■特効薬
【123,456HIT記念リクエスト大会】
k@n@さま からのリクエスト/香穂子ホームシック話(うぃーんシリーズ)
日本から遊びに来た加地を招いての食事会、ウィーンの名所巡りという怒涛の2日間を終えた翌日。
ぐったりと疲れ果てた梁太郎と香穂子はだらだらとした時間を過ごしていた。
小さなダイニングテーブルで頬杖をついた香穂子がぱらぱらとめくっているのは、加地が日本からのお土産として持ってきたアルバム。
もちろん、彼にアルバムを預けたのは香穂子の一番の親友である天羽菜美である。
テーブルの上には彼女からの手紙が読まれたままの状態で置かれていた。
ソファでのんびりと音楽を聞いていた梁太郎は、ふと香穂子の方へと目をやってギクリとする。
香穂子はアルバムの写真を眺めながら、声もなく静かに涙を流していたのだ。
「お、おい、香穂 !?」
「え…?」
顔を上げた拍子に雫がぽとりと腕に落ちて初めて、香穂子は自分が泣いていることに気がついたらしい。あ、と小さく驚いて手の甲で涙を拭った。
「あ、あれ……おかしいな、なんで私、泣いて……」
香穂子は必死に頬を拭うが、涙は後から後から流れ落ちてくる。
賑やかな2日間の後、親友からの手紙を読み、懐かしい顔を写真で見て、生まれ育った地が恋しくなったのだろう。いわゆるホームシックというヤツだ。
静かに香穂子の横に立った梁太郎は、彼女の泣き顔を腹に押し付けるようにして、彼女の小さな頭を抱きかかえた。そっと撫でてやると、途端に身体を震わせ嗚咽が始まる。
「……ヘンだよね……まだウィーンに来て間もないのに……まだ学校も始まってないのに……」
梁太郎の腰に腕を回し、縋りつくように抱きしめ、しゃくりあげながら必死に言葉を紡ぐ香穂子。
「だからだよ」
ぽんぽん、と優しく頭を叩き。
「ここに来て間もないから心細くなっちまうんだ。学校が始まったら泣いてる暇なんてないぜ?」
嗚咽の合間に鼻をぐずっとすすり上げる香穂子の頭を再び撫で始める。
どんな言葉をかけてやれば彼女の気持ちを軽くしてやれるのだろうか。
梁太郎は必死に考える。
彼自身、多少の心細さを抱えているのだから。
慣れない環境の中、秋の音楽院入学まではドイツ語の勉強がメイン。今は語学留学しているようなものだ。今の語学力で学校の授業についていけるのかどうかも不安要素のひとつ。
そんな中で唯一の拠り所といえば──
「なあ香穂、普通留学といえば単身行くヤツが多いだろ。けど俺たちは一緒にいる。それって幸せなことだよな」
頭を撫でながらの梁太郎の静かな言葉に、ずずっと大きく鼻をすすり上げた香穂子の嗚咽がぴたりと止まった。
「楽しいことは一緒に笑い合えるし、お前が泣きたい時はこうやって泣く場所を提供できる。俺が泣きたくなったら、お前に一晩中でも愚痴聞いてもらうから覚悟しとけ」
香穂子が顔を上げた。赤く染まってしまった目はきょとんと丸くなっている。
「……梁でも泣きたくなるようなこと、あるの…?」
「あのなぁ……お前、俺を何だと思ってんだよ。俺だってお前に負けず劣らず不安だらけなんだよ」
「うそ……そうは見えないよ?」
「うるせぇ」
大して怒っているわけでもないが、わざと大げさに片眉を吊り上げて、涙で湿った頬をむにっとつまんでやる。
『痛いよ』と騒ぎながら梁太郎の手を外そうと手首を掴んで引っ張る香穂子。梁太郎が摘んだ指を放さないせいで香穂子の頬はますます引っ張られる。
思わずぷっと吹き出した梁太郎は指を放し、代わりに手のひらでそっと頬を包み込んだ。
「でも俺な……音楽やれて、お前が側にいれくれれば、どこでだって生きていけると思ってるぜ」
気恥ずかしさのあまり、途中から少し視線を外して梁太郎がぽつりと呟く。
途端に香穂子の顔がクシャリと歪んだ。
「う〜〜〜〜〜〜」
ぽろぽろと溢れ出す涙。
香穂子は再び梁太郎の腰にガシリとしがみつき、わんわんと大声で泣き出した。
今回の涙はきっと『嬉し涙』。
「お、おいっ、何泣いてんだよっ !?」
「あぅ〜、梁が泣かした〜っ」
「あーはいはい、悪かった悪かった」
この涙で香穂子の不安が綺麗に洗い流されてしまえばいい、と祈りながら、梁太郎は彼女の頭を撫で続けた。
しばらく経って。
「── さて、そろそろ買い物行くか……香穂、顔洗って来いよ」
「ん……」
ぽんぽん、と頭を叩く梁太郎の腰から腕を外した香穂子はよろよろと椅子から立ち上がり、ふらふらと洗面所へ。
その前に、戸棚のティッシュを数枚抜き取って、くるりと梁太郎の方へと向きを変える。
「あ、出かける前にシャツ着替えたほうがいいよ」
「は? ……ああ、お前の涙だらけだもんな」
「うん、それもだけど…………たぶん鼻水もね」
と、香穂子はティッシュを鼻に当て、ちん、と可愛らしい音を立てて鼻をかむ。
丸めたティッシュをぽいとくずかごに放り投げると、香穂子は洗面所へ入っていった。
「げ……」
梁太郎は腹の部分にできた大きな染みを見下ろしつつ。
「………………まあ、あれだけ泣けばなぁ…」
すっかり立ち直ったらしい彼女に免じて許してやろう、と梁太郎はシャツを脱ぎ始めた。
〜おしまい〜
【プチあとがき】
香穂子さんがかかる病気は『土浦梁太郎』という薬があれば一発で完治します(笑)
あぁ、梁太郎さんからものすごいニセモノ臭が漂ってくる……。
決めゼリフは2のエンディングのラストのセリフをアレンジしてみました。
あぅあぅ、こんなので多少なりと『癒し』になりましたでしょうか?(滝汗)
k@n@さま、リクエストありがとうございました。
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【2008/07/14 up】