■再会と出会いは嵐のように 土浦

【123,456HIT記念リクエスト大会】
あんずさま からのリクエスト/のだめコラボ話 in ウィーン
(長編+うぃーんシリーズ)

 ある休日の昼下がり、食後ののんびりした時間を過ごしていたところに鳴り響いた携帯の着信音。
「あ、俺か」
 梁太郎と香穂子は同じ機種の色違いの携帯を使っているが、着信音はカスタマイズして被らないように設定してある。
「おっ、王崎先輩からだ」
 くつろいでいたソファを立ち、ダイニングテーブルの上にあった携帯を取り上げ、ディスプレイを見て呟いた梁太郎が電話に出る。
「はい。先輩、お久しぶりです── は? 頼みごと? なんすか? ─── はぁ、俺はいいっすけど……ちょっと待ってください」
 梁太郎は耳から離した携帯の送話口を軽く手で覆って、
「香穂、次の土曜、なんか用事あるか?」
「次の土曜? ううん、特に何もないけど」
 ソファでクッションを抱えていた香穂子が小首を傾げながら答えると、梁太郎は再び携帯に戻る。
「大丈夫らしいですよ── 手がいるんなら知り合いにも声かけますけど── わかりました、それじゃ」
 通話を切り、携帯をパカンと畳んだ梁太郎は、香穂子の隣にドスンと腰を下ろして、携帯をローテーブルの上に滑らせた。
「王崎先輩、何って?」
「ああ、それがな──」

*  *  *  *  *

 そして土曜日。
 朝の9時に彼らが訪れていたのはウィーン市内にある、とあるコンサートホール。
 今日はここで子供たち向けのチャリティーコンサートが開催される。
 子供向け、と言っても参加する演奏者は世界でも名だたる音楽家たち。
 コンサートの後は、有名音楽家たちによる、音楽家を目指す子供たち(前もって募集してあるらしい)へのレクチャーの時間もあるのだ。
 世界の主要都市の何ヵ所かでも、同じ形態でのイベントを行うのだという。
 王崎からの『頼みごと』というのは、このレクチャータイムでの子供たちのお世話係と、ドイツ語を話せない日本人音楽家の指導を子供たちに通訳する、 というアルバイトの話だったのだ。
 世界で活躍する音楽家たちに会える上、コンサートも舞台袖でではあるがタダで聴けるとあっては断る理由もない。
 ホールの地下にあるリハーサル室には、楽器のケースを手にした同じアルバイトの者たちが集められていた。 ケースを持ってない者はピアノか指揮かパーカッションか、大きな楽器を専攻している者だろう。 『チェロより小さい楽器は持参すること』と聞かされていたので、もちろん香穂子もヴァイオリンケースを抱えている。 ほぼ全員がウィーンで音楽を学ぶ学生らしく、学校で見かける顔もちらほらいた。
 段取りと注意事項の説明を受け、音楽家たちとの顔合わせが済めば、しばらくは自由時間となるらしい。
 母国別に指定された部屋に行くと、当然そこは日本人ばかり。梁太郎と香穂子を含め、その数6名。
 同じような境遇の人間にはすぐに仲間意識が生まれ、いろいろと情報交換などの話に花が咲く。
 しばらくすると、廊下がざわつき始めた。音楽家たちが集まってきたのだろう。
 ガチャリ、と扉が開き、
「あ、日野さん、土浦くん、今日はありがとう」
 姿を現した王崎の第一声に、他の日本人学生たちがどよめいた。
「いえ、こちらこそ誘ってもらってありがとうございます」
「ま、俺たちもしっかり勉強させてもらいますよ」
「そう言ってもらえると助かるよ」
 後ろから『あれってヴァイオリニストの王崎信武だよな?』『あの二人、王崎信武と知り合い !?』などと小声が聞こえてくる。
「しかし王崎先輩、プロだってのに何でバイトの人集めなんかしてたんすか?」
「うん、コンサートの事務局がね、ウィーンにある音楽院にアルバイトの募集を依頼したらしいんだけど、日本人の学生が集まらなかったんだって。 で、日本人が所属している音楽事務所に話が来て、おれにも『ウィーンに知り合いの日本人学生はいないか』って尋ねられてね」
「へえ」
 話しているうちに、再び廊下がざわめいた。
 バーンっ、と大きく扉が開いて、
「日本のみなさん、コマンタレブー!」
 びしっと天井に向けて手を挙げ、元気に飛び込んで来たのは──
「「あっ!」」
「あーっ!」
 3人が口をぽかんと開いたまま見詰め合うこと数秒。
「── ぎゃはぁっ! 香穂子ちゃん、お久しぶりデース!」
 香穂子に飛びついて、がしっと抱きしめたのは、有名ピアニスト『のだめ』こと野田 恵であった。
「なんで二人がここに?」
 少し身体は離したものの、コアラのような格好のまま小首を傾げて尋ねるのだめ。
「ウィーンに留学してます」
「むきゃー、第2のゴールデンペアへの道まっしぐらですね♪」
「はい♪」
 二人して楽しそうにくすくすと笑う。
「── もう、のだめちゃん足速いんだから〜………えーっ !? 香穂子ちゃん、なんでいるのぉっ !?」
 ぶちぶちと文句を言いながら扉のところに姿を現したのは、これまた有名なヴァイオリニスト・三木清良。
「え、あっ、お久しぶりです、清良さんっ!」
「ウィーンに留学中だそうですよ」
「そうなの !? やーん、久しぶりっ! 元気にしてた?」
 いまだしがみついているのだめの上からがばっと抱きつき、3人できゃあきゃあと再会を喜び合う声が部屋中に響き渡った。

「……日野さん、すごい人たちと知り合いなんだね」
 感動の再会シーンを呆然と見ていた王崎が、ポツリと梁太郎に尋ねた。
「あー……、3年の時にちょっと世話になったっていうか……」
 高校3年の時、星奏学院と桃ヶ丘音大の合同音楽祭に強制参加させられた香穂子は、失った自信を彼らのおかげで取り戻したという経緯がある。 香穂子にとっては感謝してもしきれない大切な人たちだろう。
 ふっと思いを馳せるように泳がせた視線の先、戸口に立つ長身の男性二人の姿。ひとりは金髪、もうひとりは黒髪。
 黒髪の男性とバチッと目が合い、思わずゴクッと唾を飲み込んで、小さく会釈をした。
 一瞬驚いた黒髪がふっと口元に淡い笑みを浮かべ、ツカツカと歩み寄ってくる。
 梁太郎の前で足を止め、
「留学か?」
「はい」
「ピアノ?」
「いえ、指揮で」
「そうか」
 すっと差し出された手を、躊躇うことなくぎゅっと握り返す。
 若きマエストロ・千秋真一との再会だった。

「よぉ、梁太郎! 二人揃って仲良く留学か? すげーな!」
 いつの間にか背後に回り込んでいた金髪にバンバンッと背中を叩かれ、げほっとむせる。
「うわ、峰さんも子供たちの指導?」
「……いや、子供たち『と』指導……」
 音楽家二人に挟まれ、なぜか手を繋いだままの香穂子の質問に、金髪──峰龍太郎が口元をひくつかせながらボソッと答えた。
「え…? 『と』…?」
「あはは、わたしが呼んだのよ。いい機会だから子供たちに混ざって指導受けてみれば?ってね」
「清良ぁ……」
 涙目になる峰の情けない顔に、ドッと笑いが起きた。

 王崎と他の日本人学生が目を点にしたまま、有名音楽家(+α)のオンパレードと、彼らと親しげな学生二人による感動の再会劇はその幕を閉じるのであった。

*  *  *  *  *

 コンサートはのだめの参加するピアノデュオあり、清良参加の弦楽四重奏あり、木管五重奏あり、そして千秋指揮のオーケストラとバラエティーに富んだプログラムだった。
 その後のレクチャータイムでは10代前半の子供たちに混ざって指導を受ける峰の微笑ましい姿が見られ。
 子供向けの指導、とはいえ、さすがクラシックの本場だけあって子供たちのレベルは高く、アルバイト学生たちも大いに学び。
 そして、すべてが終了して、『せっかくだから一緒にご飯行きましょう』と誘われるままに向かったのは──

Club
One More Kiss
〜 Wien 〜

「……なんでメシなのに『クラブ』…?」
「……意外とおいしいご飯の穴場だったり…?」
 呆然と、顔を合わせることなく店の看板を見つめながら、呟く梁太郎と香穂子。
 一緒に引っ張ってこられた王崎も、言葉をなくしているらしい。
 その前方で、俯きつつ額に手を当てる千秋が、
「……なんでこの店なんだ?」
 と吐き捨てれば、
「さっきミルヒーから電話があって、ご飯用意しておくからみんなでいらっしゃい♪って」
 のだめが答えた。
「おっ、エロ巨匠いんのか?」
「マエストロに会うのも久しぶりよね。いいじゃない、千秋くん」
「はぁ………」
 先頭に立っていたのだめが扉を開ければ、カランコロンとドアベルも軽やかに鳴り響き。
 一歩足を踏み入れれば、そこは煌びやかな夜の世界が広がっていた。

 いやらしくない程度に豪奢な内装。
 部屋の角を利用した扇形の低いステージにはコンパクトタイプのグランドピアノが置かれている。
 そして、店で一番広いソファの中央に、露出度の高い服装の女性を何人もはべらせ、すっかりできあがっている赤ら顔の老人がひとり。
「ミルヒー! お招きありがとデス〜」
「いらっしゃい、のだめチャン。お腹いっぱい食べていってネ」
 相好を崩した老人は流暢な日本語でそう言うと、立ち上がって駆け寄ったのだめをハグで迎える。
「あ……あの人……」
 ニコニコ、というよりもニヤニヤという表現の方が正しいと思われる老人の顔をじっと見つめながら、梁太郎は記憶を探る。
「梁、どうしたの?」
「いや……あのじーさん、どっかで見たことあるような……」
 と、隣にいた千秋が大仰な溜息を吐いた。
「激しくガッカリだろうが、あれが『マエストロ・シュトレーゼマン』だ」
 後ろからがしっと梁太郎の肩を組み、ニヤリと笑う峰。
「「ぅええええぇぇっ !?」」
 シュトレーゼマンといえば、ドイツが誇る世界的指揮者である。
 そういえば彼は千秋の師匠なのだから交流があって当然なのだろうが、今はそんな巨匠がなぜこんな店に、という驚きの方が大きい。
「いやぁ、俺らも初めて見た時は絶対ニセモノだと思ったぜ。やらしいし、エロいし、スケベだし」
 全部一緒だから、と思ったものの梁太郎は口には出さず。
「けどな、一回オケ振るのを見た後は、千秋が『あの音楽は本物だ』っつーて言い張ってな〜。まぁ、実際本物だったわけだけど」
「へ……へぇ……」
 タクトを振るシュトレーゼマンの映像を見たことはあるが、目の前の人物とは似て非なるものとしか思えないのだが……。
 パンパンっ、と手を叩く音が響いて、梁太郎は思考の中から引きずり戻された。
「ほらほら、そんなところでぼーっと突っ立ってないで。おいしいご飯をいただきますヨ」
「おー、メシだメシ!」
 峰に引っ張られてソファに座らされると、緊張の中での晩餐が始まった。

*  *  *  *  *

 クラブになんでこんな料理が、と驚くほど、和洋中のさまざまな料理が出され。
 それが意外なほどにおいしくて。
 のだめから『のだめのお友達デス』と紹介された香穂子はすっかりシュトレーゼマンに気に入られてしまったらしく、隣に置いて手を握られたまま。
 同じくのだめから『千秋二世デス』と紹介された梁太郎は、マエストロに理不尽に突っかかられていたような気がして。
 そんなことも相まって、なにがマエストロだ、とやさぐれモードに入りつつデザートのフルーツの盛り合わせバニラアイス添えを食べていた時。
「せっかくだから、何か1曲お願いしましょうかネ」
 シュトレーゼマンがぽつりと呟いた。
 その表情はさっきまでのスケベジジィではなく、老練な音楽家のもの── のように見えた。
「あー、でも楽器が見事にかぶってますねぇ」
 言われて見れば、ここにいる7人のうち4人がヴァイオリン、のだめがピアノ、梁太郎がピアノと指揮、千秋にいたっては指揮とピアノとヴァイオリン、である。
「まあいいじゃない。男子十五人楽隊だって15人全員がヴァイオリンなんだし」
「それもそうか……んじゃ、曲は何にする?」
「そうねぇ……」
「音楽祭の時のアレ、やりませんか? 真澄ちゃんはいないけど」
「おっ、それいいな!」
 のだめの提案に、皆が賛成し。
 簡単な打ち合わせとチューニングの後、響き始めたのはグリンカの『ルスランとリュドミラ』序曲。
 第1ヴァイオリンは香穂子。第2が峰。ヴィオラパートを清良が弾き、ピアノは梁太郎。そのピアノの高音域でのだめがクラリネットパートを弾き、 適当に合わせてと無謀な依頼をされた王崎は笑顔でそれに応えて。
 音域の厚みは乏しいけれど、音量は豊かで。
 時々音が外れたりアレンジが入るのもご愛敬。
 楽しそうに音を奏でる若き音楽家たちを、シュトレーゼマンはゆったりとソファに身体を沈め、穏やかな表情で見つめていた。
「─── 若いって、いいネ」
 隣に千秋が静かに腰を下ろすと、ぽつりと呟くシュトレーゼマン。
「……そんなこと言ってないで長生きしてください」
 師弟はソファに並んで、即興アンサンブルに耳を傾けた。

〜おしまい〜

【プチあとがき】
 こんなコンサートないから(笑)
 『男子十五人楽隊』は高橋くんがリーダーに誘われ、
 松田さんが指揮を頼まれてキレたヤツ。
 ヴァイオリン15人って……(笑)
 あ、でも『12人の〜』ってのは実在するか。
 今回の本誌でミルヒが73歳と判明したので、この話の頃は……80くらい…?
 リクエストには『ミルヒか千秋とオケ共演』とあったのですが、
 話の流れ上、アンサンブルにさせていただきました。
 あ、共演すらしてない……ごめんなさい。
 あんずさま、リクエストありがとうございました。

【NOTICE】
 このSSは、リクエスト主さまに限り、お持ち帰りフリーです。
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【2008/07/10 up】