■台所協奏曲〜キッチン・コンチェルト〜
【123,456HIT記念リクエスト大会】
沙羅さま からのリクエスト/土浦と千秋のお料理話
(長編+うぃーんシリーズ)
クラブ『ワン・モア・キッス』ウィーン支店での夢のような(?)一夜が明け。
ズキリと刺すような頭の痛みに目覚めた梁太郎はゆっくりと瞼を開けた。
そこには見慣れぬ天井。
豪華なクリスタルのシャンデリアがカーテンの隙間から差し込む朝日を浴びてキラキラと光の粒を纏っている。
── あれ……ここは……?
もう一度目を瞑り大きく深呼吸すると、うっすらと漂うのはアルコールの匂い。
……………………あっ!
一気に記憶が戻ってきて、梁太郎はガバッと跳ね起きた。
途端に襲ってきた頭痛に、うっ、と唸って頭を抱え。
なんとか治まったところで腕を下ろして、大きな溜息を吐いた。
昨夜、クラブを出たところで翌日も仕事という王崎が帰っていき、翌日日本へ帰るという峰&清良とも別れ、千秋&のだめと共にシュトレーゼマンに招かれた
(というよりシュトレーゼマンが香穂子の手を握って離さなかった)のは、のだめ曰く『ミルヒーハウス』── シュトレーゼマンの自宅だった。
結局5人で酒盛りになり、酔いつぶれてそのまま意識をなくしてしまったらしい。
梁太郎はベッドにしていたソファにぐったりと凭れた。
まだクラブにいる時、突然「野球拳をやろう」と言い出したシュトレーゼマン。
ジャンケンに負けた香穂子の代わりに梁太郎が脱いだのである。
そういえば一時期千秋とふたりで仲良く上半身裸になっていた時間があるような……
「くそ……なんなんだよ…」
おぼろげな記憶ではあるが、思い出すだに恥ずかしい。
痛む頭をガシガシと掻き毟っていると、遠くからカチャカチャと硬い音が聞こえて来た。
梁太郎は腹の上にかけてあったブランケットを簡単に畳んでソファから降りると、音を頼りに部屋を出た。
辿り着いたのはダイニングキッチン。
そこには── エプロン姿の千秋がいた。
「あ……おはようございます」
「おはよう。朝メシ食うだろ?」
レタスをちぎりながらふっと微笑む千秋。
梁太郎自身、料理をすると言えば意外な顔をされることが多いが、目の前で若きマエストロ・千秋真一がエプロン姿でレタスをちぎっていることに壮絶な感動を覚えていた。
「あ……りがとうございます………あ、俺、手伝います」
あまり食欲はないのだが、とりあえずシャツの袖を捲って手を洗う。
「じゃあオムレツ── スクランブルでも目玉焼きでもいいけど」
「いや、オムレツで大丈夫ですよ。たいがいのもんは作りますから」
シンクの上のカゴに盛られた卵を取って、そばに準備されていた小さなボウルに片手でぱかんと割り入れる。
その慣れた手つきに、意外だと言わんばかりに一瞬目を見開いた千秋は、
「じゃ、卵は任せた」
とニヤリ。サラダ作りに戻っていった。
* * * * *
「ふおぉぉぉぉ………厨房のマエストロがふたり……」
いい匂いに誘われて起き出してきた香穂子とのだめ(ちなみにこのふたりはゲストルームのベッドで休んでいた)が戸口からちょこんと頭をのぞかせて、
キッチンで楽しげに料理を作る男ふたりの後ろ姿をこっそりと眺めていた。
そこそこのキャリアを積んだ現役指揮者と、指揮者志望の学生。
交わされる会話は音楽の話かと思いきや、あの料理にはあのスパイスを少し隠し味にいれるといい、だとか、その料理は火加減に注意、だとか、完全なる料理談義に花を咲かせている。
「ぎゃぼん……ほんとによく似てますね、あのふたり……ピアノに指揮にお料理まで…」
「……千秋さんがお料理されるなんて、びっくりです……」
「そですか? 『呪文料理』は得意中の得意デスよ?」
「え……じゅもん…?」
「カタカナの長ったらしい名前の料理デス。あ、土浦くんは何がお得意なんですか?」
「和食系……かな。後はハンバーグとかオムライスとか、家でお母さんが作ってくれるようなメニューですね」
「むきゃっ、それもいいデスね♪」
パートナーの料理自慢(?)をしているうちに、向かい合って廊下にぺたりと座り込み。
「あえなく打ち切りになった『突撃となりの晩ご飯』は香穂子ちゃんに受け継がれてたんですね……」
のだめは学生時代を回想しているのか、胸元で両手を握り合わせた乙女なポーズでうっとりと視線を宙に彷徨わせている。
「えと……『となりの』って……?」
「あー、のだめと先輩、日本でもパリでも部屋が隣同士だったんですよ。だから食事時にはいつも部屋に押しかけてたんデス」
「あ………」
と、口元に手を当て、ボボボッと真っ赤になって俯いてしまった香穂子。
「どうかしました?」
香穂子の不審な様子に、のだめは不思議そうに首を傾げてから彼女の顔を覗き込む。
「あ……えと……その…………一緒に住んでるんです、私たち」
「むきゃあ♥ 身も心も夫婦なんデスネ♥」
「い、いや……まだそういうわけじゃ……」
ガタンッ!
キッチンから聞こえてくる派手な物音。
ふたりが同時にキッチンの方へと目を向けると── 戸口にこめかみをヒクヒクさせている千秋が腕を組んで仁王立ちになっていた。
その向こうに、シンクの縁に手をかけ背中を丸めている梁太郎。深く俯いているせいで表情は隠れているが、見えている耳は真っ赤である。
「── お前ら……手伝う気がないなら、あっち行ってろ!」
「ギャボーッ!」
「ご、ごめんなさいっ!」
* * * * *
そして『厨房のマエストロ』2名による朝食が並んだテーブルを、起きぬけでボーっとした顔と、ニコニコとご機嫌な顔と、不機嫌なしかめっ面と、
まだほんわりと赤い俯きがちな顔ふたつが囲み。
いっただきま〜す♪と手を合わせたのだめがフォークですくったオムレツの大きなひと口をパクリ。
「ふおぉ、ふわふわのとろとろ〜♪ さすが千秋二世、愛がこもってマス♥」
そのひとことに梁太郎と香穂子は再び顔を赤く染めて、深く深く俯いて。
千秋は『黙って食え!』とのだめの頭をパシンと一はたき。
なんとなく状況を察した老指揮者はプッと吹き出し、若きマエストロ候補の作ったオムレツを口に運ぶ。
梁太郎は彼の評価が気になって思わずじっと見ていると、バチッと視線が合ってしまって茶目っ気たっぷりなウィンクを返され、慌てて視線を逸らしてしまうのだった。
〜おしまい〜
【プチあとがき】
『再会と出会い〜』の翌日のお話。
なんで千秋が朝食を? エリーゼは? オリバーは? 使用人っていないの?
そんな疑問は完全スルーでよろしくデス。
『梁太郎 vs 千秋』な状況が思いつかなかったので共同作業ってことで。
沙羅さま、リクエストありがとうございました。
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【2008/07/12 up】