、急に止まったりして」
「あ…いや……なんか順番が違わねぇか?」
「はい?」
 きょとんとした顔で小首を傾げる香穂子。
「だからさ……普通『将来の約束』をした後で、け…、結婚……の話とかするだろ」
 そう、今のところ彼らは完全に一般的な流れを逆走している。
 現在新婚生活もどきの暮らしをしているという事実がある以上、結婚式を挙げた後にプロポーズ、なんてまぬけな話になりかねない。
 一応筋道通して順番に、というのが梁太郎的『男のメンツ』なのである。
「そうね…………だったら『できちゃった婚』にならないように気をつけなきゃ」
「いや……そういう問題じゃなくて……」
 大真面目な顔で少しずれたところを心配している香穂子に脱力しつつ、がしがしと頭を掻き。
「だから、その………プ、プロポーズが一番最初だろうがっ」
「そうね」
 こともなげにあっさりと頷く香穂子。
 梁太郎は香穂子の正面に立つと、彼女と繋いだ左手はそのままに、空いた右手を香穂子の肩にそっと乗せる。
 香穂子の目を真っ直ぐに見つめながら、ゴクッと唾を飲み込み、すぅっと大きく息を吸い込んで。
「── 俺は指揮者としての最初のギャラでお前のために指輪を買う。だから── それまでは『予約』ってことにしておいてくれるか?」
 よし、言った!
 心の中でガッツポーズをする。
 香穂子はぽっと頬を染め、目を潤ませて、コクリと頷き──── そんな反応を期待していたのだが。
 期待に反して、香穂子は目をぱちくりさせて梁太郎を見つめていた。
 表現が遠回しすぎて理解できなかったのだろうか? いや、この流れなら普通わかるだろう。
「……香穂?」
「あ……ごめん…………もう『予約済』だと思ってたから…」
「は…?」
 香穂子は左手を持ち上げ、甲の方を梁太郎に向けてひらひらと揺らした。
 その薬指には高校生の頃彼が贈ったルビーの指輪がキラリと光っている。
「てっきり、そういう意味なのかなー、なんて」
「……バカ、んな安物で『一生の約束』ができるかよ」
「なぁんだ……………じゃあこれは『予約の予約』だったってことで」
「まぁ……そういうことにしといてくれ」
 向かい合って見つめ合ったままだったふたり。
 横を通行人が通り過ぎていったことでここが天下の往来だったことに気づかされ、あまりの照れ臭さに慌てて肩に置いた手を外して視線を逸らせて。
 ここがウィーンであり、日本語で話していたから聞かれていても理解した者はいないだろうということだけが唯一の救い。
 ごふごふっと咳払いをして、
「……買い物、行くか」
「そう……だね」
 手を繋いだまま歩き出す。
 目の前の道が未来の先の先へ続いているような気がして、ふたりはどちらからともなく走り出していた。

〜おしまい〜

【プチあとがき】
 その先はスーパーだけどな(笑)
 密さまの『友人の結婚式出席話』と*nn*さまの『プロポーズ話』を
 勝手ながらひとつにまとめさせていただきました。
 最初にリクエストいただいた時に、1つの話として筋が浮かんでたもので。
 留学中となると友人もまだ結婚しないだろうから、全くの他人の結婚式
 (式じゃなくて二次会になっちゃったけど)で。
 さらに留学中にはプロポーズなんてしないだろうから『予約』ってことで。
 相当リクエスト内容から外れてしまって申し訳ないです(汗)
 こんなとこで許してやってください。
 密さま&*nn*さま、リクエストありがとうございました。

【NOTICE】
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【2008/07/20 up】